第90話 次期国王

「わ、私が国王⁉ 聞いてないよ、って言うか無理でしょ、無理無理!」


 私とユーリが腰を抜かしていると、床に寝転がっているガイオンが豪快に笑った。


「がははは、シエラが王様か。いいじゃねぇか。俺は賛成だ」

「何言ってるのガイオン! 他人事だと思って。なんで私が王様にならなきゃいけないの⁉」


 王様っていうのは国で一番偉い人で、訳の分からない勉強をしたり怖そうな部下や騎士をまとめ上げたり、とにかく難しいことをしなくてはならないはずだ。

 子どもたちへ物語を話すために本を読むことはあっても、きちんとした勉強なんて今までしたことがない。それに、アイザックやガイオンみたいに優しい騎士ならまだしも、昔のバーデラックみたいに無茶な人をまとめ上げるなんて、


「絶ぇぇぇっ対、無理!」


 私にはできっこない。シエラブルーのネーミングの時みたいに、いつの間にか決定してしまったら大変だ。

 そう思った私は全力で拒否したが、龍人は納得がいかないらしく腕を組んで話を続けた。


「僕はそれが一番いい方法だと思うんだけどなぁー。例えば想像してみて、僕たちの計画が上手くいってジュダムーアの王位を剥奪はくだつできたとしよう。その後、エルディグタールはどうなるの?」

「どうって……」

「現代は全ての国が王政を取り入れて、国同士の均衡を保っている。でも、一番魔力量の多いエルディグタールを統治する人間が不在になったら……さぁ、どうなるでしょうかっ?」


 龍人が手のひらを差し出して、私たちに回答を求めた。


 えーっと、今のジュダムーアは恐怖でガーネットやシルバーを従えているから、それがなくなったら、


「みんながあちこちで勝手に動いちゃって、国の中の収集が付かなくなるのかなぁ?」

「意見が合わなくなった時に困るってことか?」

「それと、内乱や暴動が起きて、力づくで王になろうとする人間が出るかもしれないな」


 私が答えると、ユーリとガイオンも思いついたことを口にした。

 確かに、王がいるのといないのじゃかなり状況が変わってくるのかもしれない。


 みんなの意見に納得していると、龍人が頭の上に手をあげて注目を集めた。

 

「うん。それもある。それも問題なんだけど、もっと大変な問題があるんだ」

「もっと大変な問題?」


 少しうつむき加減になった龍人が、やや長い前髪の隙間から見上げるようにして私を見た。


「エルディグタールが他国から侵略される」

「えっ?」


 私たちの生活を守るためにジュダムーアから王位を剥奪しようとしているのに、まさか逆効果っていうことか?

 今度は、私と同じで不安そうな顔をしているユーリが聞く。


「……侵略って、結局戦争が起きるのか?」

「そう。もしくは、エルディグタールの庇護下に入る前のボルカンのように、労働力や魔力を目的とした拉致事件が頻発するかもしれない。そうなれば、ジュダムーアが統治している今より状況が悪化する。だから、それを防ぐためにも新たな王が必要なんだ」


 いくら残酷非道な悪王といえど、ジュダムーアは他国への睨みを利かせている。国内の統制をとるだけでなく、他国からエルディグタールを守ることも王の役割か。確かに、それに代わる人が必要だということは分かった。

 ただ、それが私と言うのはやはり荷が重すぎるのは変わりない。


「ジュダムーア以外のガーネットはいないの?」

「いるにはいる。ただ、あてにはできないと思うよ。ジュダムーアは自分が王となるために、目上のガーネットを根こそぎ暗殺して今の立場を得た。それを直に見ていたガーネットたちは、僕らよりその恐ろしさを知っている。当時より圧倒的な魔力を持つジュダムーアに、いつ自分が生前贈与を強要されるかビクビクしながらガーネットは身を潜めているんだ。きっと、命令に逆らえない彼らは、ジュダムーアの盾となって僕たちと戦うことになるだろう。僕らが勝ったとしても、敵の中から王を立てるのは現実的ではない。それに」


 フッと力を抜いて眉毛をハの字にした龍人が、優しく微笑んだ。


「もし他のガーネットが次の王に立ったとしたら、生前贈与はなくなるだろうけど国の体制は変わらない。シエラちゃんは、このまま人種差別のある国で生きていたいと思うかい?」


 人種差別……。


 私は、イルカーダに出発する前の、バーベキューの光景を思い出した。

 ライオット、レムナント、シルバー、ガーネット。全員が同じコンロを囲んだときに見せた笑顔。髪の色や魔力の差なんて関係なく、誰も蔑まず傷つけない平和な時間を始めて体験し、とても幸せに感じた。

 私は人種なんて気にせず、あの時のようにみんなで一緒に暮らしたい。


「思わない。私はユーリもサミュエルもガイオンも龍人も大好きだから、みんなと一緒に暮らせるようになりたい!」

「じゃあ、答えが出たね」


 満足そうな龍人がうんうんと深くうなずく。

 ユーリを見ると声を殺してクスクス笑っているし、ガイオンもガイオンの両親もなぜか私を見て微笑んでいる。


 あれ、私、なんか丸め込まれた?

 これはきっと、まずい展開だ。


「ちょちょ、ちょっと待って。だからと言って私が王じゃなくてもいいんじゃない? ガイオンなんか最強だし適任だと思うけどな」

「俺か? いいぞ、やっても。もし俺が王になったら酒の生産量を今の100倍にしてやろう。あと、無差別格闘技大会で嫁を選ぶのもいいなぁ」


 ニシシと笑うガイオンに、私は一抹の不安がよぎった。

 この人に国をまかせたら、全員酒浸りになった上に女性が全員マッチョになってしまう。だめだこりゃ。


「それか、サミュエルは⁉」

「はぁ? やめてくれ。俺はできるだけ人前に出たくない」


 私の頭の中で、「俺になんの得があるんだ」とか言って、民の前に出ず城に引きこもるサミュエルの姿が容易に想像できた。なかなか表に出ない王に、周りの家来たちが苦労しそう。

 サミュエルもだめだ。それなら、


「龍人は⁉」

「僕ぅ? うーん。あんまり責任を負う立場にはなりたくないんだよね。まあ、でも僕が王になったら週一回国民全員から採血する法律を作れるなぁ。研究がはかどるなら、それもアリかもしれない」


 ……採血?


 私は針を刺されて痛がっていたユーリを思い出した。あんなのを週一回もするなんて、地獄の始まりでしかない。ジュダムーアの方がマシだ。

 却下。


「じゃ、じゃぁユーリは? 孤児院でみんなに頼りにされて、子どもたちもみんな言うことを聞くんだから」

「俺⁉ 俺にできるわけないだろう。そんなやったこともないのに」

「そんなこと言ったら私だってやったことないよ」


 考えたら、ユーリが一番適任ぽい。優しいし責任感も強いし、みんなをまとめる力もある。これはユーリ一択だ。


 私が納得している時だった。


「そうだねぇ、ユーリ君かぁ。ユーリ君が年齢的にも一番いいのかな? 伴侶としてシエラちゃんがお嫁さんに行くとしたら」

「そうでしょ! ユーリが一番適任……ん……伴侶? ぶえぇぇ⁉ なんでそうなるの? 私は関係ないでしょ!」


 今は誰が王になるかと言う話をしていたはず。

 なぜ私の嫁入りの話が出て来たの⁉


 突拍子もない龍人の発言に、私は身振り手振り大慌てで反論した。


「そりゃそうでしょ。エルディグタールほど差別はないとはいえ、他の国はみんなガーネットが王様なんだから。パワーバランスを測るなら奥さんはシエラちゃんじゃないと。だからその理論で言えば、ユーリ君だけじゃなく僕やサミュエルが王様でもいいんだけど。ね、サミュエル?」


 サミュエルは、「シエラが幸せならなんでもいいんじゃないか」とだけ言った。


 一人冷静に聞いていたのに、サミュエルはなぜ否定しないの⁉

 これでは、王になるか、王に嫁入りするか、私にはその選択肢しかない。私はただ、みんなで仲良く暮らしたいだけなのに……!


 私は、どうにか平穏に暮らす方法が無いか頭を悩ませる。


「あ、やばい、シエラから湯気が出てきた」

「三人がだめなら俺がもらってやってもいいぞ!」

「ガイオンはちょっとだまっててぇぇぇ」


 頭を回転させ過ぎた上に恥ずかしさが重なって、脳みそがパンクしそうだ。

 顔を真っ赤にして湯気を出す私に、見かねたガイオンの父が苦笑してから、再び顔を引き締めて話を進行させる。


「とりあえず、シエラを次期国王にするという仮定で進めていこう。で、この後の計画はあるのか?」

「もちろんありますよ。みんながイルカーダに移動している最中に、面白い発見がありましてね。くくくく……正直、一万年生きてきた中で今が一番面白い。こんなに楽しませてくれるなんて、君たちには感謝しかないよ。本当にすごい。すごいすごいすごい! 君たちは神様が僕にくれたプレゼントだ! あーっはっはっは」


 大変だ。

 龍人がまたヒートアップしてしまい、ニタニタ笑ってがに股で天を仰ぎながら叫び出した。

 私は若干引いているガイオンの両親に、「興奮すると発作を起こしてしまう病気なんです」と、簡単に説明をして安心してもらおうと試みる。

 その間に、いつも通りサミュエルがあっさり龍人を受け流して話を進めた。


「それは良かった。それで、何を発見したのか早く教えてくれないか?」


 その言葉にピタッと止まる龍人。

 そして、前を向き満面の笑みをさらに怪しく深めて言った。


「シエラちゃんがなぜこの世に生まれたのか、ついに理由が分かったんだ」

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