第62話 侵入した先に

 ギギーッと蝶番ちょうつがいをきしませながら扉を開けると、中は薄暗い石造りの廊下だった。壁にあるわずかな灯花のあかりに照らされて、かろうじて足元が見えるくらいの視野しかない。五メートル離れたら相手の顔も見えなくなる。


 そんな狭くて暗い廊下へ、元の姿に戻ったイーヴォを先頭にして足を踏み入れる。すると、地下独特のかびの匂いとひんやりした空気が鼻に入ってきた。

 急な温度の変化と不気味な雰囲気に、身震いしながらイーヴォの後を追って廊下を進む。


「この辺は、城の下働きをしているライオットとレムナントが住む居住区域だから、滅多なことがない限りシルバーもガーネットも来ない。下働きは、シルバーやガーネットに口をきくことも許されてないから、ここは気楽に歩いてても大丈夫だよ。今はみんな働きに出てて、人も少ないしね」


 イーヴォが場に合わない明るい声で言った。


「ここが居住区域?」


 こんな暗くて寒くてジメジメしたところ、とても人が住める場所には思えない。

 一体ここにいるライオットとレムナントはどんな扱いを受けているんだろう。


 私は信じられない思いであたりを見回す。

 廊下を通り過ぎても環境は変わらず、寒くてジメジメした石造りの部屋が続く。

 部屋の中には、ボロボロだがテーブルや椅子が置いてあり、一応生活感はあるようだ。


 私が同情する気持ちでキョロキョロしていると、ちらりと見えた部屋の中に、白い服を着ている人物が見えた。

 見た事のある後ろ姿に、立ち止まって二度見する。


 ……あの白衣は。


「え⁉ あれ、龍人じゃない?」

「龍人だって?」


 私が足を止めて指をさすと、みんなもその方向に注目した。

 声に気が付いた白衣の人が、ふんわりと優雅に振り返って私たちを見る。


「おや、シエラちゃん。おめでとう、無事に潜入できたみたいだね」


 元気そうな龍人が笑顔で話しかけてきた。

 お城の中を探し回らなきゃいけないと思ってたが、意外とすぐ見つかり拍子抜けする。


「おめでとうって……龍人はここで何をしてるの?」

「ああ、僕の本業は医者だからね。具合が悪い人の診察にきたのさ。こんなところに住んでたら具合も悪くなるよ。ま、ほとんどの患者さんは栄養失調が原因みたいだけど」


 龍人が手のひらを上にして肩を竦めた。

 いつもと変わらない様子の龍人に緊張感を緩めた私は、何の気なしに部屋に近寄って扉から中を覗いてみる。するともう一人、龍人の隣に見覚えのある銀髪の男がいた。

 盗賊団のアジトで戦っていたサミュエルの姿が頭をよぎる。

 こいつは……


「バーデラック⁉」

「なんだと⁉」


 確かこいつは、相手の魔力を吸収してしまう厄介な敵だったはず。そいつにいきなり潜入がバレてしまった。


 恐怖を感じた私が一歩後ずさると、武器を構えたユーリとサミュエルが一瞬で前に出た。殺気とともに、ユーリの双剣とサミュエルの剣から淡い光が放たれる。

 それと同時に、トワが私を抱きかかえて大きく後ろに飛び、バーデラックから距離を取った。


 焦る私たちを見て驚いた龍人が、弾む声で嬉しそうに話し出す。


「おぉ! ユーリ君、なかなかいい武器じゃないか! 芽衣紗もいい仕事をしたね。オレンジ色の双剣、すごく似合ってるよ」


 龍人が満足げにうなずく。


 武器のことなんて今はどうでもいい。

 トワが持ち帰った映像を見て、龍人もバーデラックの存在は知ってるはず。なのに、なぜこんな呑気に話していられるんだろう。

 剣を構えるサミュエルがすかさず声をかけた。


「なんでバーデラックと一緒にいるんだ……そいつは敵だぞ」

「バーデラック君かい? 彼は僕の助手になったから気にしないで。もう悪いことはしないよ」

「……え? 助手?」


 私は龍人の言っている意味が分からず呆気に取られた。

 警戒したままのユーリとサミュエルが目を合わせる。バーデラックに視線を移すと、こちらに攻撃を仕掛けてくる様子はなく、部屋の片隅に行儀よく立っている。盗賊のアジトで会った時の獰猛さは感じられない。


「どういうことだ。こいつは最初にシエラをさらおうとした張本人だぞ」

「まあまあ。人間一度や二度の過ちは仕方がない。そのたびに喧嘩してたら人類なんてまた滅亡しちゃうよ。過去の失敗から学ぶために歴史があるんだ。相手を許すことで自分も許される。そうだろ? それより芽衣紗は来てないの?」


 イライラしているサミュエルの言葉を受け流し、龍人が芽衣紗の姿を探した。疑問だらけの私たちには目もくれない。

 キョロキョロしている龍人に、トワが「芽衣紗様は来ておりません」と答えた。すると、それを聞いた龍人が晴天の霹靂の如く驚き、手で目を覆って嘆きだした。


「なんだって……嫌な予感しかしない。こんな冒険にあいつが来てないなんて。絶対アレだ。なんてことだ!」

「一体どうしたの? なにか悪いことでもおきるの?」


 龍人は「ジーザス」と言って自分の膝を何度も叩いた。

 いつもひょうひょうとしている龍人がこんなに嘆くなんて、芽衣紗はなにをしようとしているんだろう。

 私の質問に答えず、すごく悲しそうな龍人が涙目で訴えた。


「もう、最悪。僕は絶対嫌だって言ったんだ。あんなものがあったら難易度が一気に下がっちゃうじゃないか」

「だから、一体なにが……」

「聞いてるんだろ、芽衣紗!」


 龍人の嘆きが地下にこだますると、私たちの目の前に芽衣紗のホログラムが映し出された。

 満面の笑みの芽衣紗が、両手を高く上げて登場のポーズをとる。


「じゃっじゃじゃーん! 芽衣紗様参上ー!」


 トワの目から突然映し出された芽衣紗に、私とユーリが驚いて腰を抜かしかけた。

 私たちの様子を見て、芽衣紗が「イシシ」といたずらっぽく笑っている。


「うわっ! 芽衣紗⁉」

「へへへっ。驚いた? 実はお兄ちゃんがいない間に、小型基地局を作っちゃいましたぁ! ……正確にはずっと昔に作ってたんだけど……ゴホン。今までダメだって言われてたから作ってなかったんだけど、勝利の女神、芽衣紗様が満を辞して通信手段を完成させたのです!」


 芽衣紗が偉そうに腰に手を当てて胸をはった。

 ホログラムを映し出して目を光らせているトワが、パチパチと拍手を送る。その横で、龍人が「せっかく久しぶりの無理ゲーだったのに」と言って泣き始めた。


「通信……手段?」

「俺のシジミみたいなもんだろ」


 話を理解できない私が頭をひねっていると、サミュエルが教えてくれた。

 しかし、その説明では納得できなかったらしい芽衣紗がすぐに訂正する。


「ノンノンノン。似て非なる物かな。これはリアルタイムで通信できるだけじゃなく、クラウド機能も備えてあるのです」


 その言葉を聞いた龍人の眉毛がピクリと動いた。


「ほう。つまり、ラボにあるデータと今僕が持っているデータを……」

「共有できます」


 得意げな芽衣紗に、肩を落として泣いていた龍人が、突然スクッと立ち上がってガッツポーズをした。


「面白い。それなら百歩譲って良しとしようじゃないか。こうなったら、むしろ利用してやる。しばらくここでの生活も楽しめそうだ」

「え、ここでの生活って……私たち助けに来たんだけど、龍人帰らないの?」

「おい、まさか残るって言うんじゃないだろうな」

「は⁉ こんなところに残るなんて、危なすぎるだろ」


 私たちは口々に心配の声をあげるが、ギラギラ目を輝かせる龍人は全く聞く耳を持たない。サミュエルは「だからコイツらとは関わりたくないんだ」と言ってむくれている。


「まあまあ、僕がいなくて心細いんでしょ? でも心配しないで。僕の後継者はバーデラック君に任せるから、これからは僕だと思って仲良くしてあげてよ。あ、トワは僕がもらうね」

「えっ?」


 寝耳に水のバーデラックが、驚きの顔で龍人を見た。


「……へっ⁉ バーデラックが後継者?」


 ちょっと前まで、私たちを殺そうとしてたよね。

 まさか、これからバーデラックと一緒に行動することになるの?


 龍人の言葉に驚愕する私たちは、信じられない思いで青ざめているバーデラックを見た。

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