第82話 新種のネーミング

 相当驚いた様子のアイザックが事情を呑み込み、静かに言葉を紡いだ。


「寿命に影響する……まさか、だから私は魔石を失っても死ななかったと言うことか」

「いつの時点で塩基が変化したか分からないから確証は無いけど、アイザックより前に前例がないところを見ると可能性は大いにあるね。アイザックもシルビアも、もしかしたらシエラブルーのおかげで寿命が長くなったのかもしれない」


 私はピクッと眉毛を上げた。


 ん? 今龍人が言った私の名前、なにか変だった気がするんだけど。


「今なんて言ったの? シエラ……」

「シエラブルー。僕はこの塩基に、シエラブルーという名前を付けたんだ。ほら、シエラちゃんの髪の色みたいに、この塩基もうっすら青く見えるでしょ?」


 そう言って龍人がウインクする。


 ……そうか。まだ名前がついていないから分かりやすいようにしたのか。確かに、その方が会話するときに色々便利だもんね。

 いや、待てよ。

 新しく発見した塩基に名前を付けるって、もしかしてこの後ずっとそう呼ぶことになるの? 私が死んでから、ずっとずっと先も。


 龍人の言葉をじっくり咀嚼した私は、やっと事の重大さに気が付いた。


「えぇぇ⁉ ちょっと待って、こういうのって発見した人の名前とかを付けるんじゃないの? 恥ずかしいから龍人の名前にしてよ!」

「何言ってるの。そんな理由で名前をつけていたら、この世に存在するほとんどの物が僕の名前になっちゃうよ。ライオットもレムナントもシルバーもガーネットも、ついでに言うとジャウロンもマルベリーマッシュルームも、何もかもが龍人になってしまう。そうなったらややこしくて区別がつかないし、第一面白くない」


 そこまで言った龍人が、何かを思いついたように「あ、そうだ」と言った。


「シエラちゃんの人種の区分もシエラブルーにしよう。シエラブルーの塩基を持つシエラブルー種。ライオット、レムナント、シルバー、ガーネット、シエラブルー。いい響きだ。あぁ、こんな素晴らしい進化という名の奇跡に出会えるなんて、一万年生きてきて本当に良かった……」

「あー、こりゃシエラブルーに決まりだな」


 そう言ってユーリがいたずらっぽく笑うと、龍人が「だから長生きは辞められない」と感動の涙を流す。

 私に拒否をする権利は無いのだろうか、そう思っていると、アイザックが満足気に「シエラブルーか、良い案だ」と頷いている。


 みんな、他人事だと思ってるな。

 このままじゃ、あちこちで私の名前が呼ばれることになるかもしれないのに。


 私の頭の中で、「シエラブルー」の話が出るたびに、いちいち反応して翻弄される自分の姿が思い浮かんだ。

 これは由々しき事態だ。あとで龍人に変更してもらわないと。

 

「それにしても、なんで私がそんな風にみんなの塩基を書き換えることになっちゃったの? 遺伝子が異常だから?」


 感動に打ちひしがれている龍人がピタッと止まり、私の方を見て肩を竦めた。


「それはまだ分からないんだ。これからバーデラック君とアルゴリズムを見つけて検証していこうと思っている。例えばそうだな……」

「分かった分かった、答えはこれから見つけるってことだな。よし、頑張ってくれ天才チーム」


 説明が長くなることを悟り、サミュエルがうまく龍人を遮って話をまとめた。


「とりあえず、俺たちのDNAにはシエラブルーが存在し、寿命に影響しているかもしれないということが分かった。ただ、これは俺たちだけの秘密にしておこう。魔力によって寿命が短くなるという副反応を抑えられる、そして魔石を失っても生きながらえるのだとしたら、これが他に知れると世界中の奴らにシエラが狙われかねない」

「そうだな。それだけは絶対に避けなければ。ジュダムーアだけじゃなく、他の国も奪いに来るだろう。このことは他言無用だ」


 アイザックがサミュエルに同意すると、他のみんなもそれに頷いた。

 私は「自分の遺伝子の異常を治してもらおう」と単純に考えていたが、ジュダムーアだけじゃなく他の国も敵に回すかもしれないなんて、思っていたよりも事態は大ごとだ。

 私が深刻な顔をしていると、今まで静かだったガイオンが真剣な顔で口を開いた。


「じゃあ、早くジュダムーアを何とかしないといけないな。もしジュダムーアがシエラを手に入れたら、エルディグタールだけじゃなく他の国も手に入れようとして、世界大戦の引き金になるかもしれないぞ」

「第五次世界大戦か。あ、り、得、る、ネ……」


 そう言って顎に手を当てる龍人が、斜め上に視線を移して考え事を始めた。


 第五次世界大戦。

 龍人の話では、一万年前にも第四次世界大戦と呼ばれる大きな戦争があり、その時に人類が滅亡しかけて今に至る。

 今度は、私の存在が引き金で戦争が起きて、また人類が滅亡するかもしれない。

 そのことが恐ろしくて、私は静かに体をこわばらせた。

 すると、それに気が付いたユーリが私の肩をポンと叩いて顔を覗き込んでくる。


「大丈夫かシエラ。怖いのか? 心配するな。これからも俺がお前を守ってやるから」

「ユーリ……」


 ニッコリするユーリに続き、ガイオンが豪快に笑って言う。


「ユーリだけじゃない。俺だっているんだからな」

「それを言うなら、天才の僕のこともお忘れなく。これがゲームなら僕はダブル、いや、トリプルスーパーレアな逸材だからね。いつでも無双してあげるよ」

「ガイオン、龍人……」


 アイザックは「私とサミュエルもいるからね」と言って、サミュエルと二人で微笑んでくれた。


「みんな、どうもありがとう……」


 みんなの優しさが嬉しくて目を潤ませていると、誰かがガバッと肩を組んできた。芽衣紗だ。


「わっ」

「ちょっとちょっと、なに男子だけで盛り上がっちゃってんのよ。私とトワだってシエラちゃんが好きなんだからねー! ……っと、そういえば、トワって元気にしてるの?」


 芽衣紗に聞かれて一瞬かたまった龍人が、「元気にしてるよ」と作り笑いで答えた。


「あ! 嫌な予感。お兄ちゃん絶対トワに何かしたでしょ? 私がトワのこと大事にしてるの知ってるくせにぃぃぃ! 許せない……トワを出せ! 今すぐ出せ! ムガー!」


 怒ってホログラムの龍人をブンブン殴る芽衣紗を、サミュエルが後ろから羽交い絞めにして止めた。


「落ち着いてよ芽衣紗。龍人がトワに何かするだなんて。それを言うならジュダムーアの間違いでしょ?」

「シエラちゃん、コイツは自分の目的のためなら私の愛するトワだって手にかけちゃうような男。ジュダムーアより厄介だよ。信用しちゃだめ」

「え、そうなの?」


 半信半疑で龍人の方を見ると、知らんぷりを決め込んでいる龍人が空を仰いだ。

 うーん、怪しい。

 もしかして芽衣紗の言う通り、トワに何かしたんだろうか。


「トワ、聞こえてる? 聞こえてたら返事して!」


 芽衣紗が叫ぶようにトワに語り掛ける。

 すると、どこかからトワが返事をする声が聞こえてきた。

 しかし声の様子がおかしい。何かに反響しているように聞こえてくるのだが、トワは一体どこにいるのだろう。

 すると、テッテッテと走ってくる足音が聞こえ、龍人が慌てだした。


「あぁっ! トワ、こっちに来ちゃだめだよ」


 どうやら足音の出所はトワのようだ。

 龍人の制止が一歩遅く、ホログラムにあらわれたトワは……


「あ……頭がない⁉」

「あちゃー、見られちゃったか」

「お、お兄ちゃん……⁉」


 どうみても首から上がないトワに全員が驚き、その声がトライアングルラボに反響した。悪事がバレた龍人は、頭の上に手を乗せてペロッと舌を出す。


 なんてことだ。

 あのボディも服も確かにトワの物。どうやらトワは龍人に頭をもがれてしまったようだ。

 衝撃の姿に、トワの顔を思い出す。何かあるたびに優しく微笑んで、いつも私をフォローしてくれた。あのトワの笑顔にはもう、会えないのだろうか。


「お前、今度は何をしようとしてるんだ?」


 呆れたサミュエルが腕を組んで溜息を吐いた時、ショックでヒステリーを起こした芽衣紗が倒れた。

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