第57話 城の研究者

 久しぶりにエルディグタール城を訪れた龍人は、足音を反響させる高い天井に懐かしさを感じながら、兵士に従って歩いていた。


「へぇー。これが今のお城ねぇ」


 龍人が生きてきた過去一万年の間に、ガーネットと交流がなかったわけではない。


 他の人種に理解のあるガーネットもいたし、ジュダムーアのように独裁的なやつもいた。ガーネットの寿命は二十五年しかないので、どんな人が王になろうとすぐに命がつきるが。

 どちらにせよ、深く関われば別れる時に辛いし、毎回決まって起こる無駄な権力闘争に嫌気がさしていた。そのため、余計な争いに巻き込まれないためにも、龍人はいつからかダイバーシティにこもりっきりになっていたのだ。

 

 どこかの一室にたどり着くと、龍人は両手首の拘束具を外されて乱暴に部屋に放り込まれた。兵士は「許可なくこの部屋から出ないように」とだけ告げて扉を閉めた。


 完全に軟禁状態になった龍人だが、トライアングルラボにいる時もほとんど外に出ることは無かったので、特にこの状況に不満を感じることは無かった。むしろ、唯一関心のある研究だけをしていればいいのだから好条件と言える。


 それに、龍人の手の中にはジュダムーアの血液がある。


 魔法使いの血液には、その者が持つ魔力が宿っているため、ほとんどの魔法使いは他人に血を譲ることをひどく毛嫌いする。しかし、今回は『長寿』を餌に、ガーネットであるジュダムーアの血液を手に入れることに成功したのだ。


 もし研究に失敗すれば首が飛ぶ。

 しかし、そんなことはどうでもよい。

 自分の命を案ずるよりも、これから見つけるであろう新発見に全身が燃えるほど興奮しているからだ。


「くっくっく。やっと手に入れたぞ。こんなに手こずるなんて思ってなかったなぁ。ヒポクラテスも意地悪なことをする」


 早速分析を始めようと思った龍人は、薄暗い部屋の中を見渡した。

 

 まず目に入ったのは、壁の棚に几帳面に並んでいる壺や瓶。寸分も狂わずに並んでいるガラス瓶の中に、薬草や液体が見えた。そして机の上にある金色の鍋からは、立ち昇る煙とともに草を蒸したような香ばしい匂いが漂ってくる。

 大小さまざまな器具に囲まれた龍人が床に目を落とすと、今まで誰も踏み入ったことがないかのようにほこり一つ落ちていない。


「この部屋の持ち主は、随分几帳面のようだね」


 部屋の奥に目を移すと、扉が半分開いていた。

 その向こうに見えるのは、テーブルの上の書類とにらめっこをしている痩せこけた銀髪の男。一直線に切りそろえられた前髪の下で、呪文のようにブツブツ何かを言っている。


 あれがこの部屋の主なのだろう。


 龍人は部屋の奥に向かって礼儀正しく声をかけた。


「あー、もしもし。お取込み中失礼。今日からまたお世話になる龍人と申しますが、こちらにシーケンサーはありますか? 前に僕が置いて行ったはずなんですけど」


 しばらく反応を待ったが、男からの返事はない。龍人は首を傾げたが、すぐその理由に検討がついた。


 きっと、集中しすぎて聞こえていないのだろう。


 そう思って一人で納得する。なぜなら、自分も没頭してしまうとそれ以外のことは何も感じなくなるからだ。あの恍惚感は本当に最高だ。


 許可なく踏み入るのは悪い気がしたが、仕方なく龍人は部屋の奥に進み、扉に手をかけてゆっくりと首をのぞかせた。


「もしもし。お邪魔しまーす」


 銀髪の男が侵入者に気が付き、ギロリと目を動かして龍人を見上げた。

 骸骨のように痩せこけた頬の上にある目は、くまに囲まれ白目が真っ赤に充血し血走っている。

 龍人と目が合うと、忌々しそうに顔を歪めた。


 その表情から自分が歓迎されていないことを感じる龍人だが、そんなことを気にしていても仕方がない。自分はここでやらなくてはいけない使命があるのだ。


「あー、声をかけたんだけど気が付いていなかったようなので。僕は龍人。ジュダムーア様に連れてこられた研究者です。仕事をしたいんで、道具を貸してほしいんだけど」


 龍人の言葉を聞いた男が猫背のままゆらりと立ち上がった。

 そして、怨念を感じさせるほど怒りをにじませ、龍人に近寄ってくる。


「ジュダムーア様に連れてこられた研究者? どういうことでしょうか。私と言う研究者がいながら、新しい者を迎えるなど……。そうか、お前は、私の座を奪って高い地位を手に入れようとしているのでしょう。下等種族のくせに生意気な!」


 ものすごい剣幕で滲みよってくる男に、両手を上げた龍人がじりじり一歩ずつ後ずさりする。


 この男が研究者ということは、こいつが例のバーデラックか。

 トワが持ってきた映像を思い出し、みすぼらしく変貌した今の姿にギョッとする。


「ははは、参ったなぁ。地位とか種族とか、君たちの常識には全く興味がないんだけど。僕らはジュダムーア様の寿命を延ばすという共通の目的があるじゃないか。だから仲良くやろうよ、ね?」

「私一人いれば十分なんですよ。なぜシルバーの私が下等種族の手を借りなくてはならないのですか。私が無能だとでも言いたいのですか。この……天才の私に向かって!」


 龍人は頭を掻きむしるバーデラックに壁まで追い詰められ、白衣の胸元を勢いよくつかまれた。

 そして、バーデラックからにじみ出る怒りと圧力に息苦しさを感じながらも、へらへら笑って平然を装う。


「天才? それはすごいや。君がどれだけ天才なのか、是非とも実力を見てみたいね」

「いいでしょう。私の研究の成果をあなたに見せて差し上げます」


 そう言ったバーデラックは、龍人の胸元に手をかけたまま無理やり引っ張り、部屋の奥へと引きずって行った。龍人は一応抵抗を試みたが、バーデラックの足は全く止まらない。魔力を前に歴然とした力の差を感じ、すぐに諦めた。


 それよりも、一体どこに連れて行こうと言うのか。


 身に迫る危険にスリルを感じつつ、これから起こることに期待を膨らませ、細い廊下を黙って引きずられる。


 長い石畳の廊下を抜けると、そこは小さな鉄格子の窓だけがある、薄暗い部屋だった。

 

 部屋の奥の床には、窓と同じ鉄格子がはめ込まれた大きな穴が開いている。

 暗くて深さや広さはわからない。しかし、そこから漂ってくる不快な獣のにおいと唸るような息使いに、何かがいることをすぐに理解した。


 嫌な予感を感じた龍人の背中に、ビリビリと電気のような悪寒が走る。


 穴の前まで来ると、バーデラックが鉄格子をはずした。

 それを見た龍人の笑顔が引きつる。


「ははは、まさかここに……」

「私の研究成果を見たいのでしょう」


 さげすむような顔をしたバーデラックが、無情にも龍人の背中を押して穴の中に突き落とした。


「うわぁぁっ!」


 ドサッと地下に落とされた龍人が、硬い床に体を打ち付け「いてて」と腰をさすりがら体を起こしてぼやく。


「だから、僕はライオットじゃないって言うのに……」


 ため息交じりにあちこち関節を動かして、骨が折れていないか確認する。

 とりあえず骨折は無さそうだ。

 大きな怪我が無いことに安心していると、頭上の穴からバーデラックの楽しそうな声が聞こえてきた。


「さあ、存分に見なさい。私の研究で、最大限に筋力を強化させたジャウロンの成体です!」


 わずかに差し込む光の中に、狂暴さを孕む瞳がちらりと見えた。

 龍人の目に映ったのは、10メートルはあろうかという大きな恐竜。自分を食料と認識したジャウロンが、地面を揺らしながら山のような前足で歩み寄り、大きな口と羽を広げた。


「や、やめろ。来るな!」


 後ずさりをするも、すぐに壁に追い詰められた龍人。

 腹をすかせたジャウロンが、耳をつんざく咆哮と共に鋭い牙を振り下ろしてきた。

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