第69話 決着

 ジュダムーアの杖が赤く光り、足元のサミュエルを狙った。


「いやぁぁぁぁ!」


 深海にいるかのような重圧がのしかかり、指先一つ動かない。

 悲痛な叫び声を上げるが、眉毛一つ動かさないジュダムーアは少しも躊躇ちゅうちょせず赤い光を放った。


 ジュダムーアの攻撃がサミュエルの眉間を直撃する瞬間。

 フッと私の体が重圧から解き放たれて、なぜかジュダムーアの光も消えた。

 私とサミュエルが驚きで目を合わせる。


「なんだ……?」


 機嫌を損ねたジュダムーアが杖を見て目を細めたが、私はそれを確認することができなかった。

 急に私の体が宙に浮いたのだ。


「うわぁっ!」


 誰かに抱きかかえられ、一瞬だけ無重力状態になった私はびっくりしてその胸にしがみついた。胸に顔を寄せると、いつも側で感じていた匂いに包まれ、私を抱えている人の正体を知る。

 ユーリが来てくれた。


 ユーリに抱かれた私は、そのまま飛ぶような速さで柱の裏に隠れた。隠れる途中で横目に見えたのは、仁王立ちで手を前にかざすバーデラックの姿。

 そうか、バーデラックがジュダムーアの力を吸い取ったんだ。


「ユーリ!」

「大丈夫かシエラ。怪我してないか?」


 私の体を気遣うユーリが、心配そうな顔で頭の先からつま先までくまなくチェックした。しかし、心配するユーリの方があちこち擦りむいたり血が滲んでいる。

 私はユーリの頬にそっと手を添えて、即座に擦り傷を治した。


「なに言ってるの。ユーリの方が怪我してるじゃん」

「こんなの、痛くもかゆくもないよ。それよりここをなんとか切り抜けないと」


 私はユーリにうなづき、ジュダムーアがいる廊下に視線を戻す。すると、廊下の中央でバーデラックを挟むようにサミュエルとアイザックが並んで剣を構えていた。


 ジュダムーアは、王になってから今まで誰にも逆らわれたことがない。

 なにより、魔力の強さによる人種間の差別が大きいエルディグタールにおいて、ライオット、レムナント、シルバーという格下の人間が自分に歯向かうことなどあってはならないことだ。

 この屈辱に、ずっと死んだような目をしていたジュダムーアが、初めて顔をぐしゃっと歪めた。唇の隙間から、怒りで噛み締めた歯がのぞく。


「バーデラック。貴様、殺さないでやったのに、ボクに逆らおうというのか」


 ジュダムーアに睨まれたバーデラックが、冷や汗を流しながら睨み返す。


「ほほほっ、私の価値がわからない王など、こちらから願い下げです!」


 怒りに満ちたジュダムーアが、背後に控える兵に命令した。


「ガイオン、イオラ。こいつらを皆殺しにしろ!」

「はっ!」

 

 返事をしたのは、金色の髪をあごの長さで切りそろえ、大きな目と吊り上がった眉毛が意志の強さを表す甲冑の女性。イオラと呼ばれた彼女が、体よりも大きな槍を構えて前に進み出た。

 それにならい、ためらいがちに剣を構えて前に進み出たのは、イオラと同じ甲冑を身につけたガイオン。


 二人のヘッドドレスの中央に、琥珀色こはくいろの魔石が輝いている。人から見える場所に魔石を飾るイオラは、ガイオンと同程度の力を持っていると理解して間違いないだろう。


 臙脂色えんじいろのマントをはためかせるイオラが、サミュエルとバーデラックに向かって走り出した。イオラに続いて、ためらいが見え隠れするガイオンもアイザックに攻撃を仕掛ける。

 剣を構えるアイザックにガイオンの剣が振り下ろされ、二人の繰り出した衝撃で空気がビリビリと振動した。鼓膜が破れそうだ。とっさに私とユーリが耳を押さえる。 


 よりにもよって、ガイオンとここで戦うことになるなんて……。

 

 私が柱の影から様子を伺うと、全員が間髪入れずに激しい攻防を繰り返している。そんな戦いの最中さなか、かろうじてガイオンから聞こえてきた言葉に私は耳を疑った。

 

 ————頼む。俺を殺してくれ。


 それを聞いたアイザックが、悔しそうな表情のガイオンと剣を合わせたまま目を細めた。


 ガイオンは武力を最も重んじるイルカーダの出身。戦いもせず、自ら死を望むわけがない。

 ダイバーシティで会った時、ガイオンはシルバー街の住人のことをとても大切に思っていた。きっと、自分がジュダムーアの怒りを買うことで、力の弱いシルバーに怒りの矛先が向くのを恐れているのだろう。

 敵意の無いもの同士の争いに、私の胸で悲しみが溢れた。


「その必要はない」


 そう言うと、アイザックが私を見て合図した。

 意味をすぐに理解した私は、力強くうなづいてステッキを構え、柱の影から飛び出した。


「アマテラス!」


 私の杖から味方に力を与える光があふれ出て、視界を白く染めていった。

 それと同時に、サミュエルが繰り出す劫火の波が敵を襲い、アイザックの氷が敵を飲み込みながら壁を作っていく。


 敵の攻撃を食い止めたわずかな隙に、サミュエルが指笛を吹いた。それを合図に大きな三羽の鳥が天井の穴から舞い降りて、その一羽にサミュエルと私がまたがった。それと同じように、バーデラックとユーリ、そしてアイザックが鳥に乗った。


「よし、飛べ!」


 サミュエルの掛け声で、二羽の鳥がビュンと飛び立った。

 みんなが飛び立ったのを確認し、私たちも後を追って空へと飛び立つ。

 アイザックの氷の壁が砕かれたときには、私たちはすでにエルディグタール城の上空にいた。今しがた戦闘が繰り広げられていた廊下から、グングン離れていく。


「ひぃぃ、死ぬかと思ったよぉ!」


 これでもう安心。

 ほっと息をつこうとした時、ゴオッと空気を切り裂く音と共に大砲のような赤い閃光が私たちを追って飛んできた。ジュダムーアの攻撃だ。


「危ない!」


 先に気が付いた私はステッキを向けて青い閃光を飛ばす。しかし、今までと違って思うような力が出せなかった。


 ……魔力が、足りない!


 全身の魔力を捕まえようと意識するが、体の中を巡っている熱がわずかしかない。それでも思いっきり魔力を飛ばそうと力をこめると、ミシミシという嫌な音が聞こえてきた。

 ステッキにひびが入っている。

 そしてパリンと割れ、魔力を増幅する術を無くした私は小さな閃光すら出せなくなってしまった。


 後ろからは赤い閃光が迫り、私たちを飲み込もうとしている。

 他のみんなも魔力を飛ばすが、ガイオンとイオラの戦闘で力を使い果たしたようで、閃光を打ち消すほどには至らない。それでも多少は効果があったのか、僅かに勢いが衰えた。そして、鳥がひらりと身をひるがえし、閃光をかわすことができた。


 鼻先をギリギリにかすめて飛び去っていくジュダムーアの攻撃を見送り、やっと生きた心地を取り戻す。危険が去ると、全身から一気にブワッと汗が飛び出した。


「うわぁ、危なかった……」


 呼吸を忘れていた私がやっとゼーゼーと息を始めると、隣の鳥に乗っているユーリが額の汗をぬぐいながら言った。


「今度こそ死ぬかと思った……でも、なんとか逃げ出せたな!」

「私は腕がちぎれるかと思いましたよ……」


 ユーリの後ろに乗っているバーデラックが右腕をプルプルと振っている。

 思えば、バーデラックがジュダムーアの力を吸収してくれなかったら、サミュエルが殺されていた上に、こうしてうまく逃げれなかったかもしれない。最初は「味方になるなんて」って否定的に思っていたけど、一緒に戦ってくれてとても助かった。

 そう思った私は、バーデラックを見て声をかけた。


「あ、の……バーデラック。どうもありがとう」

「はい?」


 バーデラックが驚いた顔をした。


「バーデラックがいなかったらサミュエルが危なかったし、こうしてうまく脱出できたのはあなたのおかげ。だから、どうもありがとう!」


 私に感謝されたバーデラックが、目を丸くして頬を赤く染めた。

 アイザックがそれを見てほほ笑んでいる。


「ほ、ほほほ! あなたに礼を言われるなんて、なんだかおかしいですね。まあ、私が協力すればこんなもんですよ」


 得意げに胸を張りながらバーデラックが笑う。


「ははっ! ついさっき、サミュエルに殺されたらどうしようって、心配してたのに、急に元気になったな」

「えーっ! そうなの?」


 ユーリの告げ口に、耳を赤くしてバーデラックがあたふたする。


「そっ、それ以上言わないでくださいよ、ユーリさん! 内緒です!」

「なにを内緒にするの?」

「実はな、さっき小声でバーデラックがサミュエルと戦っ……」

「あぁぁっ! やめてください!」


 バーデラックとユーリのやりとりが面白くて、私は笑いながらサミュエルを振り返った。


「あははっ、面白いねサミュエル。バーデラックがこんな人だったなんて……」


 見上げると、青白い顔をしているサミュエルが苦しそうな顔で額に大粒の汗をかいている。


「サミュエル?」


 異変を感じた私は、サミュエルをよく見て目を疑った。

 サミュエルの右足がない。


「サミュエル、足が……!」


 先ほど、ジュダムーアの攻撃を間一髪でけたと思っていたが、私が気が付いていなかっただけでサミュエルの足に当たっていたようだ。

 失った膝から止めどなく流れ続ける血。それに気が付いた私がすぐさまサミュエルの足を治そうと手を伸ばす。

 しかし、サミュエルに手首を強く握られて止められてしまった。


「やめろ……」

「何を言ってるの? だって、このままじゃサミュエル死んじゃうよ!」


 焦る私はサミュエルの手を振り払おうとするが、さらに強く手首を握られた。

 そして、苦痛に耐えるサミュエルが懇願するように私に言う。


「頼むから、やめてくれ……」

「サミュエル……?」


 心配で涙を浮かべる私がサミュエルの顔を見ると、滅多に感情を見せないサミュエルの目が涙で滲んでいることに気が付いた。


「お前ももう魔力が残っていないだろう。それを俺のために使わせてお前を失うくらいなら、俺はこのまま死にたい」


 目を伏せたサミュエルの頬を、一粒の涙が伝い落ちた。

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