第100話 VS ジャウロン

 タケハヤが、ジャウロンの待つ場所へ私を押し込んだ。

 すぐに振り返ったが、いたずら小僧のようなタケハヤは「終わったら呼べよ」と言う言葉だけを残すとすぐに入口を閉ざしてしまった。

 私に残された道はもう前しかない。

 後戻りできないことを悟った私が、ゴクリと唾を飲み込む。


「うぅ……ジャウロン、怖いよぉ。なんでこんなことになったんだろ」


 すぐにでも帰りたかったが、タケハヤに大見えを切った手前、何もせずに逃げることはできない。

 それに、ジャウロンを倒せたら私は全ちびっこのヒーローだ。以前見た、サミュエルに向けられた孤児たちの尊敬の眼差しを思い出し、私は決意を固める。


「よし、こうなったらやってやる!」


 半分やけだったが何とか勇気を奮い立たせた私は、恐る恐る暗闇を見渡した。


「それにしても、不気味だなぁ……」


 あちこちにある天井の割れ目からはしごのように月明りが降り注ぎ、目が慣れてくると意外とよく洞窟の中が見えた。上からも下からも牙のような岩が無数に突き出しており、中には高い天井から地面までつながって太い柱のようになっているものもある。きっと、長い年月をかけて作られたものなのだろう。


「わ、こんなところに魚もいる」


 入口から少し奥にある青い池は、水が澄んでいて光が底まで届いており、小さな魚が泳いでいるのが見えた。生きている命があることに、ちょっとだけ気持ちが救われる。


 さらに洞窟の奥には巨大な岩があった。月の光に照らされて、照明が当たっているように見える。

 しかし、一定のリズムで上下に動いているのが妙だ。もう少し良く見ようと、柱の陰に隠れながら近づく。するとすぐに、岩だと思っていたのは巨大なトカゲのような生き物であることが分かった。


 ……あれがジャウロンだ。


 エルディグタールの国旗と違い、羽が生えていない。と言うことはまだ幼体か。


 幼体でも、噂通り大きな体は五メートルくらいありそうだ。そして全身は硬いうろこに覆われ、亀の甲羅のような背中には突起が列をなして生えており、長く伸びたしっぽの先は獲物を押しつぶせるようハンマーのように膨らんでいる。それに加え巨大な体を支えている太い足。しっぽを振り回されても、足で踏みつぶされても、きっと生きては帰れないだろう。


 幸いまだこちらに気が付かず丸まっているのだが、私は山のように大きなジャウロンを前に恐怖で震えてしまった。


「うひ……。や、やっぱり無理だ。あんなに大きいジャウロンを私が倒せるわけがない……」


 せっかく入れた気合いも、敵のあまりの大きさにプシューと抜けていく。怖気付く私が泣きたくなりながらジャウロンを眺めていると、さらに奥の岩に何かが刺さっているのを見つけた。

 あれは、タケハヤの言っていた剣⁉


「きっとあれだ! あれを持って帰れば試練はクリアだ」


 ジャウロンという強敵と、目的の剣の間で葛藤が始まる。


 見つかったら一貫の終わり。そして剣はジャウロンの向こう側。ジャウロンの巨体が道を塞いでいるので、剣を取るには見つからないように狭い隙間を抜けなくてはならない。危険だ。


 しかし、まだジャウロンは私に気が付いていない。ならば、このまま気づかれないうちに剣を抜き取れる可能性がある。


「よぉし、やってやる! 女は度胸だ!」


 拮抗する気持ちと戦い、わずかに残っていた勇気を振り絞った私は、抜き足差し足ジャウロンの背後を横切った。


 遠巻きに見た亀の甲羅のような背中が手の届く位置にある。近くで見ると分厚い瓦が何枚も連なったような作りになっているのが分かった。どんな攻撃も簡単に防いでしまいそうだ。


 ……どうかこのまま気づかれませんように!


 私は祈りながら、ジャウロンの真横でカニのように壁づたいで移動する。するとその時、頭の上で何かがもぞもぞと動いたのを感じた。髪の毛に何かいる。

 こんな何もない洞窟で動くものと言ったら……。


「いやー! 虫⁉」


 緊張が恐怖を倍増し私を跳び上がらせた。

 焦ってパタパタと髪の毛を払うと、虫がコロンと転がり落ちてきた。しかし、私が想像していた虫とは色と形が違い、きれいな赤い色の服に身を包んでいる。そしてフワフワと目の前で浮かぶと、きょとんと目を丸くしてこちらを見た。


 これは、私の髪の毛につかまっていた一番小さな小人だ。


「あれ……? あなた、まだ髪の毛につかまっていたの?」


 落ちてきたのが虫ではなかったことにホッと息をつく。しかし、小人の表情がみるみる変わり、私は嫌な予感がして恐る恐る振り返った。


 ……そうだ、今私がいる場所は。


 自分の肩ごしに見えたのは、間近にいるジャウロンの顔。真っ黒な大きい目と私の目が合う。


「ガオォォォォォ!」


 私を獲物と認定したジャウロンが大きく吠え、吐き出した息と恐怖で髪の毛が逆立つ。


「ぎぃやぁぁぁ!」


 私と一緒に驚いた小人が、再び髪の毛に捕まった。


「来ないで来ないで! えいっえいっ!」


 大慌ての私は闇雲に閃光を放ちながら、ジャウロンが怯んでる隙をついて一目散に剣に向かって走り手を伸ばした。


 早く剣を手に入れてここを出なくては!


「てぇぇいっ!」


 剣のつかを握った私は、勢いよく引き抜く。そして、スポッと手だけが宙を舞った。


「剣ゲェェッ……ト、あれっ! 抜けない⁉ なんでっ⁉︎」


 手にあるはずの剣がまだ地面に刺さったままだ。

 今度は手と足を両方使い、再び剣を引き抜こうともがく。


「んぬぅー! ぬぅ……抜けない!」


 びくともしない剣に私が顔を真っ赤にしていると、小人がブンブン手を振りながら視界に入ってきた。そして両手を大きく交差させてバッテンを作る。


「え、なに……違う? なにが?」


 何かを伝えようとしている小人が、一生懸命指さす方を見た。

 そして、私はとんでもない間違いを犯していたことを知る。


「げっ、これ剣じゃない! 鍾乳洞のつららじゃーん⁉」


 私は、地面から生えていた剣にそっくりなつららを引き抜こうとしていたらしい。そりゃ抜けるはずがない。

 私が時間を無駄にしている間に目前と迫ってきたジャウロン。大きな口で勢いよく牙を振り下ろす。私が急いで体をひねると、すぐ目の前で顎が閉じてガチンと大きな音が鳴った。


「ギャー! 危ない!」


 私と小人、そしてジャウロンの追いかけっこが始まった。

 ドスドスと大きな足音に追われ、何度か食べられそうになりながら必死で逃げ惑う。鍾乳洞の柱をくねくね曲がって逃げ続ける私。それを見越して先に回り込むジャウロン。上下から生えている鍾乳洞のつららのおかげで間一髪やり過ごす攻防が繰り返された。

 そして、しばらく続いた追いかけっこに、さすがの私も体力の限界を感じ始める。


 このままじゃだめだ、いずれ体力が尽きてしまう。何かうまい方法はないだろうか。

 助けて、ユーリ、サミュエル!


 無我夢中でちょこまか走っていると、だいぶ前に教えてもらったサミュエルの言葉が頭をよぎった。




「相手の気の隙間を狙え」

「気の隙間?」

「生き物には気というものが流れている。気の流れが多いほど強い。よっぽどの達人でもない限り気の薄くなっている隙がある。そこを狙え」

「わかりましたっ!」 




 過去の記憶を手繰り寄せた私は、その時の言葉を復唱する。


「気の隙間を狙え」


 盗賊と戦った時に、魔力を集中すると相手の気が見えたことがあった。

 そうか、あれを狙えば良いんだ。


 私はジャウロンの隙を見つけるべく、魔力を集中して振り返った。頭からしっぽの先まで満遍なく見渡す。


 気の隙間、気の隙間は……


「ん?」


 ……ない。

 気の隙間がない!


「全身に気がみなぎってる!」


 全身硬い鱗でおおわれたジャウロンは燃えたぎるような気に覆われており、全く隙間が見当たらない。こんな相手とどうやって戦えと言うんだ。サミュエルがどうやってジャウロンを倒したのか聞いておけばよかった。


 唯一手繰り寄せられた解決の糸口もあっさりとだめになり、振り下ろされるジャウロンの牙としっぽをぴょんぴょん跳ねながらかわし続ける。


 しかし、さらなるピンチが私を襲った。

 ジャンプを繰り返すうちに髪の毛にしがみついていた小人の手が離れ、ジャウロンの大きな口に向かって飛んで行ってしまったのだ。


「あっ! 小人!」


 恐怖に歪んだ小人の顔。

 どうすることもできない私は、先ほど言われたタケハヤの言葉を思い出した。


 ————こんな無能なガキとは、とんだ見当違いだったな。


 タケハヤの言う通りだ。

 さっきはむきになって言い返してみたけど、確かに私はいつもみんなに守られてばかり。

 盗賊と戦った時、リディクラスでガイオンと戦った時、そしてエルディグタール城でイーヴォにさらわれた時もそう。いつもみんなに助けてもらっていた。


 不甲斐ない私では、小人一人すら守れない。

 これが私じゃなく、ユーリやサミュエルだったら……。


 一人だけ成長していない自分に、私は唇を噛み締めた。


 ジャウロンにすら勝てないのに、どうやってジュダムーアを相手に戦おうと言うのだ。これではいつまでたってもおんぶに抱っこ。

 

 今ここで、自分が無能でないことを証明しないと!


 迷っている暇はない。

 これからは、


「私がみんなを守るんだぁぁぁぁっ!」


 私は小人に向かって手を伸ばした。


「うわぁぁぁぁぁっ!」


 逃げることをやめた私を、ジャウロンの口がすぐに捉える。そしてその大きな口が閉じられ、目の前が真っ暗になった。

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