第95話 二人の孤独
「ジュダムーア様、お怪我は……こ、これは⁉」
今度は、全身に重厚な鎧を身に着けた騎士が勢いよく部屋に入ってきた。額の中央に琥珀色の魔石を輝かせ、あごの長さできれいに金髪を切りそろえた女性。現騎士団長のイオラだ。
無残にも瓦礫の山と化したジュダムーアの寝室に、他の騎士同様イオラが目を丸くして驚く。
「カトリーナが、ボクを殺そうとしたんだ」
「……!」
言葉を失うイオラには目もくれず、カトリーナが噛みつくように言った。
「エルディグタール最強の騎士、ガイオンの魔石までも生前贈与したと聞きました。ならば、次の標的は我々ガーネットではありませんか! 欲深いお兄様の所業、これ以上ほっておくわけにはいきません。たとえ私を処刑しようとも、他のガーネットが黙っていませんよ!」
「なんだって?」
ジュダムーアがカトリーナの髪の毛を再び乱暴に引っ張り、忌々しそうに顔を歪めて言い放った。
「う……ぁ……っ!」
「じゃあ、ボクの恐ろしさをもっとみんなに分かってもらわないといけないね。今まで少し優しすぎたのかもしれない。ボクに歯向かったらどうなるか、カトリーナ。君をもって知らしめてやろう」
ジュダムーアがカトリーナを投げ捨ると、キャッと小さく悲鳴を上げてイオラの足元に転がった。
「この罪人を牢へ連れていけ。魔力が枯渇しているから騎士でも大丈夫だろう。明日、城壁に張りつける用意を。それと龍人」
「はい、陛下」
呼びかけに、スッと龍人が前に出る。
「カトリーナの魔石はまだ使う用事がある。この間のレムナントの女のように首をはねるな。今のところはな」
「仰せのままに」
龍人がうやうやしく胸に手を当ててお辞儀をする。
それを一瞥したジュダムーアが再度、騎士たちにカトリーナの娘を連れてくるよう命令した。
王が殺される。つまり、現在の国の体制が一変することを意味する。
ジュダムーアの命令に従って非道の行いをしてきた者や、ジュダムーアに無理を強いられてきた者。それぞれ思惑は違うが、誰しもが今起きた謀反に動揺しておりジュダムーアの命令のまま動くしかなかった。
イオラに腕を拘束され、騎士たちが娘の元へ走り去るのを悔しそうに見送る、母親のカトリーナ。怒りと怨念の言葉を吐き捨てながら、カトリーナ自身も部屋の外へと引きずられて行った。
ここにいる全員の思考が停止している中、龍人だけは小さな異変を見逃さなかった。
ジュダムーアの手が、小刻みに震えている。
ジュダムーアは他の人に悟られないよう、グッと拳を握ってごまかしていたが、龍人の観察眼には敵わない。
龍人はイオラとカトリーナが立ち去るのを見送り、部屋に誰もいなくなったのを確認してから改めてジュダムーアと向き合った。
「ジュダムーア様、お加減がよろしくないようですね。あいにく、天井と壁がなくなってしまいましたが、ひとまず横になりましょう」
天井に目をやる龍人が、おどけた表情でベッドを指した。それに従い、ジュダムーアがベッドへ腰かける。
「よく見ているな。……ボクに、何が起きている」
「推測ですが、手の震えの原因が恐怖でなければ、体の崩壊が始まったのかと」
「体の、崩壊⁉ なぜだ。ボクは永遠の命を手に入れるのではないのか? お前、まさかだましたのか⁉」
顔に剣幕を浮かべるジュダムーアが、震える手で龍人の白衣の襟をつかんだ。しかし、自分の信念に関わる言論に龍人も負けじと睨み返す。
「ヒポクラテスに誓ってもいい。私は医師の倫理を一番に重んじておりますゆえ、どんな命を前にしても最善を尽くします。それがたとえ神であろうと犯罪者であろうと。ジュダムーア様のゲノム編集は完璧な手順を踏んでおります。まだ体の細胞が生まれ変わっている途中。ゲノム編集が完成すれば、お望み通り永遠の命が手に入るでしょう。ただ……」
龍人が目を細めた。
「陛下の魔力が多すぎて、もともとの体の細胞分裂回数が限界値を迎えたのです。魔石の生前贈与は、他人の魔力を蓄えられる分、自分で魔力を生産する必要がなくなる。よって、適量なら細胞の負荷が少なくなり寿命が延びる。しかし、それが多すぎるとなると、今度は体に負荷がかかるのですよ。負荷がかかり過ぎた体は、崩壊を始める」
「なんだそれは。そんなこと聞いていないぞ!」
龍人の説明に、ジュダムーアが血相を変えて襟を締め上げた。
苦痛に顔を歪める龍人が、さらに説明を加える。
「たった今、私が見つけたばかりの理論です。お力になれず申し訳ありません」
「謝ってほしいわけじゃない。何とかしろ!」
「ゲノムが完成するのが先か、体の崩壊が先か……私にも分かりません。最善は尽くすつもりですが」
「……お前なら解決できるんだろう」
ガーネットという呪縛に縛られていたジュダムーアが、やっと手に入れかけた永遠の命と言う希望。幼いころからの悲願を達成する目前で、唯一の望みが打ち砕かれる。
やはりガーネットは呪いの血なのか。
命の期限が迫り、絶望を感じるジュダムーアが龍人に見せた懇願の表情。
その思いを感じた龍人が何と答えるべきか言葉を選んでいると、ジュダムーアが何かを思いついたようにハッと目を見開いた。
「そうだ、あいつだ、枯れ木のシエラだ。シエラを連れてくるんだ」
「か、枯れ木のシエラ? ……なにか関係が?」
ここで出てくると思っていなかった名前に龍人が一瞬動揺を見せたが、余裕のないジュダムーアは気が付ないまま言葉を続けた。
「ボルカンの王ダマーヤナが言っていたんだ。生まれつき魔石を持たず、母親から魔石を譲り受けた女性と結婚し、夫婦で魔石の生前贈与をすると寿命が延びるって。カトリーナの魔石をシエラに生前贈与させて、僕の魔石と交換するんだ。そうすれば、ボクの魔力は元に戻るだろ?」
「それは……。シエラの母親は、存在するのですか?」
平然を装う龍人がかまをかける。
ジュダムーアはどこまで真実を知っているのか。
「もう死んでいるだろう。だからかわりにカトリーナの魔石を使うんだ。そしてボクの多すぎる魔力をシエラに譲渡する」
「それでは、シエラは……」
「ボク以外の人間の体が崩壊しようと知ったことではないだろ」
「……名案ですね。その役目」
龍人がにっこりと愛想の良い笑顔を向けて言った。
「私が担いましょう」
ジュダムーアの眉毛がピクリと上がる。
「お前が?」
自分の体調を管理する龍人がいなくなっても良いのか、そして魔力の持たない龍人に何ができるのか。果たして自分を裏切らないと言う保証はあるのか。
ジュダムーアが疑惑の色を浮かべる。
それを敏感に感じ取った龍人が、慎重に言葉を重ねる。
「他に信用できる者がいるのなら、私は身を引きますが……」
「一体、何を企てている」
「ジュダムーア様のお体のことを第一に考えております。他には何も」
ジュダムーアとの睨み合い。
一瞬でも動揺を見せたらおしまいだ。
お互いに隙を見せず、しばらく睨み合いが続く。
「なぜボクに忠誠を誓う」
「恐れながら陛下は、私と……同じ孤独を持っておられます」
ジュダムーアの瞳が小さく揺れた。
そして、ベッドサイドに膝をついて心配そうな笑顔を浮かべる龍人に、小さくため息をつく。
「ボクのことを分かったつもりになるのは面白くない。……が、龍人に任せよう」
「ありがたき幸せ。では、イーヴォをお借りしても良いですか? 奴の能力はなかなか便利そうです」
「イーヴォ?」
少し考えるジュダムーアだったが、龍人の言うことにも一理あると思い、それ以上の説明を求めなかった。
「好きにしていい。とにかく早く枯れ木のシエラをボクのものにするんだ」
「はい、早急に。敬愛なるジュダムーア様」
ジュダムーアの手を取る龍人が、その手に自分の額を寄せてから立ち上がる。
ベッドに寝転がり、顔の上に腕を乗せ目を覆うジュダムーアを後に、寝室を出る龍人に笑顔は無かった。
龍人が向かった先にいたのは、牢屋に囚われているイーヴォ。
げっそりとして顔色の悪いイーヴォに、龍人が声をかける。
「やあ、久しぶり。君の活躍は本当に目を見張る。問題をさらにややこしくしてくれた君にはお礼をしなくてはね。イーヴォ」
「龍人……」
イーヴォの顔が恐怖に染まった。
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