第101話 私は食べ物じゃありません

「うわぁぁぁぁっ!」


 私は逃げることをやめ、小人に向かって手を伸ばす。するとすぐに、大きく開かれたジャウロンの口が私を飲み込もうと迫ってきた。


 しかし、そんなことはどうでもいい。恐怖に凍り付く小人に勇気を奮い起こされた今、死への恐怖すら凌駕した私の中にある思いは一つ。


 ————絶対小人を助ける!


 その一心で私はジャウロンの口へと飛び込んだ。

 まず伸ばした指先が小人に届き、それから小さな体を私の両手のひらで包む。うまく小人をつかまえることに成功すると、口が閉じて光が遮断された。


 なんとか生暖かい舌に着地したはいいものの、暗闇で全く何も見えない。その上、ネバッとする唾液で足が滑り、ビタンとしりもちをついてしまった。


「ぴぎゃっ! うえぇ、何も見えないし、ジャウロンのよだれでパジャマがべちゃべちゃだよ……」


 濡れたパジャマが体にまとわりつく。私は不快な感覚に顔をしかめ、なんとか周りを見ようと目を凝らした。


「出口はどこだろう」


 やはり光が無いと何も見えない。

 右も左も分からず困っていると、私の手が振動しだした。不思議に思って手のひらに目を向ける。すると、手の中にいる小人がプルプル震え、徐々に灯花のような優しい光を放ちはじめていた。


「小人、ドリュアスみたいに光るんだ。すごい……妖精ってきれいだね」


 私が褒めると、手のひらの上の小人が恥ずかしそうに照れて、ニッコリ笑って見上げてきた。


 かわいい。この子を無事に外に出してあげなきゃ。

 顔を真っ赤にして一生懸命に発光している小人の様子に、そんな気持ちが自然と湧いてくる。


 小人の光を頼りに見渡すと、少し離れた場所に上下から突き出している大きな牙が見えた。

 出口はあれだ。どうにかして口を開けさせなければ。


 何かいい方法が無いか頭を回転させている時、地面、いや、ジャウロンの舌が波打ち始めた。舌の動きに合わせて大きく跳ねた私の体が、のどへと送られていく。


 ……ジャウロンが私たちを飲み込もうとしている⁉︎


「うわぁぁっ。私は食べ物じゃないのに!」


 まずい、このままではあっという間に胃の中だ。

 跳ねた拍子に私の手のひらから再び投げ出された小人を急いで捕まえ、パジャマの胸元へと押し込む。


「危ないからあなたはここに入っていなさい」


 小人がパジャマの襟から顔だけをチョコンと出している間に、私は手綱を作る要領でジャウロンの牙に向かって魔力の命綱を作った。

 今度は、飲み込もうとする力で体が引っ張られ始めた。あと一歩対応が遅ければ手遅れだっただろう。間一髪、牙に括りつけられた魔力の縄が体をつなぎとめる。


「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」


 必死に縄に捕まって、ジャウロンの《えんげ》が終わるのを待つ。


「ぐひぃ……。お、終わった?」


 胸元を確認すると、襟にしがみついて心配そうに見上げてくる小人と目が合った。

 よかった、小人も無事らしい。

 私は安心させるように微笑みながら、人差し指で小人の頭をなでた。そしてキッと睨むように牙の方へと向き直る。


「早くここを出ないと」


 このままでは、いつまた飲み込まれるか分からない。

 イチかバチか、全力でジャウロンの口に向かって魔力を飛ばしてみるか。


 そう思った私は、人差し指を前に構えて魔力を集めた。


主一しゅいつむ……え?」


 魔力を飛ばす直前、ジャウロンの歯の隙間から光が差し込んできた。


「あれ? 口が開いた。ラッキー! よくわからないけど、このまま出ちゃおう!」


 小人が落ちないよう、べとべとの服の上からそっと支え、期待を胸に光へ向かって走った。

 こんな所は早くおさらばだ。


 しかし期待はすぐに打ち砕かれた。

 出口がドボンと水没し、大量の水と魚が流れ込んできたのだ。逃げ道が水でふさがれた私は、なす術もなく滝のような流れに飲み込まれる。


「ぎゃー! 水ぅぅぅがべぼべばべ……」


 私はおぼれそうになりながら魔力の縄にしがみつき、嚥下が終わるのを待つしかなかった。

 水が飲み込まれてやっと息ができるようになった私は、なかなか事態が好転しないことにイライラし始める。


「ぶはっ、もう怒った! やっぱり大量の魔力をお見舞いしてやるんだから!」


 地団駄を踏む私が、ジャウロンが動くたびに揺れる柔らかい舌に足を取られてバランスを崩していると、胸元にいる小人がピーピーと何かを訴え始めた。


「ん? なに、どうしたの?」


 小人は一生懸命に腕を伸ばして上を指さしている。

 何かあるのかと思って示された方向をキョロキョロ見るが、特に何も見当たらない。なんだろう。小人の言いたいことが分からず、私は首を傾げた。


「何も……ないよ? 上あごがどうかしたの?」


 小人は諦めず訴え続けるが、やはり何を言いたいのか私には分からない。


「なんだろう、分からないな。あなたも他の小人みたいにしゃべれるといいのに」


 私がそう言うと、小人は悲しそうな顔で「ぴー」と小さく鳴いた。

 もしかして気にしていたのかな。何気ない一言のつもりだったが、もしかして小人を傷つけてしまったのかもしれない。

 そう気がついた私は、自分の無神経さをすぐに謝った。


「ご、ごめんごめん。悪気はないの! 他の子と比べるなんてだめだよね。人にはそれぞれ成長のタイミングって言うものがあるんだから。考え無しに言っちゃって本当にごめん。私も、他の魔法使いと違って魔法が使えるようになったのはついこの間なんだよ。こういうの、何て言うんだっけ。たい、たい、たい……」


 うまくいかない時に、ユリミエラお母さんが私や孤児たちに言ってくれていた一言。

 人と比べる必要はない。タイミングは違えどみんな花開くときが来る。そんな意味の言葉に、人と違うことだらけだった私は救われていた。


 それをこの子にも伝えたいんだけど……。


 私は、幼い時の記憶を手繰り寄せた。

 優しい母の表情と共にその言葉がよみがえる。


大器晩成たいきばんせい! 成長が早くても遅くても関係ない。自分と同じ人は誰もいないんだもん。それに、大物ほど成長には時間がかかるの。だから、成長が人一倍遅い私たちは、きっと誰よりも大物になるんだよ!」


 私が偉そうに見栄を張ると、それを見た小人に笑顔が戻った。つられて私も笑顔になる。

 配慮が足りなかったことを反省した私は、この子が一生懸命伝えようとしていた何かを理解するために、胸元から手のひらへ乗せ変えて真っすぐ見つめた。


「もう一度教えてくれる? あなたが言いたいこと」


 ぴ! と鳴いた小人が大きくうなずいた。

 そして一生懸命ジェスチャーを始める。


 上を指さした小人は、次に体をまるめてプルプル震えながら強く発光した。それから親指と人差し指で丸を作り、めがねのように目に当てるという動きを何度も繰り返す。


「ジャウロンの上あごでふんばるメガネザル。……ちがう、蛍? えーっと、なんだろ」


 いまいち正解の分かっていない私に、ポリポリ頭をかく小人。少し考えると、なにかを思いついたように一度手を叩き、私の人差し指を残して他の指を全部折り曲げた。一本だけ残った人差し指の先に小人が抱きついたかと思うと、全身を光らせながら真っすぐぴょーんと飛んで行く。


 人差し指から光が飛ぶ……?

 人差し指から光が飛ぶと言ったら……。


「ジャウロンの上あごに向けて魔力を飛ばせって言うこと⁉」


 私の答えに小人がぱぁっと顔を明るくし、「ぴ!」と大きく頷いた。


「良かった! やっと言いたいことが分かったよ。上あごに向けて攻撃すればいいのね。オッケー!」


 小人の言う通り、上あごに人差し指を向けて全身に巡っている魔力を指先に集める。そして閃光を放とうとした時。

 私の視界に入ってきた小人が、手をまるめて眼鏡のように覗く仕草をした。


「眼鏡……上あごをよく見ろってこと?」


 小人にヒントをもらった私は、魔力に意識を集中しながらジャウロンの弱点を探るべく目を見張った。

 すると一か所。

 ジャウロンの燃えるような気が薄くなっている場所があるではないか。


「見えた! ジャウロンの弱点!」


 狙うべき的を見つけた私は、シュルルルと大量の魔力を指先に集め大きな閃光を放った。その衝撃で体が後ろに飛びそうになり、つま先でなんとか踏ん張る。


「いっけぇぇぇぇ!」


 まばゆい光をテラテラと照り返す口腔内。

 人差し指から吐き出された青い光が、気の隙間を狙って飛んで行く。そして上あごに到達した閃光は、ジャウロンの粘膜を深く突き上げて放射状に霧散し消えて行った。


 全力を出しきって力が抜けた私は、ジャウロンの柔らかい舌でバランスを崩してしコテンと倒れた。横になったまま閃光が当たった部分を見つめる。


「……やったかな⁉」


 私と小人が固唾を飲んで成り行きを見守るが、特に何の変化もなさそうだ。


 ダメだったのか?

 そう思って小人と顔を合わせた私は、次の瞬間驚きの声を上げた。


「うわぁあぁあぁ⁉」


 天と地がひっくり返り、ジャウロンの口の中でパチンコ玉のようにあちこちに飛び跳ねる。そして、ドスンと大きな音と衝撃が轟くと、外から光が差し込んできた。

 開いた口が再び閉じる様子はない。

 すぐに状況を飲み込めなかった私は、ゆっくり小人と顔を合わせて現実を認識する。


「うわっはぁぁぁ! 私たち、ジャウロンを倒しちゃったみたい!」


 全身が分厚い鎧に包まれている巨大なジャウロン。

 それを私は小人と二人で倒したのだ。

 人差し指で小人の小さな手を取って喜びを分かち合い、私たちは外へと急いだ。


「これで私もヒーローだー! あはははっ、やったぁー!」

「ぴー!」

「うえぇぇ、でも全身ドロドロだ」


 ジャウロンも倒したし、あとはタケハヤの言っていた剣を探せば試練は終わりだ。

 ゴールが見えた私は、急いで鍾乳洞の中を探し回った。

 だが。





「おぉ、戻ったか。意外とやるじゃねぇか」

「ちょっと! これ、どういうこと⁉」


 鍾乳洞から出た私は、呑気にお酒を飲んでいるタケハヤに向かって怒号を飛ばした。全身びしょぬれで剣幕を浮かべる私に、一瞬きょとんとしたタケハヤ。しかしすぐに、意地悪そうな笑みを浮かべた。

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