第93話 イルカーダの屋台

「ライオット オブ ゲノム?」


 革命の名前に私が目をキラキラ輝かせると、その横でユーリは首を傾げた。


「ライオット? なんで俺の人種の名前なんだ。シエラブルーじゃなくて良いのかよ」

「ライオットっていう名前はもともと、カラフルな君たちに合わせてライオット オブ カラー、つまり色とりどりで色彩豊かという熟語から取ったものなんだけどね。その他にもライオットっていう言葉には何個か意味があって、この革命の二つの側面にピッタリ当てはまるんだ。そ……してライオ……ト ……ブとい……意……は…………」

「龍人?」

「えっ……嘘……ろ⁉」


 龍人が長々と説明を始めようとした時、ホログラムの映像が乱れはじめ、驚いた顔の龍人を最後にプツリと通信が切れてしまった。


「あれ? 龍人? どうしたの、龍人⁉」


 何かあったのだろうか。

 龍人の慌てた様子に感じる胸騒ぎ。最後に言った言葉が、余計に不安を掻き立ててくる。


 ————えっ、嘘だろ⁉


 なんでもお見通しの龍人でも予想できない事態が起きたということなのか? それともただの通信の不具合で、私の取り越し苦労か。


 不思議に思ったユーリが「故障かな……」と言いつつサミュエルの足元にしゃがんだ。そして義足をいじっているうちに、側面から口紅がピョコンと出る。


「ユーリ、そこは関係ない。何があったか分からんが、あいつのことだ。落ち着いたらまた連絡をよこすだろう。それより、今後の作戦の話がまだだな……。とにかく俺たちイルカーダチームがシエラの杖を手に入れなくてはならない事だけははっきりしている。今日は遅いし龍人から追って連絡があるかもしれない。ガイオンもしばらくは動けないだろうし、まずは明日だな」

「俺か? 俺は酒でも飲めばすぐ復活するさ、がははは! 母ちゃん、宴会の準備を頼む!」


 ガバッと勢いよく立ち上がったガイオンが再び「おっとっと」といってよろけ、咄嗟にサミュエルが肩に担いで体を支える。


「あぁ、ほらガイオン。あんたが無茶するから皆さんに迷惑がかかってるんでしょ。ったく。今日くらい大人しくしてなさい。皆さんはうちでゆっくりしていってね、狭いところだけど、布団ぐらいならあるから」

「母さんの言う通りだぞ、ガイオン!」

「いてっ!」


 上から振ってきた父のげんこつに、ガイオンが頭を押さえる。


「お前が『魔石は無い』と正直に言っていれば話はややこしくならなかったんだ。いくらプライドがあるからってな、黙ってていいことと悪いことがあるんだぞ」


 そう言う父はいまだに涙目になっている。息子が死にかけたことがよほどショックだったのだろう。今度は反発するように、ガイオンが食って掛かる。


「違う、そんなんじゃない! 俺はただ、コイツらとジュダムーアに立ち向かうなら魔石が無くったって父ちゃんくらい……いや、やっぱなんでもねぇ!」


 何かを言いかけて耳を赤くしたガイオンが、プイッとそっぽをむいた。

 相変わらず無茶をしたんだと思っていたが、実は本人なりの考えがあったのだろうか。そう思った私は、野獣のようなガイオンがなんだかかわいらしく見えてしまい、フフフと小さく笑った。


「あ! シエラ。今俺のことを笑っただろ! くっそー、後で覚えてろよー」


 野生のカンは健在のようだ。






 夕飯は、突然の私たちの来訪とガイオンの負傷というトラブルもあり、家の前にある屋台から買って済ませることになった。

 ゆっくりと観光する時間もないので、この機会に私とユーリ、サミュエルの三人でお使いを兼ねてイルカーダの街並みを楽しんでくる。

 初めての外国の街だ!


 ガイオンの家のすぐ前は屋台が並んでいる繁華街で、来た時と同様様々な人種の人たちが行き交っていた。日が暮れようとする中、あちこちで笑い声が聞こえてきたり宴会が始まっていたりで、とても活気にあふれている。

 そんな景色を楽しんでいると、どこからかいい匂いが漂ってきた。


「うわぁ~っ! すっごい賑やか、すっごくいい匂いっ!」

「こらシエラ、勝手に一人で行くな」


 クンクンと匂いをたどり、鉄砲玉の私が横道にそれようとすると、すかさずユーリがガシッと私の腕を掴んだ。息の合ったやり取りに、サミュエルが呆れた声を出す。


「シエラ、ユーリにばかり迷惑かけたらだめだぞ」

「はい……。これからはサミュエルにも迷惑をかけます」

「そういうこっちゃない」


 私のとんちんかんな返答に、ユーリが声を立てて笑う。それにつられて私も笑っていると、どこからか誘惑の呼び声が聞こえてきた。


「できたてほやほや、イルカーダ特製ジャウロンの饅頭だよ~! そこのお嬢さん、一つどうだい?」

「……イルカーダ特製ジャウロンの饅頭⁉ いるいる、いりまぁぁぁっす!」


 ジャウロンという言葉に反応した私が、元気よく右手を上げて屋台に向かって返事をした。


 食べ歩きする用に三つ、お土産に持って帰る用に十個。

 ユーリに、「さすがに十個は多いんじゃないか」と言われたが、帰れば底なしの胃袋のガイオンがいる。リディクラスでの様子を思い出した私は、足りなくなるよりは多い方が良いと思ったのだ。余ったら私が食べればいいし。それに、ガイオンが退職金を沢山もらったので、お金の心配はない。


 店員さんから白い紙に包まれたホクホクの饅頭を受け取った私は、鼻を寄せて息を吸いこみ、最初に匂いを堪能する。ほんのり甘い生地の匂いに交じって届くジャウロンの香ばしい匂いが、私の中の食欲を目覚めさせた。


「おいしそぉぉぉ!」


 目を輝かせてよだれを飲み込んだ私が早速、店頭に置いてあったソースと辛子を乗せて食べようとした。のだが……

 

「あぁっ、やばい! 辛子つけすぎちゃった!」

「なにやってんだよ、シエラ」


 なにをやってるも何も、チューブからそっと垂らそうとしたのに、底にたまっていた辛子が急に落ちてきてドバッと出てきてしまったのだ。こういう時に自分の不器用さを心底呪いたくなる。

 苦笑するユーリを恨めしい目で見ていると、サミュエルが私の饅頭をヒョイッと取り上げ、自分の分の饅頭を私の手の上に置いた。


「本当にしょうがないヤツだな、お前はこっちを食べろ」

「サ……サミュエル……!」


 サミュエルが辛子まみれになってしまった饅頭と取り換えてくれた。

 私はなんて良い兄を持ったのだろう。食べ物の恨みも忘れないけど、私は食べ物の恩も忘れないのだ。

 感動した私は、心の底から感謝して言った。


「サミュエル大好き!」

「うわっ……こら、そんなことしてたら今度は落っことすぞ」


 思わずサミュエルに抱き着いた私は、慌ててジャウロン饅頭を口に入れた。今度こそ落としたら大変だ。

 私が美味しそうに食べる様子を、あきれるユーリとちょっとだけ頬をピンク色に染めたサミュエルが笑いながら見る。


 無事に美味しいジャウロン饅頭にありつけた私は、その後も屋台で食べ物を沢山買って、山盛りの荷物と共にガイオンの家の門をくぐった。

 家の中では、国境にいた門番の男の人とガイオンがすでに宴会を始めていて、「俺の血は酒でできているんだ」と言いながらすでに酔っぱらっていた。

 肩を組んでご機嫌の二人は、歌声なのか怒鳴り声なのか分からないが、仲良くイルカーダの国歌を歌い始める。隣で顔をしかめているサミュエルが巻き添えを食らい、ガイオンの丸太のような腕で肩を組まれてしまった。かわいそうに。

 貧血だったせいか、いつもよりガイオンの酔いが早い気がするが大丈夫だろうか。実家だから大丈夫かな。

 言っても聞かないガイオンの心配もそこそこに、私たちも御馳走にありつくことにした。




 その夜。


 女の子は一人だけだから、ということで個室を与えられた私は、美味しいご飯に満足して久しぶりの布団で眠りについた。

 フカフカの布団に、すぐ眠気が襲ってくる。


 私がうとうとし始めると、誰かが私を呼ぶ声が聞こえてきた。



 ———— シエラ、シエラ。



 なに? 私はもう寝るから明日にして……。



 ———— シエラ、シエラ。



 しつこいなぁ。

 明日にしてって……、


「言ってるでしょ⁉」


 何度も呼びかけられた私が、寝ぼけながら目を開ける。

 すると、私を見ている何かと視線が合った。

 顔の前に、小さな三角帽子を頭に乗せた生き物がフワフワ飛んでいる。


「え……こ、小人⁉」


 ……私はまだ夢の中にいるの?

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