第91話 シトクロムC
「私の……生まれた理由⁉」
生命の樹から生まれたと言われ、村では枯れ木とののしられ、この見た目のせいで人に会うたびに妖怪だと言われ石を投げられてきた。
幼い頃は、なぜ生まれて来たのかと自分の運命を呪った事もあった。
その元凶となったのは、他の人と違う異常な私のゲノム。
私が異常であること、そして私が生まれたことに理由があったなんて!
衝撃を受けた私は、次期国王のことも伴侶のこともすっかり頭から忘れて、龍人の言葉に釘付けになった。
緊張でかすかにふるえる手と声。
それに気が付いたユーリが、そっと私の手を握ってくれる。
いつも私を助けてくれる手の温もりと、隣で微笑みを送ってくれるユーリの存在が、どんな現実が待ち受けていようとも大丈夫だと背中を押してくれた。
小さく深呼吸した私が、現実と対峙する。
「龍人……何を見つけたの?」
———— 一日前。
トライアングルラボの研究室にある寝台に、寿命をとうに過ぎているシルビアが横たわっている。
シルビアの枕元には複雑な機械を操作する芽衣紗、左側には随分前に魔石を生前贈与し、普通なら死んでいるはずのアイザック、右側にはシルビアを見守るエーファンが座る。
すでに死んでいるはずのシルビアとアイザックがなぜ生存しているのか。それを調べるため、看護師のエマによって二人の全身にセンサーが取り付けられた。
実験開始。
アイザックが体調のすぐれないシルビアに治癒魔法をかけると、その時の二人の生体反応が映像となって目の前の空間に浮かび上がる。データを食い入るように見ていたバーデラックとホログラムの龍人が、同時に深くうなずいた。
「やはり、やはりやはりやはり! シトクロムCの放出量が城にいるシルバーとは全く違う!」
「さすがです龍人様。ついに寿命の謎を解明しましたね!」
龍人とバーデラックが嬉しそうにする横で、エマが微笑みながら拍手を送る。
実験が上手くいったのか、満足そうな龍人の咆哮を聞いたアイザックが、治癒の手を止めて説明を求めた。
「興奮しているところ悪いが、何か分かったのか?」
感情が高ぶって「ジーザス!」と絶叫している龍人が、血走る目をアイザックへと向けた。
「あぁぁぁぁ、分かった、分かったよぉぉぉ! 僕の仮説が立証できそうだ。魔力が強いガーネットがなぜ二十五年という短い寿命になったのか。複数のゲノム、そしてアイザックのゲノムと比較することでその謎が解けたよ。協力心から感謝する!」
頭を掻きむしってペロリと舌なめずりをした龍人が、まくし立てるように説明を始める。
「僕の生まれた時代の人間は魔力を持たなかったのに、いつしか現代人に魔法を生み出す細胞が発生した。君たちは、僕たち古代人のゲノムが進化した結果、魔法を使えるようになったと思っていた。しかし違った。君たちはまだ進化しきっていない、発展途上だったんだ!」
「発展途上?」
「ガーネットが持つ四重らせん構造の魔法の細胞は、とても強力な魔力の代謝が起こり莫大なエネルギーを作り出す。しかし、体の方の細胞は三重らせん構造のまま。そこで、多すぎる魔力の負担というストレスを受けたDNAが傷ついていたんだ。DNAが傷つくとアポトーシス、つまり細胞が自殺するプログラムが作動し新しい細胞へと生まれ変わっていく。だから、魔力を沢山使うほど細胞が早く生まれ変わることになる。そこで起きてくるのがヘイフリック限界。テロメアが短くなって、細胞分裂回数の限界を迎える。するとどうなるか!」
息を切らせた龍人が、涙を浮かべて恍惚に染めた顔をアイザックに寄せた。
「人間の寿命を迎える」
……なんか、難しい言葉が沢山出て来たぞ。
龍人から実験の結果を聞いた私は、難しい説明に首を傾げた。もちろん、ガイオンはすでに夢の世界にいる。
なんとか話についてきていたガイオンの母が、龍人に質問をした。
「今の話で魔石の説明がなかったけど、そのアイザックっていう人が生きているってことは、うちのガイオンも死なないということでいいのかい?」
「うん。魔石が無くて何が一番問題かと言ったら、魔石という補助もなく全魔力を細胞内で生み出さなくてはいけないことだったんだ。それは魔石がある時よりも細胞への負荷が重く、それで人よりも早くヘイフリック限界、つまり細胞分裂ができなくなって寿命を迎えていることが分かった。シエラブルーをゲノムに持つガイオンは、もうヘイフリック限界に怯えることはない」
最低限の所だけをかいつまんだ私が、龍人に確認をしてみる。
「つまり、シエラブルーを持つ人は、そのシトク……なんだっけ? えっと、とにかく魔法を使っても問題ないってこと?」
「シトクロムCね。シエラブルーは魔力による細胞のストレスを緩和する作用があった。そのおかげで、アポトーシスを誘導するシトクロムCが極端に少なくなる。だから寿命の短縮がおきないんだ」
やっぱり説明は分からないけど、とにかくみんなの寿命が短くならないという所だけは分かった。それだけ分かれば十分だ。
「すごい! じゃあ、私の周りにいるみんなは早死にしないってことだ!」
ピョンピョン跳ねて喜ぶ私が顔をほころばせると、龍人が笑いだした。
「はっはっはっは。話はそれで終わりじゃない。そもそも、なぜ本来恒常性を保持するシステムであるはずのアポトーシスが、逆に人間の命を縮めてしまうか、だ」
「アポ、アポ……」
一生懸命説明を理解しようとしているユーリが、顎に手を当てて天井を見た。
龍人がユーリに向けてピッと人差し指を立てる。
「アポトーシス。その理由は、さっき言った通り現代人がまだ進化の途上にいるからなんだよ。本来魔石は体の中にあるべきシステム。あんな重要な機関が魔石として体外に分離していることの方がおかしいんだ。それに比べて……」
今度は私の方を見た龍人が、大きく手を広げて熱弁を続ける。
「体と魔力双方に四重らせん構造を持つシエラちゃんは、細胞同士の均衡がとれて魔力によるストレスを受けないばかりか、魔石と同じ働きを自身の細胞内のシステムとして完成させていたんだ。つまり」
そこで言葉を区切った龍人が、こぶしを握り締めて叫ぶように言った。
「現代人の完成形がシエラちゃん、シエラブルー種という新人類なんだよ! これからは未完成の現代人の代わりに、シエラブルー種が時代をつないでいくだろう」
龍人の高笑いが道場に響き渡った。
「わ、私が新人類⁉ 現代人の代わりにって、現代人はどうなっちゃう……の?」
「そんなの決まってるじゃん」
一変、真剣な表情になった龍人に、私の心臓がドキリと跳ねた。
嫌な予感が足元から押し寄せ、龍人の口元に意識が集中する。そしてゆっくり動く唇が紡ぎ出していく言葉を、私はただ聞くことしかできなかった。
「現代人は、絶滅するよ」
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