第56話 一度きりの告白

 興奮している芽衣紗とトワは、呆気に取られている私が目に入っていないかのように、大喜びで手を叩いている。

 しかし、喜んでいる場合ではない。みんな無事だったから良かったものの、一歩間違えば大怪我するところだったのだ。

 私は自分のしたことが恐ろしくなり、罪悪感とともにジワッと涙が込み上げてきた。


「ごめんなさい。私、なにをしたのか自分でも分からなくて……。みんなを危険にさらしちゃった」


 しょんぼりとうなだれ、光を無くしたステッキを見つめていると、アイザックが私の前にひざまずいて柔らかい笑顔を向けてきた。


「突然のことでシエラも驚いたんだろう? そんな顔をしなくてもいい。全員の魔力を上げるなんてすごい力じゃないか。さすがはシルビアの娘だ。ほら、元気を出して顔をあげて」


 アイザックの優しい言葉に、顔を上げた私の目からポロリと涙がこぼれ落ちた。

 それを見たユーリが苦笑しながら歩み寄り、私の頭をガシガシ撫でる。


「全く、シエラはほんと百面相ひゃくめんそうだなぁ。お前のおっちょこちょいなんていつものことじゃないか」

「その通りだ。それより、今の力がお前の特殊能力なのかもしれない。もしそうだとしたら、俺たちにとって強力な武器になる。発現の条件を確認した方が良い。いつまでもしょげてないでもう一回やってみろ」


 私はサミュエルに促され、鼻水をすすってからもう一度「えいっ」とステッキを振ってみた。

 しかし、先ほどと打って変わって、魔力が動く気配を感じない。続けて何度もブンブン振ってみるが、再び光が出てくることは無かった。


「あれぇ、なんでだろう」


 首を傾げる私に、腕を組んで見ているサミュエルが冷たく言い放った。


「意識が分散しているんだろう。遊んでないで真面目にやれ」

「そんなこと言ったって、さっきは無意識だったんだもん。何に集中したらいいかなんてわかんないよ」


 これでも一生懸命やってるのに、どうやらサミュエルは私がふざけていると思っているらしい。私だって、みんなの役に立てるものなら立ちたいのに。


 アイザックと違って優しさのかけらも感じない口ぶりに、私はムーッと頬を膨らませた。すると、トワもムーッと頬を膨らませて怒った。


「サミュエル、もうちょっと優しく言ってあげてちょうだい。シエラちゃんだって一生懸命やってるでしょう。あなたはそういう所がダメなのよ。ダメッ!」


 トワの言葉を聞いた芽衣紗とアイザックも、うんうんと大きく頷いている。

 すると、トワに指をさされたサミュエルが、ちょっとムッとしてため息を吐いた。


「ったく。うるさいな。……もし無意識だったんなら、いつも考えてることでも思い出してやってみろ」


 いつも考えてること?

 いつも考えてることと言ったら……


「ジャウロン! マルベリーマッシュルーム! かっこいいヒーロー!」


 思いついたことを次々に言葉にしながらステッキを振ってみるが、やはりうんともすんとも言わない。

 一体何が違うのだろうか。この他にいつも考えてることと言ったら……。


 光が出る条件が分からず、サミュエルに冷くされた私はやけくそ気味にステッキを振り回した。


「えいえいっ! もー、なんで出てこないの⁉ ジャウロンジャウロン! クロムオレンジィィィィ!」


 諦め気味にステッキを振り回していると、ポゥッと小さい光が飛び出した。


「あ、出た!」


 見守っているみんなが驚いてヒュッと息を飲む中、私がもう一度「クロムオレンジ」と呟くと、再び小さな光がポウッと出てきて宙を漂った。


 どうやらこれがキーワードのようだ。

 とりあえず光が出てきたのは良いが、それにしてもなぜクロムオレンジなんだろう。


 他の言葉も試してみたが、やはり光はクロムオレンジにしか反応しないようだ。

 闇雲に言葉を探してる私を黙って見ていたサミュエルが、何かに気が付いたのかハッとした顔をして私の前に来た。そして、目線が合うように跪く。


 今度は一体どんな辛辣しんらつな言葉をかけてくるのだろうか。私は「ちゃんと一生懸命やってるよ」と言って、ドキドキしながらサミュエルの言葉を待った。


「いいか、一度しか言わないからよく聞けよ。俺がお前を孤児院長のユリミエラに預けたのは……」


 そう言って、ゴホンと一度咳払いをしてから真剣な顔をした。


 私を孤児院に預けた理由?

 それが今なんの関係があるのだろうか。


 サミュエルの意図が分からないまま、私は成り行きに任せて耳を傾けた。


「産まれたばかりのお前を見た時に、俺には手に入らない幸せな生活を送って欲しいと思ったからだ。俺はお前のことを、両親を殺したアイザックの子どもだと思っていたし、お前を恨むことはあっても幸せにしてやる自信は無かった。だから、唯一信頼のおけるユリミエラに預けたんだ」


 何かを思い出すように少しうつむいて目を閉じたサミュエルが、寂しそうに笑った。


「お前はきちんと、ユリミエラやユーリのおかげで幸せに育ったんだろう。どんな困難があってもこうして強く前を向けるのは、きちんと愛情を受けてきた証拠だ」

「サミュエル……」


 突然の告白に一瞬頭が真っ白になったが、サミュエルの言葉を聞いて、すぐにお母さんやユーリ、孤児院の子どもたちの顔が次々と浮かんできた。


 お母さんが髪の毛を結ってくれる時の優しい手、村人の意地悪から守ってくれるユーリの頼もしい背中、私の話を楽しそうに聞いてくれる子どもたちの笑顔、みんなでワイワイ囲む暖かい食卓。

 十三年間、私をはぐくんでくれた沢山の愛情が心に蘇る。


 そして、私はサミュエルの言葉にトワが見せたサミュエルのホログラムを思い出した。山小屋で一人、私のお母さんが焼いたパンをちぎって食べていた姿。

 私が愛情を注いでもらっている間、サミュエルはどうしていたんだろう。

 両親を失ってから、両親との思い出が詰まっている山小屋に一人で暮らしていたのだろうか。


 今私の目の前で寂しそうに笑う姿に、ずっと心の奥に隠していたのであろう孤独感と、私に対する彼なりの優しさがひしひしと伝わってきた。

 いつもは言葉少なめなサミュエルが、はじめて打ち明けたてくれた気持ち。それに呼応するように、私の目から次々と涙があふれてきた。


「これからお前の生みの母親、シルビアを助け出して会わせてやるからな」

「サミュエル……!」


 私の前で跪いているサミュエルが、静かに両手を広げた。

 それを見た私は、感情の赴くまま反射的にその胸に飛び込み、サミュエルの首に手をまわした。


「長い間黙っていて、辛い思いをさせて悪かった。シエラ……」


 耳元で囁く声に首を横に振ると、少し骨ばっている手が私の背中を優しくなでた。


 自分の生い立ちに辛い思いをしたことはあったが、サミュエルのおかげで今の私がある。それに、私よりもサミュエルの方がよっぽど辛い経験をしてきたに違いない。感謝こそすれ、サミュエルに謝ってもらう必要などどこにもない。


 私の中で暖かい気持ちが膨れ上がり、それにつられて体も温かくなった時、右手をまっすぐ伸ばしたサミュエルが目を細めて呟いた。


爆炎ばくえん


 突然、熱い空気が私の背中に吹き付けた。

 振り返ると、燃え盛る大きな火柱が、私の背後で龍のように立ち昇っていた。

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