第94話 謀反
「そしてライオット オブという言葉には多種多彩という意味があってね、単語で考えると暴動と言う……」
龍人が自身のつけた革命の名前について熱弁を始めようとした時だった。
すぐ目の前に存在しているかのようなシエラたちのホログラムが、砂嵐のように乱れはじめる。
————あれ? おかしいな。
龍人が異変に気が付くとすぐに、ドンという大きな衝撃とともに城全体が大きく縦に跳ねた。
「えっ、嘘だろ⁉」
最初の衝撃の後に横揺れが続き、ガラガラという音と共に、研究室のあちこちの棚から本や実験器具が龍人に降り注ぐ。揺れが続く中、机をたどって向かったのは人の首が浮かんでいる大きなガラスの瓶。それだけは壊れないよう、龍人が胸に抱えて守り切った。
そして、揺れが収まってから研究室を見渡す。
「わぉ、こりゃ無残だな」
トライアングルラボは科学に基づき揺れに強い設計になっているが、エルディグタール城は耐震構造を兼ね備えていない。
久しぶりに経験する大きめの地震と床に広がる物の海に、さすがの龍人も狼狽して立ち尽くした。
しかし、次に漂ってきた匂いに危機感を感じ、弾けるように研究室の外に出る。
————火事か⁉
城の廊下は発生源不明の焦げた匂いが漂っていた。
まずい。もし火事ならば消火か避難が必要だ。騎士たちが対応するだろうが、万が一に備えてアレだけでも持って逃げるべきか。
唇を噛んだ龍人が首の浮かんでいる瓶を振り返った時、騎士の声が耳に届いた。
「ジュダムーア様のお部屋だ! 急げ!」
パタパタ走っていく騎士の足音を聞きながら、龍人が冷や汗を流して笑った。
「ジュダムーアの部屋だって? 良い予感しかしないね」
龍人は白衣をなびかせながらジュダムーアの部屋へと走った。
エルディグタール城の最上部、ジュダムーアの寝室。
この世の贅沢を集めたような豪華な部屋なのだが、今は隕石が落ちたかのように天井が大きく崩れ落ち、焼け焦げた物が散乱している。
先ほど城を襲った衝撃は、どうやらここが発生源らしい。
カーテンに燃え広がる火をめんどくさそうに眺めるジュダムーアが、手に持つ白く細い杖から大砲のように突風を飛ばし、カーテンごと火を吹き飛ばす。さらにガラガラと天井と壁が崩れ落ちるが、特に気にする様子はなく、目の前の人物に向かって語りかけた。
「何のつもりだ、カトリーナ」
瓦礫と化した部屋の中、ジュダムーアの目の前にカトリーナと呼ばれた女性が座り込んでいる。
全身にやけどを負った赤い目の女性は、本来純白であるはずの長い髪の毛を塵で灰色に染め、ジュダムーアを睨み上げていた。
「体調が悪いとお聞きしていましたのに……随分お元気そうですね。お兄様」
「ボクに家族はいない。兄ではなく、ジュダムーア様と呼べ。大方、僕を暗殺して自分が王にでもなろうとしていたという所か。でも、残念だったね」
「あぁっ……!」
ジュダムーアは、自分を襲ったカトリーナの肩をかかとでけり飛ばし、床の上に転がした。他人から魔石の生前贈与を受けていないカトリーナは、ジュダムーアの前では赤子同然。さらに、今はジュダムーアを襲った上に、凄まじい反撃から身を守るために大量に魔力を消費したばかり。もう力が残っていない。
ゴミのように転がる妹の胸を踏みにじり、ジュダムーアが身をかがめて冷たく呟いた。
「今ここで殺しても良いんだけど、ちょうどいい。お前はシエラのためにとっておこう」
「シ……エラ……?」
「魔石を持たない少女だよ。その子にお前の魔石を生前贈与させ、それからボクがもらう。いい考えだ」
苦痛で顔をゆがませるカトリーナが、途切れ途切れに聞く。
「なぜ、そんな……ことを!」
「つい先日、ボルカンの王ダマーヤナに聞いたんだよ、彼らの長寿の秘密をね。魔石を持たずに生まれたある女の子が、母親から魔石を譲り受けたんだ。その子が成長して結婚した後、夫婦で魔石を生前贈与し合ったら、夫婦の寿命が延びたらしい。それを、ボクもやってみるのさ」
普段表情を変えないジュダムーアが小さく笑った。
「ま、ボクの魔石はあげないけどね。でもボクは、シエラの魔石で永遠の命と世界一の強さを手に入れることができるだろう。それでボクは完璧だ。完璧な人間になるんだよ。ふふふふ……あはははは!」
兄の怒りの表情よりも、滅多に見せない笑顔に恐怖を感じたカトリーナが、全身から嫌な汗をにじませて震え始めた。
……このままでは、この国が終わってしまう。
カトリーナが絶望した時、シルバーの騎士たちが異変に駆け付けてきた。
そして、瓦礫と化したジュダムーアの豪華な部屋と、本来自分達の
「ジュ、ジュダムーア様……これは……」
「
カトリーナから足をよけたジュダムーアが、騎士たちに命令する。
「カトリーナの娘をここへ」
「やめてください、お兄様!」
悲痛な叫び声がこだました。
自分の謀反で娘に害が及ぶ。
そう即座に察したカトリーナが、必死の思いでジュダムーアの足元にすがりついた。しかし、ジュダムーアがそんな願いを聞き入れるはずがない。
「う……ぁっ」
カトリーナの髪の毛を乱暴に掴んだジュダムーアが、顔を寄せて唸った。
「兄じゃない。ジュダムーア、様だ」
騎士たちがどうするべきか判断できずにいると、そこにある人物がやってきた。場にそぐわない明るい声が瓦礫の中に響く。
「おやおや、これはすごい。お体が順調に適応しているみたいで安心しましたよ、ジュダムーア様」
ひょこっと顔を出した龍人が、右手をおでこにかざして穴のあいた天井を見上げた。そして、周りの雰囲気をよそに、ポケットに手を入れてスキップしながら部屋に入って行く。
「もしかして新しい実験材料を手に入れてくださったんですか?」
楽し気な龍人が、驚きで固まるカトリーナを前にジュダムーアよりも不気味な笑顔を浮かべた。
「これは良さそうな検体だ」
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