第92話 愛情は伝搬する

「現代人が絶滅するって……どういうこと?」


 ……絶滅って、いなくなっちゃうってことだよね。


 物騒な言葉に、不安を感じた私がユーリの手を無意識に握る。それに気が付いたユーリがチラリと私を見て、優しく手を握り返してくれた。


「僕たち古代種だって、僕と芽衣紗以外みんな絶滅した。そうやって生き物は自然選択をしながら変化をし続けるものなんだよ。だから、シエラちゃんを始点に現代人はどんどん姿を消し、いずれ全員がシエラブルー種へと変わっていくだろう」

「今ある人種が全部なくなるのか⁉」


 驚きの声を上げたガイオンの父だけでなく、全員が信じられないと言う顔で龍人を見た。

 それもそうだ。今存在している人種が、もうすぐ全て途絶えるということなのだから。今まで当たり前に続いてきたものが無くなってしまうなんて、すぐに受け入れろと言う方が無理だ。

 それも、その元凶が自分だとしたら。


「私が、みんなを絶滅へと導いていくということ?」

「聞こえは悪いけど、簡単に言えばそう言うことだね」

「そんな……!」


 いつも通りあっけらかんとしている龍人の話にみんなが困惑すると、黙って話を飲み込んでいたサミュエルが初めて口を開いた。


「もしかしてそれって、かなり危ない状況なんじゃないのか?」

「……聞かせてもらおう」


 サミュエルの問いかけに、龍人がキラリと目を光らせる。


「今はどの国もガーネットが王の座についているだろ。その理由は、ガーネットがどの種族よりも魔力が高いからだ。簡単に他の国から侵略されないし、圧倒的な力の差に国民も暴動を起こしたりしない。だから、もしシエラブルーの魔力がガーネットと同様、もしくはそれより高い上に寿命も短縮しないとしたら、これからはシエラブルーがヒエラルキーの頂点に立つことになる」

「じゃあ、やっぱりシエラが王様になるのが一番いいのか」


 サミュエルの話にユーリが問いかける。


「いや、そんな単純な話じゃない。もしこのことがガーネットにバレたら、自分達の地位を脅かす存在のシエラを排除しに来るだろう」


 話の核心をつくサミュエルの言葉に、龍人がニヤリと笑った。


「分かってるじゃないか。それと、保守的で変化を受け入れられない人間たちが、自分達の種族の存続を守るために剣を取るかもね」

「えっ、私、みんなに殺されちゃうってこと⁉」

「なんだって⁉ 絶対そんなことさせるもんか!」


 私が殺される、という言葉に、ユーリが語気を荒げる。

 そんなユーリに、片方の眉毛を上げてにやりと笑う龍人が楽しそうに言った。


「シエラちゃんだけじゃない。ゲノムの中にシエラブルーを持つ僕たちも同じさ。後世に変化をもたらす僕ら全員が危ない」

「もしかして、全部私の……せい……?」


 私のせいで、みんなのゲノムが変化を起こした。

 それで命が狙われるとしたら、私がこの世に存在しているせいということになる。


 自分のせいで種族が絶滅するだけでなく、大切な仲間を危険にさらしてしまった。


 ショックな事実に、しばらく忘れていた言葉を無意識に思い出す。

 枯れ木、妖怪、ゴミ、出来損ない。

 小さい頃から私に向けられていた村人の言葉だ。その言葉が頭の中でガンガンと響く。私のせいで大切な仲間が危ない目にあってしまうなんて、とても耐えきれない。


 頭が真っ白になる私に気が付いた龍人が、穏やかな表情を浮かべながら首を横に振った。


「違うよ。……シエラちゃんが誕生した理由をまだ言っていなかったね」


 途方に暮れる私と目線を合わせるように、龍人が少しだけ体をかがめた。

 そして、触れられるはずのないホログラムの右手を、私の顔に伸ばしてそっと頬を撫でるそぶりをする。


「シエラちゃんは、この世でただ一人だけ、特別な経験をして生まれたんだ。気がついているかい?」


 特別?

 私がみんなと違うことと言ったら……


「私が、ガーネットとライオットを親に持つ、混血の子どもってこと?」

「ううん。そうじゃないよ」


 龍人がまっすぐに私の目を見て言葉を続ける。


「ライオットの父、ガーネットの母、そしてレムナントのサミュエル、シルバーのアイザック。シエラちゃんは人類が進化を始めてから唯一、全ての人種に心から望まれて産まれてきた人間なんだよ。そしてそれに加えて孤児院長のユリミエラやユーリ君。お腹の中にいる時から、そして産まれた後も、いろんな人から愛情と言うとてつもなく大きなエネルギーを受け続けてきた。シエラちゃんという存在は、みんなの愛情の結晶なんだ」

「私が、みんなの愛情の結晶……」


 龍人の言葉に、いつも優しく髪の毛を結ってくれていたユリミエラ、常に一緒にいて私を守ってくれたユーリ、孤児たちの笑顔が浮かぶ。そして、自分の子どものように大切にしてくれるアイザックや、離れていてもずっと私のことを思ってくれていたシルビアとエーファン。

 次々に浮かぶみんなの笑顔が私の存在を肯定してくれるように感じ、いつの間にか私の目に涙が浮かんでいた。 


「三つ子の魂百までってね。お腹にいる時の一年、そして産まれてからの二年。この三年間はその子の人生を決めるとても大切な時期なんだ。その大切な時期に、シエラちゃんは無条件の愛情をたっぷり受けて育った。その目に見えない奇跡が、シエラブルーという新しいゲノムを誕生させたんだ。シエラブルーは、ゲノムに刻まれた愛情の配列なんだよ。そのシエラちゃんが今度は愛情によって世界を救う。それがきっと、シエラブルーの運命なんだと僕は思うんだ」

「龍人……」

「シエラちゃんの能力は、愛情を起源にしているでしょ? 二人の母親譲りのね」




 ———— シエラは神様が私に送ってくださった宝物だもの。


 ———— あなたを想わなかった日は今日まで一度もありません。




 私の脳裏に、二人の母の言葉が聞こえてきた。


 何気ない日常の中、私は知らず知らずのうちにみんなから愛情を注がれていた。

 視点を変えるだけで、過去の出来事が陰にも陽にも変わる。村人から受けてきた心無い言葉の裏で、それ以上にかけがえのない大切なものが私にはあったんだ。


 そのことを実感すると、今度は私の中から世界に対する愛情が溢れてくるのを感じた。

 私の仲間が、人間が、世界が愛おしい。


「愛情は伝搬するんだよ」


 龍人の言葉に周りをみると、ユーリ、サミュエル、ガイオン、ガイオンの両親が私を優しく見守ってくれている。

 私は、生まれてきても良かったんだ。


 目を閉じて感謝を噛み締めた私は、あらためて自分の気持ちを確認する。

 もし大切なみんなが命の危機にあるのだとしたら、今度は私がみんなを守らなくては。そしてユーリみたいに、サミュエルみたいにヒーローになりたい。

 私はみんなを守るために、強くなるんだ!


 覚悟を決めた私は、ズズッと鼻をすすり涙をぬぐって龍人を見つめ返した。


「私は何をしたらいいの?」


 私の覚悟に笑顔を返す龍人が、いつも通り怪しい笑顔に表情を変えて言葉を続ける。


「僕たちはこれから革命を起こす。僕たちが敗北し、人類がこのまま進化を遂げられず衰退していくのか。それともゲノムの変化を恐れない僕たちが勝利し、人類を発展させていくのか。これはシエラちゃんをキーとした、人類の運命をかけた革命なんだ」

「人類の運命をかけた革命……」

「そう」


 龍人が革命の名を口にした。


「ライオット オブ ゲノムだ」

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