第55話 魔法のステッキ
「ジュダムーアと城に向かっただって⁉」
「絶対やばい展開だよね……どうしよう! やっぱり龍人一人で行かせるなんて無茶だったんだよぉぉぉ!」
予想通り、このままでは龍人がバーデラックのモルモットになってしまう。
なんとか助け出さないと……。
半べその私が頭を抱えてユーリと一緒にオロオロしていると、芽衣紗が夕飯の献立を聞くような軽い口調でサミュエルに問いかけた。
「ねぇサミュエル。お兄ちゃんは他に何か言ってた?」
「ああ。口から血を流して死にそうになりながら、『これでパズルのピースがそろうぞ』と言って笑ってた」
「マジ? やったじゃん。これでシエラちゃんのゲノムの謎が解明できるかもね」
芽衣紗が「良かったね」と言って微笑んだ。
私は、兄が死にそうになっている人とはとても思えない様子の芽衣紗に驚く。
「よ、良かった? 芽衣紗は龍人が心配じゃないの? 死にそうになってるんだよ?」
「あー、お兄ちゃんなら大丈夫。私たち、ベニクラゲだから」
「ベニクラゲ?」
「そう。永遠に若返り続けるベニクラゲのDNA配列を参考にゲノム編集してるの。現代人みたいに魔法は使えないけど、自然治癒力は高いから致命傷じゃなきゃ大丈夫」
「そう……」
私の頭の中で、龍人と芽衣紗の顔をしたクラゲがふよふよ浮かんだ。
例によって芽衣紗の難しい説明は良く分からないけど、とりあえず命の危険はないってことだよね。
私が頭の上にハテナを浮かべていると、ガイオンがまた大きい声で吠えた。
「クラゲだぁ? お前らクラゲ人間なのか?」
「まさか。そんな人間がいるはずない」
信じられない、と首を横に振っているアイザックに、芽衣紗がチッチッチと指を立てる。
「自分の常識は疑ってかからないと科学の発展はないぜよ。せっかくこの世は『
芽衣紗が悪魔のような顔でニヤリと笑った。
「どうやって王手をかけてやろうかなあ。ひっひっひ!」
龍人が連れ去られた日の夜、ガイオンは明日のジュダムーアの護衛に備えてエルディグタール城に帰ることになった。私たちは全員で門まで見送りに来た。
ジュダムーアに乱暴されていた門番のお姉さんたちも、すっかり元気になったようでホッと一安心だ。
「じゃあな、お前ら。俺は明日ジュダムーアと一緒にボルカンに向かうが、くれぐれも気をつけて行動しろよ。俺は助けてやれないからな。死ぬんじゃないぞ」
「うん! ガイオンも護衛気をつけて行ってきてね!」
「うっかり口を滑らせたりするんじゃないぞ」
立ち去る前、ガイオンは一通り全員をハグし、大きな手でみんなの背中をバンバン叩いた。
私も頑張ってハグしようとしたが、ガイオンの胸板が厚すぎて、壁に抱き着いている感じになってしまった。
大きな馬に乗ったガイオンの背中が見えなくなると、芽衣紗が振り返って龍人のようにニヤニヤ手をこすり合わせた。
「さぁて。それでは私からみんなにプレゼントを贈ろうかなぁ」
一見なにかを企んでいるようにしか見えない表情に、私はちょっと警戒して首を傾げた。
「プ……プレゼント?」
「こっそり誰にも見つからないで、お兄ちゃんとシルビアさんを連れ出せれば最高なんだけど、万が一のために武器を作っておいたの」
「武器⁉」
ユーリが目をキラキラさせている横で、泣き顔のイーヴォが「だからノラも助けるんだってば」と大きく腕を振ってアピールしている。それを見たアイザックが、「分かってるから大丈夫だ」と肩を叩いた。
「ちょいとここで試し打ちと行きますか」
芽衣紗は包丁の
「ユーリ君、ちょっとこうやって振ってみて」
「ん? こうか?」
両手に棒を持ったユーリは、芽衣紗の真似をして腕をクロスさせ、ブンッと勢いよく地面に向かって振り下ろした。
すると、ついさっきまで棒だったものが、緩いカーブを描くスリムな短剣へと変化した。サミュエルの光る剣のように、刀身が淡いオレンジ色に光っている。
「おぉぉぉ! すっげぇ!」
「うはぁぁ! 超カッコいいよ、ユーリ!」
ユーリは自分の手の中にある双剣を、感動のまなざしで眺める。
「ユーリ君は魔法が使えないかわりに、サミュエルの魔石の力を増幅させるようにしたから、ちょっとだけ魔法使いの身体強化みたいに動けると思う」
ユーリがその場でジャンプして確認すると、軽快に動く自分の体に満足してニッコリ笑った。
「次はアイザックね。アイザックは魔石が無いから、ちょっと工夫を凝らしてみたよ。これを持ってみて」
芽衣紗は、ユーリに渡した物よりも少し太い銀色の棒をアイザックに渡した。
私とユーリが期待のまなざしでアイザックを見つめる。
……今度はどんな武器になるのかなぁ!
アイザックがユーリと同じようにブンッと棒を振ると、柄の端がやや膨らんだ大きい剣が姿を現した。剣の大きさと刀身の厚さから伝わる重量感に加え、大きな
「魔石と同じようにはいかないだろうけど、柄の先に魔力の気圧を起こす装置をつけたんだ。……えっと、何て言ったらいいかな。無理やり魔力を循環させる感じ?」
「魔石と似た素材ということか?」
「うーん、ちょっと違うけどそんな感じ! それほど強力じゃないから昔みたいな魔法は使えないと思うけど、ないよりはマシじゃないかな」
芽衣紗はサイフォンがどうのと言って説明を試みたが、途中であきらめたようだ。
原理は良く分からないが、持ってみたアイザックの感触としては悪くないらしい。
月明りを照り返しながら軽くブンッと剣を振ると、パラパラと水のしずくがあたりの草を濡らした。
「次はシエラちゃんね。シエラちゃんは女の子だから、かわいらしく魔法のステッキにしたんだ」
私は鉛筆のような棒を受け取って上下に軽く振ると、先端にピンクの宝石がついたかわいらしいステッキになった。ユーリと同じように、魔力を増幅させる素材が使われているらしい。
「うわぁ、かわいい! ありがとう芽衣紗!」
まわりを見ると、ユーリはぴょんぴょんと身軽に木に登って双剣を振り回しており、アイザックとサミュエルは二人で軽く剣を交えていた。
嬉しそうに武器を振り回す男子陣を見て、はじめてのステッキに嬉しくなった私も、ふざけ半分に「えーいっ」と頭上にかざしてみた。
すると、体に巡っている魔力がステッキに集まっていくのを感じた。
……お、いい感じ。
ちょっとだけしか意識していないのに、ちゃんと魔力が動いているみたいだ。
私が使用感に満足していると、突然ステッキの先から太陽のようにまばゆい光が飛び出していった。
光がふわりとユーリに舞い降りる。
すると、勢いよく振るった双剣の切っ先から、鋭い斬撃が飛び出した。空を裂き、目の前の巨木を襲う。あっけに取られるユーリの前で、木が真っ二つに分断し、ズドーンと地響きをとどろかせながら倒れた。
刃を合わせているアイザックとサミュエルにも光が舞い降りた。
アイザックの剣から、パキンという高い金属音とともに、剣の弾道に沿って大きな氷の柱が樹立する。それを見て驚いたサミュエルがとっさに反撃を繰り出すと、氷の柱と同じくらい大きな
それぞれが自分の予想の範囲を超える力に驚き、目を見開いて動きを止める。
そして、一斉に驚愕の顔で私を見た。
門番の二人も驚いて固まっている。
視線を集めた当の私も、自分が何をしたのか分からず驚愕の顔で固まる。
「えーっと、今なにがおきたの?」
助けを求める私をよそに、興奮する芽衣紗とトワの楽し気な拍手が星空の下に響いた。
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