第81話 新しい仮説
あれっ。
私ってば、いつの間に寝ていたんだろう。
サミュエルが寝ていたはずのベッドの上で、なぜか私が布団にくるまって寝ていた。そして、そこにいるはずのサミュエルはいない。
どこに行っちゃったんだろう。
私は大きなあくびをしながらヒョイとベッドから飛び降り、みんながいるであろう広間へと向かう。入って行くと、私に気が付いたユーリが声をかけてきた。
「あ、シエラ起きたのかー」
「えへへ。いつの間に寝ちゃってたんだろう。遊んでたはずなのに突然記憶が……」
照れ隠しに頭をポリポリかく私は、そこで言葉を切った。
いや、切らざるを得なかったのだ。
なぜなら、そこには超カッコいい義足をつけたサミュエルが立っていたからだ。自然と目が釘付けになる。
「おぉぉぉ! サミュエル、超カッコいい!」
「……」
「そうでしょ? なんてったって、私が作ったんだから」
僅かに頬を赤らめて浮かない顔をするサミュエルの隣で、芽衣紗が得意そうに「へっへーん!」と笑った。
サミュエルが選んだのは、私のイチオシ、ロボットの義足!
……ではなく、細かい芸術的な彫刻がほどこされた鎧のような義足だった。まぁ、ロボットの方がカッコいいけど、勿論これも悪くない。
サミュエルの足元にしゃがんだユーリが、義足の側面を押して口紅を取り出して遊んでいるのが見える。
芽衣紗が言うには、この義足は様々な機能が備わっているらしい。
強い脚力、防御に優れた硬度はもちろん、生命反応の検知、トワと同じ録画機能、通信機能、それに加え敵の魔力を短時間相殺する「電磁スペクトル高周波」と言うものを出すらしい。良く分からないけど。あとは、口紅のほかにもささやかな武器が仕込めるのだとか。
そんなことを聞いたら、ますます私も欲しくなる。
「センサーが感知した脳の神経信号を電気信号に変換して、義足が動くようになってるの。だから前と同じ感覚で動けるはずなんだけど、どう?」
「動きは特に問題なさそうだが……録画と通信機能は外せないのか? 四六時中お前らとつながってると思うと、今から気が重い」
サミュエルが苦虫を噛み潰したような顔で言うと、小さな虫の羽音のような「ブン」という音と共に、ホログラムの龍人があらわれた。サミュエルのすぐ横で肩を組むようなポーズをしている。
「そぉんなに喜んでくれるなんて、とっても嬉しいなぁ。寂しくなったら一緒にいてあげるから、いつでも僕を呼んでくれて良いよ、サミュエルちゃん」
「誰が呼ぶか」
シッシッとサミュエルが追い払うと、いたずらに笑う龍人が「さて」と言って仕切り直した。
「全員揃ったことだし、もう一つのお知らせをみんなに発表しようかな。バーデラック君」
「はい」
「ガイオンに渡したチケットをスキャンすれば、僕のクラウドに飛べるようになっている。早速スキャンしてくれるかな?」
指示を受けた助手のバーデラックが、ガイオンからチケットを受け取りホログラムを操作し始めた。それを見て手を揉む龍人が、悪だくみをしているかのようにニヤリと笑う。
いつものテンションが上がってきた合図だ。
「実は、シエラちゃんのゲノムに関連して、新しい発見があったんだ」
「えっ、私のゲノム⁉」
私とユーリが驚いて顔を合わせた。
前回ゲノムについて話した時、私は他の人よりも体を作るDNAが一本多く、四重らせん構造だと言う話だった。今度は何が分かったんだろう。
トワに「異常かもしれない」と言われてから、ずっと気になっていた私の遺伝子の謎が解き明かされるのだろうか。
私は高鳴る心臓を鎮めるように、胸に手を当てて龍人の言葉を待った。
「前も言った通り、現代人の細胞には二つの核がある。体を構成する核と、魔力を生み出す核だ。まず最初に、僕とサミュエル、そしてバーデラック君の体を構成している核から取り出したDNAを見てもらおう」
「龍人とサミュエルとバーデラック? 私のじゃなくて?」
「そう。古いものと新しいもの、二種類出すからね」
バーデラックがホログラムを操作すると、前に見た時と同じ龍人の二重らせん構造、サミュエルとバーデラックの三重らせん構造が、新旧並んで目の前の空間に映し出された。
らせんを描きながら縦に伸びるDNAの線からは「塩基」と言う棒が横向きに生えている。その塩基同士が手をつなぐように結合し、縦の線同士を繋いで階段のようになっている。
「左側が前に見せた物と同じ、昔のDNA。右側がつい最近採取したDNA。何か気づいたことはあるかな?」
「うーん……縦に長くなった!」
「階段みたいのが増えた!」
私とユーリが元気よく答えると、龍人は楽しむように顔の前でバッテンを作った。
「ぶー、どっちも違う。こうした方がわかりやすいかな?」
龍人がバーデラックに合図をして、ホログラムを変形させる。
見る間にくるくる絡み合っていたDNAがほどけて、まっすぐに伸びていく。
こうして並べると、長さも同じだし、線同士を結ぶ塩基の階段の数も同じに見える。一体何が違うんだろう。
私がホログラムに近づいて唸りながら考えていると、芽衣紗が「あ!」と言って指をさした。
「塩基の種類が違うんじゃない? ほら、ここ」
「どこ? ……あ、もしかしてこれのこと?」
なんの変哲もないように見えたが、芽衣紗が指をさした部分をよくよく見ると、新しいDNAにはかすかに光るパステルブルーの塩基が存在している。何度も見比べてみたが、確かに古いDNAにはなさそうだ。
「ご名答! 田中芽衣紗に30点! その通り、外部から何の操作もしていないのに、DNAの塩基が変化していることが分かったんだ。それだけじゃない。みんなのDNAを全部並べてみよう」
「……全員、新しい塩基がある!」
私が驚きながら言うと、龍人が「はっはー!」とすっとんきょうな声を出した。そして、大げさに手を動かしながら熱弁を始める。
「そう! シエラちゃん、ユーリ君、サミュエル、アイザック、ガイオン、僕、芽衣紗、バーデラック君、シルビア、エーファン、おまけにイーヴォも。もともと人間のDNAの塩基は、アデニン、グアニン、チミン、シトシンの4種類しかなかったんだ。RNAはまた別だが……あー、今日は置いておこう。しかし、今名前を上げた全員のゲノムに新しい塩基が存在している! そして城にいる他のシルバーには存在していない。それはなぜかぁ⁉」
龍人が目を血走らせながら拳を握る。
「共通点は一つ。僕らはシエラちゃんと出会ったからだ!」
「えっ! 私⁉」
「僕はそう仮説を立てている!」
予想外の仮説にギョッとした私は、自分の鼻を指さして固まった。
そして、難しい話で眉間にシワを寄せたユーリが質問をする。
「良く分からないけど、DNAって言うのは誰かが近くにいるからって変化したりするもんなのか?」
「今まで前例が発見されていたかどうかならば、答えはノー。ただし、僕たちが知っている事なんてほんの一握りの真理でしかないからね。だから全ての事象において、発見されてないだけで前例が無かったとは言い切れない。現に、多くの個体が集まり群れで暮らす猿と、他の個体と接触が無い猿では、群れで暮らす猿の方が長生きすることが分かっている。そこには、相互作用があると考えて間違いないだろう」
「なるほどな!」
分かっているのか分かっていないのか定かではないが、ガイオンが合いの手を入れた。
もし龍人の話が本当だとして、私のせいでみんなの体がおかしくなってしまったら大問題だ。そう心配した私は、恐る恐る龍人に聞いてみる。
「……私がみんなのDNAに影響してるとして、それが何か意味があるの?」
「この世に意味のないことなど一つも無い。全てが起こるべくして起こった神の采配なんだよ。はっきりした確証はないけど、僕はこれが何に影響を及ぼしているのかすでに仮説を立てている」
「仮説? どんな仮説なのか教えて!」
焦燥にかられる私に、ピッと人差し指を立てた龍人が言った。
「寿命の延長だ」
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