第99話 タケハヤ

 こんな奴に、大人しく食べられてやるもんか。


主一無適しゅいつむてきっ!」


 私の指から飛び出した青い光が、驚きを見せるタケハヤの顔へとまっすぐ飛んだ。

 お城でシルバーの兵隊たちも蹴散らした私の攻撃だ。これでタケハヤが怯んだ隙に逃げ出してやる。

 私は青い閃光を睨みつつ、頭の中で逃亡を計画する。


 そして閃光が標的に届いた時。

 タケハヤは大きな手でペシッと閃光を叩いた。軌道が逸れた私の魔力は、はじかれるまま横に飛んで行き、メリメリっと岩肌をえぐって消えた。


「なんだこりゃ。蝿か?」

「げっ、どう言うこと⁉」


 いともたやすく攻撃を防いだタケハヤが、退屈そうにボリボリとお尻をかいた。

 魔法が通用しないなんて……髪は黒いけど、サミュエルのようにシルバーやガーネットの魔石を持っているのだろうか?


 抵抗虚しくピンチを迎えた私は、なす術もなく小人たちに引きずられ、ポイっとタケハヤの膝の上に放り投げられた。


「ひゃぁっ!」


 立ち膝の上に乗せられた丸太のような太い左腕を枕に、すっぽりと足の間に私が納まる。顔をよく見ようと、タケハヤがグイッと私の顎を持ち上げ、眉毛をひそめて覗き込んできた。


 食べられる!


「わぁぁ……私は美味しくないよ、食べたらお腹壊しちゃうんだから! だからやめて離して触らないでっ!」


 嫌がる私が手を突き出し、タケハヤの顔を遠ざけようとしたが、逆にその手を力強く掴まれて拘束されてしまった。

 身動きが取れない、万事休す。

 往生際悪く私がギャーギャー騒いでいると、タケハヤが顔をしかめて言った。


「それにしても、たいしたことねぇな。なんでお前が選ばれたんだ?」

「そんなの知らない、私が聞きたいよ! 理由はそこにいるドリュアスと小人に聞いてちょうだい!」

「違う。ここに来た理由じゃない」


 タケハヤが眉毛を寄せた。


「は? それ以外になんの理由があるって言うの?」

「なんだ、ここまできて自覚無しか。めでたいやつだな。頭ん中で祭りでもやってるのかぁ?」

「うるさい、知ってても私を食べようとしてる人になんか言わないんだから!」

「お前を食うくらいなら、まだそっちのドリュアスでも食った方がマシだっての。それにしても、なんもできない奴がその力を持ってても意味ないな。宝の持ち腐れだ。ケッ」


 タケハヤが私を膝から降ろし、眠そうな顔で頬杖を突いた。

 私に興味を無くしたように見えるが、まだ油断ならない。

 私は警戒するように後ずさりをし、あくびをしているタケハヤに聞く。


「ち、力ってなに?」

「太陽の力だ」

「太陽……もしかして、アマテラスのこと? なんでそれを知ってるの?」


 アマテラスなんて、ダイバーシティとエルディグタール城でたったの三回しか使ったことがないのに。それに、私はこんな野蛮な男に会った覚えはない。しかしタケハヤは、最初から私のことを良く知って良そうな口ぶりだが、まさかどこかで会っていてのか?


 私の質問を聞いたタケハヤは、答える代わりにスッと右手を伸ばした。

 すると、そこに鳥がふわりと舞い降りた。見覚えがある三本足の黒くて大きい鳥。これは……。


八咫やた⁉」

「こいつは俺の使いだ。俺の姉貴に頼まれてお前らを助けてやったが、こんな無能なガキとはとんだ見当違いだったな」

「生命の樹で私を導いてくれたのは、タケハヤだったの……あなたは一体、何者?」

「それは言わない約束でな」


 目の前の野蛮な男が目を細めてニヤッと笑った。

 そして八咫を飛ばすとゴロンとベッドの上に横たわり、ため息交じりに言う。


「あーぁ。ちったぁ楽しませてくれるかと思ってたんだがな。ろくに何もできないお前が太陽の加護を持ってるなんて勿体ない。わざわざ呼んで損した」

「興味本位で連れてきたの⁉」


 無理やり連れてきたくせに、散々な言いようだ。無能だなんて、昔の私なら傷ついていただろう。

 しかし、私はもう昔の私ではない。

 今は言い返すことだってできるのだ。


「さっきから無能だの何もできないだの、ちょっと失礼過ぎない? 私だって一生懸命頑張ってるんだから」

「はっ! なぁにが一生懸命だ。ただ周りに守られてるだけの間違だろ。現にお前、一人でここに来てから何ができたんだ?」

「ぐぅっ」


 私はかろうじて、ぐうの音だけを絞り出した。

 小人に連れ去られ、ドリュアスの口車に乗り、渾身の攻撃をタケハヤに軽々とかわされたばかりだ。逃げることすら一人ではできない。

 タケハヤに力の無さを見せつけられた上に、口論ですら負けてしまいそうな私は、なんとか頭をひねって真実から言葉を捻り出す。


「そ、それに、勿体ないとかなんとか言われても、私はいつの間にかアマテラスが使えるようになってたんだから。加護だかなんだか知らないけど、私のせいじゃないでしょ」


 これなら間違いじゃない。

 どうだ、まいったか。


 私が腕を組んでフンッと鼻息を吐くと、「それもそうだな」と言ったタケハヤが私の方へゴロンと横向きになった。


「その力、返せ」


 タケハヤが手のひらを差し出して、アマテラスの返却を要求してきた。


「はぁっ?」


 力って、そんな簡単に貸し借りできるものなだろうか。もし可能だとしても、アマテラスが無くなったらどうやってジュダムーアと戦うって言うのだ。私はこれからしなければならないことがある。

 こんなやつに、絶対に渡してやるもんか。


「アマテラスを取られたらすっっっっっごく困るんだけど。返し方もわからないし、絶対にお断りっ」


 私は理不尽な要求に頬を膨らませて腰に手を当てた。

 頬を上気させて怒る私とは逆に、タケハヤがなぜか楽しそうに笑い始めた。


「がははっ。俺様に向かってこんな口をきくやつは久しぶりだ。面白い。じゃあ、俺が出す試練を乗り越えられたら太陽の加護はそのままにしてやろう」

「タケハヤが力を奪ったりできるの?」


 疑いのまなざしを受けたタケハヤが、挑戦的な顔で立ち上がった。


「俺様の力を疑っているのか、人間が」


 楽しそうに笑うタケハヤが、ゆっくりと立ち上がり私に近づく。そしてすぐに異変が訪れた。

 タケハヤが一歩足を前に出すと大地が揺れ始め、次の一歩は外に豪雨を降らせた。そして、雷鳴がとどろき、空気が薄れ、地面の小石が浮かび上がる。次第に揺れが大きくなり、洞窟の壁にひびが走った。近寄ってくるタケハヤの存在感が大きく私にのしかかり、実物よりも巨大に見える。

 この人、普通の人間じゃない。


 ゴゴゴゴという音と共に大きく揺れる洞窟。私は立っていることもままならず、地面に這いつくばりながらタケハヤに向かって叫んだ。


「分かったからもうやめて、洞窟が崩れちゃう!」


 そう言うと、今までの天変地異はピタッと止んだ。


「あ、あれ?」


 地面に四つん這いになっている私が間の抜けた声を出すと、満足そうなタケハヤがドサッとベッドに腰を下ろした。


「分かったか、人間」

「今のは、幻覚?」


 恐ろしい幻覚から覚めた私がへなへなと地面に座り込む。

 どうやら、この男も敵に回してはいけないらしい。

 諦めた私は、先ほどの交渉を続けざるを得ないことを知った。


「私が試練を乗り越えたら現状維持ってこと?」

「そうだ」

「なんかそれ、割に合わないんだけど」

「ふん、脅してやったばかりなのにいっちょ前だな」

「だって、私だけが損するって変でしょ。どうせなら公平な条件を出してよ」


 どうせ試練を受けなきゃいけないんなら、言うだけ言ってみよう。サミュエルも、「何の得があるんだ」っていっつも言ってたし、これは尊敬する兄の尊い教えなのだ。


 そんな私の打算が功を奏した。


「お前、能が無い割に肝はすわってるんだな。上等じゃねぇか、すっとこどっこい。それなら、太陽の加護に加え、厄除け、開運、五穀豊穣。縁結びに子孫繁栄、商売繁盛。俺様の全部の加護をつけてやらぁ! これで文句ないか⁉」

「言ったからね。男に二言はないでしょ?」

「がーっはっはっは! お前もな!」


 なんだかよく分からないけど、とにかく沢山のご加護をもらえるらしい。言ってみるもんだ。これは何としてでも試練とやらを乗り越えて見せねば。

 交渉が上手くいった私は、さらにもう一つ良いことを思いついた。


「あ、それからついでに!」


 小さく手をあげた私に、タケハヤが眉毛を上げる。


「私の杖の材料ももらえる?」

「杖だぁ? がっはっはっは」


 大声で笑ったタケハヤが、私を見据えて言った。


「ちゃっかりしてるな、良いだろう。世界で一番強い材料をくれてやる」


 世界で一番強い材料……。

 それがあれば、もう杖が壊れることはないかもしれない。もしそうなら、みんなをもっとしっかりサポートすることができる。


 エルディグタール城での戦いや、ジュダムーアのことを思い出した私は、希望で目を輝かせ、タケハヤの試練を受ける覚悟を決めた。


「じゃあ、早速試練だ」


 タケハヤが合図をすると、洞窟の奥にある岩が動いて道があらわれた。


「奥に行ってつるぎを取ってこい」

「剣? 取ってくるだけでいいの?」

「ああ、そうだ」


 そう言ったタケハヤの口角がいたずらに上がった。


「ひひっ。取ってこれるもんならな」


 私がタケハヤの示す道へと進もうとすると、その奥から聞いたことのない大きな咆哮が聞こえてきた。ガイオンのお父さんやお母さんの声よりもっと大きい。本物の怪獣の声だ。


「いぃっ、一体何⁉」

「お前、好きだろ? ジャウロン」

「ひっ! この奥に、ジャウロンがいるの⁉」

「ジャウロンなんて可愛いもんだろ。八岐大蛇やまたのおろちに比べたら」


 ジャウロンが可愛い⁉︎

 食べるのは好きだけど、生きているジャウロンには会いたくないよ!


 恐怖に足がすくむ私が入口の前で震えていると、わざとタケハヤが背中を押してきた。


「うわっ!」

「じゃあな、せいぜい頑張れよ。運命の子ども」


 その一言を最後に、私の退路は閉ざされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る