第71話 満月の日

「サミュエル……全然起きないね」


 エルディグタール城を脱出して、森の中でシルビア、エーファンと合流した私たちはトライアングルラボに戻って来た。

 合流してすぐシルビアが止血をしてくれたので、とりあえずサミュエルの命だけは助かった。しかし、それでシルビアの体調がまた悪化してしまい、今はエーファンと一緒に別室で休養を取っている。


 そして、サミュエルも一向に目を覚ます気配がない。

 まだどこか悪いのだろうか。

 真っ白なシーツがひいてある龍人の診察室のベッドで、眠り続けてもう三日。流石にもう起きても良いと思うのだが。


「起きてよー、サミュエル」


 私はベッドサイドに座り、しょんぼりしながら目を覚まさないサミュエルの頬っぺたをつついてみる。

 その頬っぺたは全然肉がついていない。食べ物に無頓着だから、きっと栄養が足りていないんだろう。つつきがいのないほっぺだ。私の肉を分けてあげたい。


「おいおい。寝てるからって遊ぶのはやめろよ、シエラ」


 ユーリがあきれ顔で後ろから声をかけてくる。

 私は回転する椅子をくるりとまわしてユーリを見上げた。


「だって、サミュエルってば死んでるみたいに静かだから心配なんだもん。いびきの一つでもかいてくれたらいいのに」

「シエラはいっつもいびきかくもんな」

「えっ! うそ! 私っていびきかいてるの⁉」

「はははっ。冗談だよ」

「冗談⁉ もー、ユーリのばかぁ」


 びっくりさせられて怒った私がぽかぽかとユーリを叩いていると、誰かが診察室に入ってきた。


「シエラさん、ユーリさん、心配なのは分かりますが、ここではお静かにお願いしますね。だいぶ無理をなさったんです。今はゆっくり休ませて差し上げましょう」


 私たちが騒いでいるのを聞きつけたのは、マッシュルームのようなヘアスタイルの女性。看護師のエマが笑顔で注意しに来た。

 どうやら龍人がエマを孤児院から呼び戻していたらしく、私たちが到着するときにはすでに色んな機械を用意して待機していた。

 あの医者は、一体どこまで先を読んでいるんだろう。こうなると分かっていたなら、こんな大怪我をする以外に方法はなかったのかと思ってしまう。


 私たちは肩をすくめて「はーい」と返事をした。そして、エマに聞こえないような小声で「ユーリのせいだ」「シエラのせいだ」と肘で小突き合っていると、そこに熊が吠えたかのような大声が聞こえてきた。


「おーいお前ら! 土産を持ってきたぞーぅ!」


 この声は……


 顔を合わせた私とユーリは、みんなが集まっている広間へと急いだ。

 やってきたのは、声だけじゃなく体も熊のように大きい大男。


「ガイオン!」


 ガイオンも先の戦いで安否を心配していた仲間の一人だ。

 それもそのはず。最後に見た時は、アイザックが放った氷の壁の中に閉じ込められて凍っている姿だったのだ。

 相変わらず元気そうな姿に安心した私とユーリは、笑顔で駆け寄り大木のような体にピョンと抱き着いた。


「ははは! お前ら大丈夫だったか? ……城では悪かったな」


 ガシガシと私とユーリの頭を撫でるガイオンが、申し訳なさそうに謝罪をした。


「ううん。ガイオンも他のシルバーの人たちが心配で、ああするしかなかったんでしょ? ちゃんと分かってるよ」

「ああ……面目ない。あいつらには若い頃から世話になっていてな。だからといってお前らに刃を向けて良い理由にはならない。本当に悪かった。なんでもするから許してくれ、この通りだ」


 そう言って、ガイオンは大きな体を折り曲げて床に手をついた。

 ガイオンはシルバーの人たちも私たちも傷つかないように、戦いの最中自らの命を断とうとしていたのだ。許すも許さないも、もともと誰も怒っていない。


「ちょちょちょ、やめてよガイオン。もういいから顔を上げて」


 私はガイオンの丸太のような腕を引っ張って起こそうとしたが、全くびくともしなかった。そこにアイザックが歩み寄り、目線を合わせるようにしゃがんだ。


「謝るなら私も同じだ。あの場から脱出するためとはいえ、氷の中に閉じ込めてしまって申し訳ない。まあ、君なら大丈夫だと思ってはいたんだが」


 ガイオンがアイザックの謝罪に驚きの表情をしたかと思うと、今度は目をキラキラさせてアイザックの両肩に手を置いた。そして、興奮を思い出しながら話し出す。


「いや、それよりもこの目で氷瀑を見ることが……いや、閉じ込められることができたんだ。伝説の鬼神をこの目に収めることができて感動したぞ! でも、魔石を生前贈与して魔力が落ちたと言っていたが、氷瀑が使えたということはまた魔石を手に入れたのか?」

「いや、それはシエラのおかげなんだ」


 首をひねるガイオンに、私の頭に大きな手をポンと置いたアイザックが説明をする。


「シエラの能力が開花したんだ。シエラは、味方の魔力を高める力があるようで、そのおかげで一時いっときだけ強力な魔法が使えるようになったんだ」

「ほぉ……そんな能力が」


 ガイオンが何かを考えるように顎に手を当てている。

 私が「ガイオンも考えることがあるんだ」なんて関心していたら、どこからか素敵な音楽が聞こえてきた。


 きれいだなぁ。一体なんの音だろう。


「あ、お兄ちゃんから電話だ」

「えっ! 龍人から⁉」


 どうやら、芽衣紗の作ったホログラム電話の着信音だったらしい。


 どんな病気も治しちゃう龍人なら、きっとサミュエルも治せるはず。じゃなきゃ、先が読める龍人のことだ。サミュエルをあんな危険な目に合わせたりしない。すぐに解決策を聞かなきゃ。


 私は期待を込めて、空中で何かを操作する芽衣紗を見守った。みんなも、近くにある椅子に座って注目する。

 バーデラックは神様でも拝むかのように胸の前で手を合わせ、目をキラキラさせている。


 芽衣紗が「オッケー」と言うと、ブンッと小さい音が鳴ってホログラムが映し出された。


「やあみんな。変わりないかい?」


 本物と瓜二つの龍人が目の前に現れた。

 龍人はいつも通り、一見穏やかな微笑みをたたえている。ホログラムにトワはいないけど、きっと私たちがお城の地下で見たように、今度はこちらの映像を映し出しているのだろう。


 早速私は一番の気がかり、サミュエルのことを聞く。


「変わり大ありだよ! ジュダムーアの攻撃がサミュエルの右足に当たっちゃったんだよ。命だけは助かったけど、全然起きる気配がないの。どうしたらいいのか教えて?」


 龍人が「ふーん」と言って腕を組み、エマを呼んだ。エマがてきぱきと現状を報告する。


「ひざから欠損した右足はシルビア様によって止血、大量出血時のガイドラインに沿って輸血と輸液を実施、ヘモグロビン量正常、水分出納すいぶんすいとうバランス問題無し、24時間モニター管理でバイタルサイン正常。ただしGCS3点、昏睡状態と判断します」

「そう……」


 エマのさっぱり分からない説明が終わると、いつもならすぐに口を開く龍人が難しい顔をして押し黙った。


 どうしたんだろう。

 エマの報告の中に、龍人でも解決できない問題があったのだろうか。


「ねえ、なにか言ってよ。これも想定内だったんでしょ? 足のせいでサミュエルが起きないんだったら、私がもう一回生やすから言って」


 何かを再生する治癒魔法はものすごく大変らしいけど、サミュエルのためならそのくらい我慢する。しかし、龍人の反応があまりよくない。

 片方の眉毛だけを上げて龍人が聞いてきた。


「それ、サミュエルは望んでいるの?」

「え?」

「こちらが良かれと思ってやったことが、本人にとってはありがた迷惑っていうこともあるからね。どんなことも、本人への説明と同意の後にするべきだと僕は思うよ。特に、彼の場合は……。手遅れになりそうなら話は別だけど、エマの報告から考えて緊急性は低い。意識が戻らない以外、特に異常はなさそうだから」


 じゃあ、私にできることは何もない。

 このまま見ているしかできないなんて……。


 こうなって初めて、サミュエルの不愛想で冷たい視線が恋しいことに気がついた私は、龍人の言葉にしゅんとしながら返答した。


「サミュエルは……治さないでくれって言ってた」

「それなら答えは決まりだね」

「じゃあ、どうしたらいいの? どこも悪くないのにずっと起きないなんて変だよ」


 再び龍人がう~んと唸った。


「そうだねぇ。最後、意識のある時のサミュエルはどんな様子だったの?」

「……泣いてた」

「え?」


 意外そうな顔をする龍人に、もう一度言った。


「サミュエル、泣いてたよ。足を治して私が死ぬくらいなら、このまま死にたいんだって言ってた」


 私の言葉を聞いた龍人は、悩むでも解決するでもなく、なぜか面白そうにケタケタ笑いだした。


「は……! はははは! へー、そうか。サミュエルが。それはいいね」


 一体何が面白いというのだろうか。

 こっちは真面目な話をしているのに。

 いつまでも起きてこないサミュエルが心配で、とても笑える気分じゃない。


「何が……もー、ふざけるのもいい加減にして!」

「いや、ごめんごめん。きっと、今回のことがサミュエルの開けてはならない扉を開けてしまったんだね。ってことは、あと少しかな」

「……? どういうことか説明してよ」


 独り言のようにブツブツ呟いている龍人に、サミュエルを心配する私がイライラし始めると、今度は何の説明もなく予想外の提案をしてきた。


「ちょうどいいから、シエラちゃんには生命の樹まで行ってもらおうか」

「へっ? 生命の樹⁉」


 龍人の提案に、黙って聞いていたユーリも驚きの声をあげる。

 生命の樹は、ついこの間まで私が生まれたとされていた大きな木のことだ。その木がどうしたんだろう。


「私が生命の樹まで行ってサミュエルが起きるならすぐにでも行ってくるけど、行って何があるの?」

「ふふふん。今日はね、満月なんだよ。満月って言うことは?」


 龍人がピッと人差し指を立てた。


 満月?

 色々ありすぎて気がつかなかったけど、今日は満月なのか。

 でもそれが何か…


 あっと息を飲んだ私とユーリの声がそろった。


「生命の樹が葉っぱを茂らせる日!」

「生命の樹が葉っぱを茂らせる日だ!」

「ご名答」


 満足そうな龍人がやんわり微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る