第102話 最強の杖の素

「ちょっと! これ、どういうこと⁉」


 鍾乳洞から出た後、私の勢いに後ずさるドリュアスには目もくれず、寝床でくつろいで徳利とっくりを傾けているタケハヤへ怒号を飛ばした。おちょこに向けられているご機嫌な視線が私に移る。


 こっちは全身ジャウロンのよだれと池の水でびしょぬれ。死にそうな思いでジャウロンと格闘していたというのに、あまりに呑気すぎやしないだろうか。そう思うとさらに腹が立ってきた。フンッと腕を組んだ私はタケハヤの真ん前に歩み寄り、人差し指を立てて睨みつけた。


「どっっっこにもつるぎが無かったんだけど!」


 私の言葉に一瞬動きが止まったタケハヤが、思い出すように上を見てから笑いだした。


「だははははは! そうだったそうだった。姉貴にくれてやったのをすっかり忘れてた」

「忘れてたぁ⁉ もー、あり得ない。すっごく大変だったんだからね! 見てよこの姿」

「ぴー!」


 私は無残な姿が良く見えるように腕を広げた。頭の上で、小人も一緒に腕を広げて怒っている。しかし、当の本人は怒られている自覚がないようだ。「ひどい姿だ」と私を指さし、いつまでもゲラゲラ笑っている。

 そして、やっと笑いが治まってきたタケハヤが息を整えると、私をまっすぐ見ながら言った。


「まあ、でも見つけたんじゃないか」

「なにを?」


 よいしょ、と体を起こしたタケハヤが前かがみになって私に近づき、意地悪そうににやける顔を寄せた。そして私の胸を拳でトンと叩く。


「お前の中にある、一本の剣だよ」


 なんてな、と言いながら再び笑いだすタケハヤに、小人が怪訝な顔をする。

 しかし言葉の裏を考えない私は、言われた言葉をそのまま反芻して噛み締めた。


 私の中にある、一本の剣……。

 もしかしてタケハヤは、いつまでも守られているだけじゃなく、勇気を持てば私もみんなのために戦う力があるんだ、そう伝えたかったのかもしれない。


「そういうこと? ねぇ、そういうことだったの⁉ 意地悪に思えたこの試練って、もしかして私のため?」

「んぁ? あぁ……そうそう、そういうことだ。うん」


 タケハヤの言葉に、頭の上の小人が「ぴ?」と鳴いた。

 なんだか歯切れの悪い返答だったが、やはり私の推測は合っていたようだ。


「タケハヤ……」


 生命の樹でサミュエルを助けた時だけじゃなく、私の成長のためにひと肌脱いでくれたんだ。そう思って感極まった私は、ずぶ濡れの体でタケハヤに抱き着いた。


「うげっ!」

「ありがとう、タケハヤ! 私を成長させるために、わざとこんなまわりくどいやり方をしてくれたんだね。それなのに私、あなたのこと髪の毛だけじゃなく腹も黒くて、ジュダムーアと同じくらいに悪い人だって思ってたよ。本当は良い人なのに」

「ほめてるのかけなしてるのか分からないな。それに人ではないが、細かいことはいいか。とにかく、やればできるじゃねぇか」


 機嫌の良いタケハヤが、私の頭をがしがし乱暴に撫でた。

 ちょっと手荒くて小人が驚いていたが、これもタケハヤの優しさなのだろう。そう理解した私は笑顔で見上げる。


「私、守られてばっかりだったから、みんなのように強くならなきゃって思ってたの。でも、タケハヤのおかげで少し自信が持てた気がする」

「あぁん? みんなのように強くなる? 他人と比べてどうすんだ」

「へ?」


 間抜けな声を出した私の鼻を、タケハヤが人差し指で押しつぶした。


「他人がかわりに生きてくれるわけでもねえのに、そんなくだらないこと考えてる暇があったら飯食って寝てろ。そんなの目標とは言わん」


 いつも助けてくれてみんなの信頼が厚いユーリや、悪い奴をぶっ飛ばしちゃうサミュエルは十分目標になると思うんだけど。

 私は言っている意味が良く分からず聞き返す。


「どういうこと? ご飯はいつも食べて寝てるよ。そんなこと言うなら、タケハヤは何を目指してるのか教えてよ」

「そんなの決まってんだろ」


 挑戦的に目を光らせるタケハヤが、私の顔の前で拳を握って言った。


「自分の思う最高の自分だよ。他に何があるんだ?」

「か……っ」


 あまりに自信満々に言うので、私も思わずタケハヤの拳に自分の拳をぶつけた。そして興奮気味に言葉を続ける。


「かっこいい! タケハヤ、見た目は悪そうなのに、ちょっとかっこよかったよ!」

「ばぁろーぅ! ちょっとじゃねぇ。俺様はものすごくかっこいいに決まってんだろうが、すっとこどっこい!」


 がははは、と笑うタケハヤが、私の頭をポンポンと叩いた。


「人を見て最高の自分を更新するのは良いが、自分を見失わないようしないとな。お前にはお前の良さがあんだろ。それとほら、約束だ。俺の加護と……」


 優しく目を細めるタケハヤが、もう一度だけ私の頭を撫でる。

 すると体がぽかぽか温まり、びしょぬれだった私の全身が乾いた。そして心が満たされていき、幸せな気持ちに包まれる。あまりの心地よさに、自然と私の目が閉じられる。


「なんだろうこれ。すごくいい気持ち。これがご加護なの?」

「そうだ。今の感覚はそのうち消えるが、お前が道を外れないかぎり俺の加護が続くだろう。あと、杖の材料だったな」


 いい気分になった私が目を開けると、タケハヤが真っ黒な自分の髪の毛を数本ブチブチッと抜いて私に差し出してきた。


「げ、なにこれ?」

「げ、とはなんだ。これは最強の杖の材料だぞ。ありがたく思え」

「えぇ? タケハヤの髪が?」


 髪の毛で杖ができるなんて想像がつかない。

 怪訝な顔で髪の毛を見ると、タケハヤがさらに説明を加えた。


「そうだ。この世にある木はもともと俺の体毛からできてるんだぞ。だから、この毛は一番いい杖の材料になるだろう」


 私が無言で毛を見つめていると、タケハヤが「あからさまに嫌な顔をするな」と言っておでこを指ではじいてきた。


「いでっ!」


 激痛が走り、おでこに手を当てた私が涙目で聞く。


「じゃあ、壊れた私の杖もタケハヤの毛だったの?」

「壊れたなら鼻毛かなんかだったんだろ。でも今度は髪の毛だから大丈夫だ」

「鼻毛……」


 何それ最悪。

 多分、そう思ったのが顔に出たのだろう。

 タケハヤがさらに悪条件を出してきた。


「髪の毛が嫌ならケツの毛にするか?」

「いぃぃぃぃぃ嫌っ! 髪の毛でいい、髪の毛で!」


 急いで髪の毛をもらうと、「本当に面白いやつだな」とタケハヤが豪快に笑った。

 木がタケハヤの毛でできているのはちょっとびっくりしたけど、せっかくくれた材料だ。ありがたく使わせていただこう。

 私がタケハヤにお礼を言うと、近づいてきたドリュアスがチョコンとスカートの裾を持ち上げ、おしとやかにお辞儀をした。


「シエラ、協力してくれてどうもありがとうございました」

「協力? 私ってなんかしたの?」

「あなたがタケハヤ様を楽しませることが、森を再生してくれる条件だったのです」

「そうだったんだ。毛でなんとかなるなら、ただで再生してあげればいいのに。って言うか、楽しいことで動くなんて、タケハヤって龍人みたい」


 呆れた私は、いつも楽し気で風変わりな医者を思い出して小さく笑った。すると、タケハヤが顎をさすって思案顔をする。


「龍人? 何か聞いたことある名前だな」

「タケハヤ、龍人知ってるの? 一万年生きてるダイバーシティのお医者さん」


 私が出したヒントに、タケハヤがポンと手を打ち「あいつか。たしか五千年前くらいに会ったな」と言った。龍人ってば、顔が広いんだな。

 そう関心しながら、ある事を思い出した私は「あ、そうだ」とドリュアスに向き直る。


「この子、私の頭にくっついてたみたいなの。気が付かなくてごめんなさい」


 私の頭の上に乗っている小人を手に乗せ変え、ドリュアスに返そうと差し出した。しかし、なぜか小人を見たドリュアスのうれい気な顔がくもる。


「またみんなと行動ができなかったんですね。成長の遅い子は自然に淘汰されます。この子はもうだめでしょう」

「だめって……」


 ドリュアスの言葉を聞いて肩を落とした小人に、私は「他の小人みたいにしゃべれるといいのに」と軽率に言った時のことを思い出し、ズキンと胸が痛んだ。

 きっと、いままでもこうやって「成長の遅い子はだめ」と言われていたのだろう。だからあの時、あんなに悲しそうな顔をしたんだ。

 そう納得した私は、ドリュアスに抗議した。


「この子は私と一緒にジャウロンを倒してくれたんだよ。体は小さいけど、ちゃんと強いんだよ。だめなんてひどいこと言わないで」


 私の言葉にもドリュアスは全く動じない。それどころか、私の言っている意味が分からないとでも言うように、首を傾げた。


「私は森を守ることが役目。不良の種を育てるより、優良な種を育てる必要があるのです。ついてこれない子を育てることはできません」

「ひどいよ、ドリュアス……」

「それが変えられない自然の掟。その子も分かっているはず。人間のことわりとは違うのです」


 妖精の世界は、私に理解できないルールがあるのかもしれない。

 だからといって、こんなに悲しそうな小人をほっとくなんてできない。

 それなら!


「私がこの子をもらっていく! それでもいい?」


 私の提案にきょとんとしたドリュアスだったが、すぐに憂い気な表情に戻って「どうぞお好きなように」と返答した。

 そのまま私は小人の名前を聞いたが、大きくならないとつけないらしく、まだ決まっていないそうだ。私が良い名前を付てあげると言うと、小人は「ぴ!」と元気に頷いた。

 

「ではそろそろお送りしましょう。森を助けてくださり、本当にありがとうございました」

「私の方こそ、どうもありがとう。この子は大切に育てるから。またね、タケハヤ、ドリュアス!」


 二人の見送りを受け、私は来た時と同じように小人たちと空の散歩をしながら、ガイオンの家の二階へと戻った。




 そのころ、厨房では。


「できた! めちゃくちゃ美味しそうじゃないか?」

「ああ。初めてにしては上出来だな」


 ユーリとサミュエルが、ブロンズモンテビアンコの出来栄えに満足し、笑顔を交わしていた。


「ちょっと早いけど、シエラを起こしてあっと驚かせてやろう!」


 ユーリの提案で、二人が静かにシエラの部屋へ忍び込み、そっとベッドを覗き込んだ。そこにいたのは、気持ちよさそうに寝息を立てているシエラ。……と小人。

 初めて見る小人の姿に、ユーリとサミュエルが「あっ」と驚いた。

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