第53話 病者の町

「シエラになんていうことを言うんだ。私の目が黒いうちは嫁にはやらん!」

「俺は良いぞ!」


 激怒するアイザックの横で、ガイオンは「やっぱり俺の野生のカンは当たってたな」と言って一人で納得している。


 ……当たってたな、ニヤリ。じゃないよ!

 私の理想は、ヒーローのようにカッコいい人。野獣ではないのだ。


「ちょっと、変な話しないでよ!」


 焦っていると、心配そうな芽衣紗が後ろから私を抱きしめた。


「お兄ちゃん! シエラちゃんは私と結婚してもらうんだから、どうせなら私と交配してちょうだい」

「そうだよ! 芽衣紗と結婚……えっ!」


 私とユーリが同時に芽衣紗を見た。

 他の人たちも言葉を失っているようだ。

 すると、仕方なさそうにため息を吐いたサミュエルが、若干気まずい空気の中口火を切った。


「あー、芽衣紗の恋愛対象は女だ。気にするな。それはいいとして、一方的な交配は倫理に反するだろう。それは龍人の信念にも合わないんじゃないのか?」


 龍人が満足そうにサミュエルを流し目で見下ろした。


「くくく、よく覚えていたね。僕はヒポクラテスに誓いを捧げた医者。本人の同意を得るまでは無理強いしたりしないよ。『同意』を得るまではね。だから安心して、アイザック」


 龍人が不気味なほどの笑顔になり、怒りをにじませるアイザックに笑いかけた。

 すると、一連のやり取りを傍観していたガイオンが、突然恐怖の面持ちでアイザックを見ながらワナワナ震えだした。

 

「ア……アイザックと言ったのか? あの、アイザック将軍なのか⁉」


 信じられないものを見るような目を向けられたアイザックは、どこかばつが悪そうに頭をかいた。


「まあ、そういうことだ……」

「なんてこった!」


 今度はガイオンが吠え出した。


「鬼神と呼ばれたアイザック将軍が生きていたのか! 突然姿を消して、死んだと言う噂が流れていたのに!」

「鬼神って……?」

「お前ら知らんのか。アイザック将軍と言ったら、騎士を目指す者で知らないヤツはいない。ガーネットに負けないほど魔力があって、名前を聞くだけで世界中の軍隊が震えあがったんだぞ。聞いて驚くなよ。アイザック将軍の得意技は」


 ガイオンがキラキラする笑顔で人差し指をたてた。


氷瀑ひょうばくだ!」

「氷瀑?」

「ああ。目の前にビャッ! と、どでかい氷の壁を作るんだ!」

「氷の壁⁉ すっごーい!」


 私とユーリは、目を星のように輝かせてガイオンの話に食い入った。


 現役時代のアイザックは、滝が凍るように空間を凍らせる魔法『氷瀑』が得意だったらしい。壁のように氷を張り巡らせることで防御になるし、敵を氷瀑に巻き込むことで攻撃にもなる。

 もちろん、今は魔石を持たないから、大量の魔力を消費する氷瀑は使えないのだが。

 アイザックの氷瀑を恐れる他国につけこみ、当時のエルディグタールはかなり無謀な外交をしていたそうだ。

 

 アイザックは魔石を生前贈与して、今は強力な魔法が使えないと知ったガイオンが、肩を落として残念そうに口を開いた。


「そうか、魔石をこいつに生前贈与したのか。お前、名前は……」

「サミュエルだ」

「サミュエルは氷瀑が使えたりするのか?」

「いや、俺はレムナントだからな。水属性の魔法は使ったことがない。無理やりアイザックの魔石を埋め込まれただけでもともとの魔力はそれほど高くはないからな。……ためしたことはないが」


 さらにガイオンはがっかりして下を向いた。

 武力を最も重んじるイルカーダの血が流れているガイオンは、鬼神とまでうたわれたシルバー最強の男に憧れていたので、二度と氷瀑を目にすることは無いと知ってひどく落胆したのだ。


「ねえねえ、どうやったら氷瀑ってできるの?」


 もしできるなら、氷瀑をやってみたい。

 私の質問にサミュエルが答えてくれた。


「魔力の摩擦を起こすだけで使える火の魔法と違って、水や氷を使った魔法はかなり難しい。火は摩擦の要領で出てくるが、水はさらにエネルギーをぶつけなくてはならん。それよりも、自分の特性に合わせた特殊能力を使った方が簡単だ」

「そっかぁ……」


 サミュエルは動物の記憶を見る能力、イーヴォは相手に幻影を見せる能力、アイザックは存在を隠す能力、ガイオンは身体能力を爆発的に強化させる能力。

 親から受け継いだり、本人が強く望んだ特殊能力を持っている。


 私も魔力の核があるのなら、もしかしたら特殊能力があるのかな……。


 私がまだあらわれていない自分の能力に疑問を感じた時だった。


 ビーッビーッビーッビーッと、大きな警戒音がトライアングルラボに鳴り響き、天井の照明が落ちて赤いランプが点滅しだした。

 突然目の前が赤く照らされて、異常が起きていることを全員が察知する。


「キャッ! 何が起きたの⁉」

「どうやら敵の襲来のようだね。思ったより早かったな……」


 口をへの字に曲げる龍人が、急いで目の前の空間に大きな映像を映し出した。


 映像には、ダイバーシティに到着したときに会った門番が映っている。

 それと、門番に向き合うように、馬に乗った見知らぬ人が数人。

 一番前にいる白馬に乗った男は、イバラのようなかんむりの下で、白く長い髪の毛を風になびかせている。

 まさかこの人は……。


「ジュダムーア……」


 ガイオンとイーヴォが同時に呟いた。


「えっ、この人が……」

「一体何しに来たと言うんだろうねぇ。はははは!」


 おろおろしながら映像を見ていると、苦しそうな顔をする門番二人の足が宙に浮き、大きく横に投げ飛ばされた。

 咳き込む二人の横を素通りし、ジュダムーア一向が門をくぐっていく。


「どどどど、どうしよう!」

「俺が状況を確認してこようか?」


 私が慌てふためいているとガイオンが提案をした。

 それにすかさず龍人が言葉を返す。


「だめだ。君は大事な戦力だ。こちらのカードを見せるには時期尚早だよ」

「じゃあ、俺が行ってこようか?」


 今度はサミュエルが手を上げた。

 それに対してイーヴォが口を開く。


「あー、ちょっとやめておいた方が良いと思うなー。僕、君の姿でジュダムーアの前に出ちゃったんだよねー。いつまでも帰ってこない僕だと思って殺されちゃうかも」

「なんだと……」


 へへへっと笑うイーヴォをサミュエルが睨んだとき、龍人が両膝をバシンと叩いて勢いよく立ち上がった。


「僕が行こう!」


 全員の視線を集めた龍人が、両手を上げ明るい口調で話し出した。


「ここは僕が一番適役だ。アイザック将軍も、生前贈与を強要されて石がないってバレたらまずいし。もちろん一番のお目当てのシエラちゃんを出すわけにもいかない」


 私は龍人の身を案じて言葉を失うが、龍人はいつも通りあっけらかんとしながら笑った。


「やめろ、死にたいのか?」


 サミュエルが目を細めた。


「やだなぁ、そんなお葬式のような顔をしないでよ。ジュダムーアにとって一番得がある人間は、天才の僕だ。出方によっては僕が一番殺されずに済むカードなんだよ。みんなはここにいればジュダムーアには見つからない。ジュダムーアが通った門は、裏ダイバーシティに続いているからね。だから、しばらくここでお茶会でも開いててよ」

「裏ダイバーシティ?」


 私が聞くと、龍人が笑顔で答えてくれた。


「そう。あの門番二人は転移能力の持ち主。彼女たちの許可が下りなかった人は、ここではなく裏ダイバーシティに行くことになる。そこは、人々からとうの昔に見放され、追放されてきたものが住む病者の町。主治医の僕が顔を出しても、何ら不思議はないだろ?」

「そうは言っても……」


 みんなが答えを出せないでいると、「ちょっと行ってくる」と、龍人はひらひらと手を振りさっさとトライアングルラボを出ていってしまった。


 ジュダムーアの前に姿をあらわして無事に帰ってこれるのだろうか。何事も起こらないよう、祈りを込めて龍人の背中を見送る。


 龍人のことだから、きっと大丈夫だよね……?





 トライアングルラボを出た龍人が姿を現したのは、彼の患者千人程が住む病者の町。

 ダイバーシティとは打って変わって、ただ木造の家が立ち並ぶだけの殺風景な景色の中では、純白の髪の毛をなびかせるジュダムーアがひときわ目立っている。


 砂利の上を一歩一歩踏みしめる龍人が、ジュダムーアの前に立ちふさがった。

 そして、すぐに邪悪な赤い目が龍人を捉える。

 それにも臆することなく、いつも患者に見せる通りの笑顔で、両腕を広げながら馬上のジュダムーアを迎え入れた。


「これはこれは、ようこそはるばるお越しくださいました。私はここの医者の龍人。今回はどのような病状で受診しにいらっしゃったのですか? ……ジュダムーア様?」


 ニコリと笑っていた龍人の目が一瞬鋭く光り、白衣が風に翻った。

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