第61話 エルディグタール城

 私たちは、森に隠した荷馬車からエルディグタール城の様子を伺っていた。


「あっ、ガイオンだ!」

「よし、ジュダムーアと一緒だな」


 私の頭の上で、サミュエルが言った。

 これから予定通り、シルビア、龍人、ノラの救出作戦を決行する。


 科学者の芽衣紗は、「足手まといになるから」と言ってトライアングルラボに残る事を希望した。なので、私、ユーリ、サミュエル、トワ、アイザック、イーヴォの六人で作戦を決行することになった。


 たった今、ジュダムーアがガイオンと副騎士団長をお供に出発したので、いよいよ行動開始だ。

 ジュダムーアがすっかり見えなくなると、私たちはエルディグタール城に向けて荷馬車を出発させた。


「わわっ、めちゃくちゃおっきい……」

「こら、シエラ。あんまり外に顔を出すな。怪しまれたらどうするんだよ」


 馬の足音を聞きながら、荷馬車を覆っている布の隙間から外をのぞくと、橋の向こうに山のように大きなお城が見えてきた。何棟もある石造りの建物の上に、とんがり帽子のような屋根が沢山乗っかっている。

 次に目に入ったのは門の両側に掲げられている大きな旗。羽を広げたドラゴンの紋章が描かれている。


「ちょっとちょっとユーリ、見てよあの旗! カッコいいドラゴンが描いてある」

「まったく、遠足に来たんじゃないんだぞって……ほんとだ! かっこいい!」

「でしょでしょ⁉」


 始めて見るエルディグタール城に興奮している私とユーリに、あきれ顔のサミュエルがため息を吐いて注意した。


「お前らの辞書に緊張感の文字はないのか。興奮しすぎだ」

「いてっ」


 外を覗いていると、サミュエルのげんこつが二人の頭に降り注いだ。

 突然の衝撃に頭を押さえて首をひっこめると、トワが優しく撫でて慰めてくれ、その様子を見てアイザックが苦笑した。


「ははは。緊張しすぎて何も見えないよりはいいだろう。あの紋章はね、ジャウロンの成体がモデルなんだよ。世界で一番強い生き物だから、世界で一番魔力のあるエルディグタールの紋章になっているんだ」

「えっ、ジャウロンってあんな形をしてるの? 大きなトカゲみたいな感じだと思ってた」


 小さい頃から、ジャウロンは全身が硬いうろこに覆われている体長五メートルくらいのトカゲだと聞かされていた。羽が生えているなんて初耳だ。


「それはジャウロンの幼体だよ。成体になると仕留めるのにかなり苦労するから、ほとんどのジャウロンは幼体のうちに狩ってしまうんだ」

「へぇー、そうなんだ。こんなにかっこよくなるのに、大人になる前に狩っちゃうなんてもったいないな」

「おい、本当にそろそろ静かにしろ。門番に気づかれるぞ」


 サミュエルの叱責に、私とユーリが「はい」と言って口をつぐむ。

 私が本物のジャウロンの成体を見てみたいなんて思っていると、荷馬車が門のすぐそこまで進んでいた。


 お城への入り口はここしかないので、門を無事に通り抜けることが一番最初の問題だ。怪しまれずに奴隷として中に入り込めれば潜入成功。逆に、もしここで騒動を起こせば計画終了だ。


 私は口にチャックをして静かに身を潜め、このまま何事もなく中に入れるよう心の中で祈る。

 するとすぐに、外から門番の声が聞こえてきた。


「ご苦労、デルマーダ。しばらく姿を見なかったな。何かあったのか?」

「恐れ入ります。ちょいと家畜の仕入れに手間取ってやして。でも、久しぶりに生きの良い家畜が手に入ったんで、お届けに来たんでさぁ。へへっ」


 門番の問いに、以前孤児院を襲った盗賊団の団長、デルマーダの下品な声が聞こえてきた。

 しかしこれはデルマーダではなく、デルマーダに扮したイーヴォの声。今まで色々な人に扮して生き延びてきたイーヴォは、どんな人間にも上手になりすませる。きっと、こうやってあちこち渡り歩いてきたのだろう。


 私がカメレオンのようなイーヴォに関心していると、カツンカツンという門番の足音が、徐々に荷馬車に向かってくる気配を感じた。


「そうか、お前も苦労するな。では、中を確認させてもらおう」

「い、いつも確認なんてしてましたっけ?」

「一応、念のためだ」


 門番の声に私の心臓がドキッと跳ねた。


 ……ちょっと待ってよ。


 私は馬車の中を見渡す。

 良く考えたら、トワ以外みんな奴隷に見えない。

 ユーリもサミュエルも、奴隷にしては体が出来上がっていて体格が良すぎる。

 特に、アイザックなんて引退したとはいえ元騎士団長。滲み出てしまう立ち振る舞いや雰囲気はすぐには変えられない。凛として座ってる姿が普通のおじさんとは全く違う。


 それに加えて、アイザックと私の髪は明らかにシルバーの色。

 こんなに強そうで、しかも色んな人種が一緒だなんて、普通の奴隷ではあり得ない。


 どうしよう……もし侵入しようとしてることがバレたら、本当に奴隷にされちゃうかも。


 さっきまで余裕だったのに、突然危機を自覚した私が内心焦っていると、隣にいるユーリがそれに気が付いて手を握ってくれた。

 心なしか、ユーリも緊張した顔をしている。


 もうここまできたら、なるようになるしかない!


 私が腹をくくってきつく目を閉じると、門番の足音が荷馬車の後ろに回り、私たちを覆っている布に手がかかった。

 しかし、門番が私たちを見るより早く、おもむろにサミュエルが立ち上がって外に顔を出した。打ち合わせにない行動に、私とユーリがびっくりして息を飲む。


 ……サミュエルなにしてるの⁉︎


 外にいる門番が、サミュエルの姿を見て驚きの声をあげた。


「イ、イーヴォじゃないか。お前も乗っていたのか」

「ああ。遅くなったが、ジュダムーア様にお届け物だ。さっさと通してくれ」

「本当に遅いじゃないか。お前が帰ってこなくて色々大変だったんだぞ」


 どうやら門番は、サミュエルをイーヴォだとかん違いしてくれたようだ。

 息を殺す私とユーリが目だけで会話をしていると、門番の恨み節が続いた。


「はぁ……。でもこれで、ジュダムーア様も穏やかになってくれるだろう。今はボルカンに行っていて不在だが、明日には帰ってくるはずだ。それまで面会の準備でもしていてくれ」


 門番はあからさまに安堵のため息を吐き、デルマーダに「通れ」と指示をしてそのまま荷馬車を通してくれた。

 再びパカパカ聞こえてきたひづめの音に、安心した私はぐったりとユーリにもたれかかった。


「もー、サミュエル。何をするのかと思ってヒヤヒヤしたよぉ!」

「た……助かったぁ」


 涙目の私が小声で抗議すると、肩をすくめるサミュエルが事も無げに答えた。


「どうやら、誰かのおかげで俺の顔は割れてるらしいからな。それを聞いたときは殺してやろうかと思ったが、役に立つこともあるもんだな」

「うふふ! イーヴォ君、殺されなくて良かったわね」


 今回も遠足に行く子どものようなトワが笑っていると、中の会話が聞こえていたらしくデルマーダの声が聞こえてきた。


「もー、だからそれはごめんって。僕もバーデラックが嫌いで、あの時一番悔しがりそうなことを考えたら、適役がサミュエルしかいなかったんだよ。敵の敵は味方でしょ? 過ぎたことは水に流そうよ」

「それはお前が言うことじゃないだろ」


 イーヴォの言葉にサミュエルが目を細め、「過ぎたこと」という言葉にアイザックが体を小さくした時、蹄の音がやんで荷馬車が止まった。

 どうやら目的地に到着したようだ。


 すぐにデルマーダのイーヴォが「よいしょっ」と荷台の布をめくった。

 荷馬車がたどり着いたのは、日中なのに陽があたらないじめじめした場所。そして、目に飛び込んできたのは、豪華な表の門とは違い苔むした小さな木の扉だった。


「さあ、ここがライオットとレムナントの搬入口。誰かに見られる前に入って。ま、こんなところ誰も来ないんだけどさ」

 

 イーヴォに促されてピョンと荷台を降りた私は、小さな扉の前に立ちすくんだ。次に踏み出そうとする一歩が鉛のように重く感じ、なかなか足が出ない。


 この先に、私の産みの母がいる。

 上手く母を助け出せるだろうか。

 シルビアって言う人はどんな人なんだろうか。


 ……私を、受け入れてくれるんだろうか。


 私がうつむいていると、涼しい顔のサミュエルが私の頭をコツンとつついた。

 ハッとして横を見ると、ユーリが力強い笑顔を向けてくれていた。

 反対側には、いつも通りニコニコしているトワがいて、私の背中にアイザックの大きな手がそっと添えられた。


「みんな……」


 期待と不安で高鳴る胸を鎮めるように、私は胸のネックレスを握った。


「よし、行こう!」


 みんなのおかげで冷静になれた私は、気持ちを持ち直して一歩を踏み出した。

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