第52話 魔力のゲノム

 龍人のゲノムの説明に、顎をなでて首をかしげているアイザックが質問をした。


「あー……内容は大体分かったんだが、核が二つあることがそんなに重要なことなのか?」

「いいねぇ、いい疑問だよ。調子が乗って来た、ははは!」


 アイザックの言葉を受け、龍人がさらに興奮して車輪付きの椅子の上に膝立ちになった。そして、背もたれにつかまっていない方の腕をブンッと大きく振り、身振り手振りで説明を続ける。


「じゃあ次は、魔力を生み出す方の核のDNAを拡大する!」


 龍人が舌なめずりをしてホログラムを操作した。

 すると、三つの核がグンと拡大され、DNAのらせん構造が映し出される。


「一番左のレムナントが二本、中央のシルバーが三本、一番右のシエラちゃんが……」

「四本……」


 私のDNAは、四本のひもがぐるぐる手をつないでらせんを描いている。


「そう、魔力量に比例して、DNAの構造が複雑になっているんだよ! それだけじゃない」


 そう言って、興奮した龍人が再びホログラムを動かした。

 今映されていた映像が消え、再び先ほどと同じ四重らせん構造のDNAが映し出される。


「……? 私のDNA?」

「そう、シエラちゃんのDNA。ただし」


 龍人は一度深く息を吸い込み、目を大きく見開いて叫んだ。


「魔力を生み出す方じゃない! 体を構成する方のDNAなんだよ!」


 興奮の絶頂に登り詰めた龍人は拳を振り上げ、「ヒィィィィハァァァァァッ! 大発見だぁぁぁ!」と奇声を上げて、左から右へと椅子を滑らせた。

 

 ど、どう言うこと?

 人間の体を作る方って、さっきユーリのDNAで見た、三本のやつだよね。


「私だけ体のDNAが三本じゃなく、四本だってこと?」

「多分そう言うことだよな」

「これが私の遺伝子の異常ってことなのかな?」


 私とユーリが思案顔で首を傾げる。

 龍人の興奮は嫌って程伝わるけど、それが何を意味をするのかが全く分からない……。


「ちょっとちょっと、一人で興奮してないで詳しく教えてよ。それに、私が魔石を持っていないのって、そのDNAが人と違っておかしいからなの? 何かが変だったなら治療してよ」


 椅子を脚でこいで戻ってきた龍人が、再びホログラムの前まで来て私たちと向き合う。


「分かったパズルのピースはここまでさ。これから複数の仮説を検証して未知というパズルを組み立てていくんだ。できればガーネットの検体も手に入れたいところなんだけど。ふ……ふふふ! そんなことより、新しい謎が生まれたということが重要なんだ。誰も知りえない謎を解明するチャンスだからね。困難の壁が高ければ高いほど、クリアしたときの快感は大きいんだ。分かるだろ?」


 あはははと高笑いをする龍人に、サミュエルが「さすが天才だ。説明が以上ならあとは頼んだぞ」と感情を込めずに言い、話題を変えた。


「難しいことはこいつに任せて、俺たちは次の作戦を考えよう。まず、一番の目的はジュダムーアの生前贈与を辞めさせること。説得するか幽閉するか殺すか、手段は未定だが、ガイオンとも目的が一致してると考えていいな?」


 ガイオンが「ああ」と返事をして大きくうなずいた。


「そしてもう一つの目的は、シエラの母親、シルビアの救出だ。寿命が二十五歳以下のガーネット種にもかかわらず、シルビアは二十九歳で存命。ジュダムーアの寿命を延ばすための研究材料としてバーデラックのモルモットになる可能性が非常に高い。シルビアの寿命の謎が解けると、さらにジュダムーアが力を増すことも考えられる。だから、命を救うという理由以外にも、シルビアを奪還することが必要だ」


 サミュエルの話を聞いていたイーヴォが、「僕の幼馴染のノラも忘れないで!」と手を上げた。

 ホログラムを見つめながらブツブツ言っている龍人が、またしても悪魔のような顔でにやりと笑ってこちらを向いた。


「もしくは、シルビアの魔石をシエラちゃんに生前贈与させるか……だ。シエラちゃんが魔石を持つとどうなるか。くっくっく。非常に興味深い」


 龍人の突拍子もない提案を聞いたアイザックが、険しい顔で立ち上がった。


「何を言っている! 冗談でもそんなことを言うな。魔石の生前贈与なんて、滅多にするもんじゃない!」

「はははっ! それ、サミュエルに魔石を贈与した君が言っちゃう? まあ、落ち着きなよ。僕は冗談で言ったわけじゃない。勝機のある選択肢の一つとして挙げただけさ。この中で一番魔力が高いのは、もしかしたらシエラちゃんかもしれないんだよ? 規則性から考えて、四重らせんはガーネット種のDNAだと予測できる。ジュダムーアに立ち向かうとしたら、最強の駒を用意するのは当たり前じゃないか。それとも、最強の戦士を作るために、シエラちゃんと僕たちの誰かが交配してみる? くっくっく……」

「おい、お前。何を考えている」


 アイザックだけじゃなく、サミュエルまで目を細めて龍人を睨んだ。


「まあ、その場合、大豪傑ガイオン将軍が一番最適かな? それか、消費期限の近いサミュエルからにするか……。それとも、古代種の僕っていう手もあるね! ははは!」


 なんの話でみんなが剣幕になっているのか分からないが、私が絡んでいることは間違いなさそうだ。

 嫌な予感がしつつも「交配ってなに?」と聞くと、顔を赤くしたユーリがしどろもどろになりながら「子どもを作ることだ」と教えてくれた。


 そうか、子どもを作るのか……。

 …………。

 こ、子ども⁉


「さあ、シエラちゃん。誰を選ぶ?」


 楽しそうな龍人の悪魔のような笑い声が、トライアングルラボに響いた。

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