第三章 魔女の奇跡
第70話 動き出す歯車
粉々に砕け散ったステンドグラスの破片、床にゴロゴロと転がる騎士、焼け焦げた国旗のタペストリー。
いつもは華々しい装飾で人々の目を楽しませている廊下が、見るも無残な瓦礫の山と化している。
シエラたちがいなくなった頃を見計らい、白衣姿の龍人が何食わぬ顔であらわれた。
「随分と派手にやりましたね、国王陛下」
ジュダムーアは龍人に見向きもせず、全身からとげとげしい殺気をにじませ地を這うような声で言った。
「忌々しい。皆殺しにしてやる」
「まあまあ、落ち着いて。殿下の咄嗟のご判断が良かったようです。ほらご覧下さい。あの一味の足が落ちていましたよ。それに、外はあちこち血も飛び散っていました。きっとやつらはかなりの深手をおっている事でしょう」
龍人が両手に抱えているのは、何か重量感のあるものを包んでいる
チラリと龍人を見たジュダムーアだったが、残念ながらそれだけではお気に召さなかったらしい。今にでもシエラたちを追って飛び出して行きそうなほど、すさまじい殺気をにじませている。
「それでは足りない。一族まとめて皆殺しにしなければボクの気が済まないよ」
その言葉を聞いた龍人は、本当に残念そうな顔をして首を小さく横に振った。
「お気持ちお察し致します。私も、今すぐに
龍人がジュダムーアの前でサッと跪き、油紙を置くと悲しそうな顔で見上げた。
「これ以上無理をなさって殿下の命に触るといけません。取るに足らないあの者たちの命よりも、陛下の命の方が私にとっては大切なのです。差し出がましい申し出とは存じますが、医者として休息をとる事をお勧め致します」
少し考えたジュダムーアだったが、何かに納得したように一つ頷いてから龍人に答えた。
「それもそうだな。では、役立たずを処理したらすぐに休息をとるとしよう」
大きな怪我で未だ床に転がっている者、何とか自力で立ち上がっている者。意識のある兵隊たちが皆一同に息を飲む。龍人は表情を動かさず視線だけを巡らせて、さりげなく周りの様子を見た。
ジュダムーアが満身創痍の騎士たちをギロリと睨む。
「使えないやつは全員、ボクに生前贈与してもらおう」
「待ってください、ジュダムーア様!」
大声で歩み出たのは、騎士たちに負けず劣らず傷だらけのガイオン。
ジュダムーアの冷たく光る赤い目がガイオンを捉えた。
「こいつらの魔石はきっとジュダムーア様の役には立ちません。こいつら全員分の魔力は、私一人の贈与で事足りるでしょう。ですから、どうか今日のところは私一人でご勘弁ください…」
「ガイオン、貴様……!」
床に手をついて「お願いします!」と頭を下げるガイオンに、幼馴染で副騎士団長イオラが驚いて声をかける。しかし、意を決したガイオンは手をあげてそれを制止した。
普段のジュダムーアは、失態のないシルバーから生前贈与を受けていない。いくらガーネットと言えど、もしシルバーが束になって反乱を起こせば、制圧にそれなりの苦労を要するからだ。しかし、シルバーの魔石はのどから手が出るほど欲しいのも事実。
ガイオンの嬉しい申し出に、ジュダムーアが放つ殺気が静まっていった。
「……ふん。良いだろう。希望の通りにしてやろう」
ジュダムーアの機嫌が良くなってきたところで、ずっと一人もじもじしていたイーヴォが口を開いた。
「あの、ジュダムーア様」
指をいじりながら話しかけるイーヴォに、ジュダムーアが視線を移す。
小さく「ひっ」と体を縮ませたイーヴォが、勇気を振り絞って話し出した。
「僕は約束通り、枯れ木のシエラを連れてきました。……逃げられちゃいましたが。ですが、約束は約束です。どうか僕の願いを聞いてくださいませんか?」
一瞬の静寂の後、ジュダムーアがやる気なさげに吐き捨てる。
「なんだ。言ってみろ」
「生前贈与を予定しているレムナントのノラですが、僕の友人なんです。もちろん、ガイオン将軍の足元にも及ばない程度の魔力しか持っていません。どうか、彼女を解放してくださらないでしょうか……」
「そうか。お前の望みならノラとやらに会わせてやろう」
けだるそうなジュダムーアが、辛うじて自力で立っている二人の騎士に合図を送った。足を引きずる騎士たちがそれに応じ、イーヴォを挟んで両サイドから先導を始める。
「ありがとうございます! ジュダムーア様!」
自分の望みが叶ったイーヴォは、嬉しさに涙をにじませ、感謝を述べた。しかし、喜びもつかの間。イーヴォの手にカチャリと
「……ジュダムーア様? ジュダムーア様⁉︎」
引きずられる様にして去って行くイーヴォの声が、だんだんと遠ざかって行った。
そして再び廊下が静寂を取り戻すと、ジュダムーアがガイオンに向き合い、魔石の贈与を促した。それを受け、跪いているガイオンが「この国が繁栄するように」と祝詞を唱える。
目の前で繰り広げられる生前贈与の様子に、イオラが悔しそうに唇を強く噛みしめた。
ガイオンの額にあった魔石がジュダムーアの額の魔石に吸い込まれるようにして消えると、王の顔に恍惚の表情が浮かぶ。
目を閉じるジュダムーアがうっとりして言った。
「さすがは騎士団長。今までのどの魔石よりも力がみなぎるのを感じるよ。ボクに魔石を贈与できるなんて、君は幸せ者だね」
「さあ、殿下はそろそろお休みになったほうが良いでしょう」
龍人の促しで、ジュダムーアが自室へと向かって行った。王がいなくなると、さらに龍人は残った騎士たちに医務室へ向かうよう指示し、廊下には龍人、ガイオン、イオラだけが残った。
「さて、ガイオン元騎士団長。短い間でしたがお勤めご苦労様でした。魔石を持たない元騎士団長はここではなぁ~んにも役に立ちません。どうぞ城以外の場所であと数カ月の余生をお楽しみください」
龍人の無礼な物言いに、イオラがカッとなって槍の柄を床に打ち付けた。
「無礼な……何様のつもりだ! 口を慎め!」
怒るイオラに、両手を上げる龍人が「まあまあ」と言って制した。
「せっかくのご退職の記念に、お祝いに僕からささやかな
龍人が白衣の胸ポケットから、一枚のチケットを取り出した。
それを不思議そうにガイオンが見つめる。
「これは……?」
「招待状です。僕はここから出られないので、ぜひお酒の好きなガイオン元将軍にと思いまして。地酒のコウフクでも好きなだけ楽しんできてください。ついでに、僕の患者さんたちにお見舞いの一つでもしてくれると嬉しいのですが」
龍人がいたずらっ子のようにニヤリと笑った。
チケットにある「ホテル リディクラス」の文字と、その横に埋め込まれた小さなチップを見て、ガイオンも同じようにニヤリと笑う。
「ああ、そういうことか……分かった。じゃあ、ついでに見舞いでもしてこよう」
チケットを受け取ったガイオンが、最後に一言残して城を去って行く。
「後を頼んだぞ、イオラ、龍人」
ガイオンがひるがえす
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