第51話 核

「トワァァァ! 良かった!」


 研究室と呼ばれる作業部屋から出てきたトワを、私、ユーリ、アイザックが笑顔で迎えた。サミュエルは相変わらず無表情だし、イーヴォは珍しいものを見るようにじろじろ見ている。龍人は、ホログラムに映し出された文字とにらめっこを続けていて、こちらの様子には興味がなさそうだ。

 トワの後ろから龍人の妹、科学者の芽衣紗めいさが続けて出て来る。


 昨日の戦闘で、両腕をガイオンにちぎられてしまったトワは、芽衣紗が新しく作っていた『ボディ』と呼ばれるものに体を交換した。アップグレードとかモデルチェンジとか良く分からないことを説明されたけど、とにかく腕が治ったのだ。


「うふふ! ありがとう、シエラちゃん。この通り、もう大丈夫よ」


 トワは細い腕で力こぶをつくるフリをし、私にウィンクを投げた。


 ……良かった、いつも通りのトワだ。


 私はトワの体が治ってホッと胸をなでおろした。

 しかし、私に安息は訪れなかった。新しいボディの作成で連日徹夜作業をしていた芽衣紗が、目の下に真っ黒なくまを作り、龍人のように目をギラギラさせて私に飛び掛かってきたのだ。


「あーん、シエラちゃーん! 私のこともほめてー! ちゃんとトワのこと修理したよ♪」


 そう言って芽衣紗が私をギュッと抱きしめて頬擦りしてくる。

 今日だけで5回目だ。


 今朝なんか、「なんでシエラちゃんが来てるのに教えてくれなかったの!」と言って龍人をポコポコ殴り続けていた。やっと機嫌が直ったと思ったら、今度は頬擦り攻撃が止まらない。なぜか私のことを気に入ってくれているようだ。

 熱烈すぎる歓迎を邪見に扱うわけにもいかず、私は目線で周りに助けを求める。


 ……助けて! 助けて誰か!


 見かねたサミュエルが、ポリポリ頭を掻きながら助け船を出してくれた。


「しつこいぞ、芽衣紗。遊んでないでトワの性能のチェックでもしてろ」


 サミュエルの一言で手を離した芽衣紗は、「言われなくてもしますよーだ」とブツブツ言いながらトワの元へ歩いて行った。そして、あちこち触ったり機械を当てたりして調べ始める。

 その様子を見ていたイーヴォが、ケラケラと軽い口調で話し始めた。


「いやー、本当びっくりしちゃったよ。僕、留守番で良かったぁ。帰ってきたと思ったらトワの腕が無いんだもん。騎士団長って、あの金髪のでかいゴリラみたいな人でしょ? 前、ジュダムーアの横に立ってるのを見ただけでブルッときちゃったもん。あんなのと戦ったなんて信じられないよ。確か、名前はガイオンって言ったっけ?」

「あん? 俺がどうしたか?」


 突然背後に現れたガイオンに、イーヴォがビクッと飛び上がる。


「うわっ! びっくりした! ガガガ、ガイオン将軍じゃないですか……ようこそいらっしゃいました」

「ほらよっ。手土産だ。足りるか?」


 そう言って、大きな樽をドン! と床に置いた。

 私たちと目的を一致させたガイオンは、昨日の話し合いでここに来る約束になっていたのだ。

 持ってきたのは、どうやらリディクラスのママが用意してくれた日本酒入りの四斗樽しとだるらしい。ものすごく大きいが、これはガイオンサイズと言ったところか……。

 そして、私とユーリにはお酒と別に持ってきた小さい瓶をくれた。


「こっちはお前さん方だ。なんだか知らんが美味いジュースだとよ。ジュースは飲まないからさっぱり分からんけどな」

「わぁ! ありがとう、ガイオン!」


 私とユーリがお礼を言うと、ガイオンは「ニシシシ!」と歯をむき出しにして笑った。どうやらガイオンは、昨日の一件で私とユーリのことを気にいってくれたらしい。

 私がさっそくもらったジュースを開けると、文字とにらめっこをしていた龍人が重たい腰を上げて私たちの方を見た。


「さて、役者もそろったことだし、謎解きの時間を始めようじゃないか」


 ニヤニヤ笑う龍人が手をこすりながら勿体つけて言うと、到着して早々のガイオンが首をかしげた。


「謎解きだぁ? 頭を使うことなら、俺は全く役に立たないぞ」

「問題ないよ。君は体力担当だろ。それに、僕に分からないものはきっと誰にも分からない。君たちは状況を把握してくれるだけで十分さ」

「そうか、そういうことならいいぞ」


 頭を使わなくて良いと分かったガイオンが一変、ニコニコしてドカッと龍人の前の椅子に座った。私たちもそれにならって龍人を取り囲むように座る。


「昨日採取した血液から、ゲノムの解析結果が出た」


 龍人が私たちの前方にホログラムを映し出し、全員でそれを見上げた。

 ホログラムには、中に丸い球が入った四角い箱のような映像が映し出されていた。

 映像に合わせて龍人が説明を始める。


「今見えているものが、僕の細胞。人間の体を拡大するとこうやって見えるんだ。一人の人間は、この細胞が37兆個集まってできている。皮膚も内臓も、全てこの細胞が無数にくっついたものなんだよ。ここまでいいかい?」


 ……細胞。

 自分の手を見てもそんな物は見えないからあまり実感がわかないけど、小さな箱がいっぱいあるのか。人間の体って不思議だな。


 龍人の問いかけに、私が自分の手をあちこち眺めていると、他の全員がうんうんとうなずいた。


「さらに拡大してこの中の玉、細胞の核だけを拡大してみる」


 龍人がホログラムを操作し、核にポイントを合わせて拡大した。

 今度は、短いひものようなものが沢山並んでいる映像になった。同じ長さのひもが、二本一セットになっている。


「今見えているひも状のものは、23対の『染色体』と呼ばれる物だよ。23×2つまり46本のこのひも全部のことを『ゲノム』と呼ぶ。ゲノムをさらに拡大すると……」


 今度は、二本の糸がねじれて絡み合っている映像が映し出された。


「わぁ、なんか糸が手をつないでいるみたいだね」

「そう、シエラちゃんとユーリ君みたいに仲がいいね」


 龍人がニコリと笑った。


「今見えているものが僕のDNA。つまり、古代人のDNAだ。人間の体は、このDNAの暗号を基に形が作られていく。詳しいことは覚えなくて良いから、二本でセットになってるってところだけ覚えてね」


 龍人がもう一度ホログラムを操作すると、隣にもう一つのDNAが現れた。

 今度は三本の糸が絡み合っている。


「これがユーリ君のDNA。何が違うか分かる?」

「二本から三本になった!」


 ユーリが元気よく答えた。


「そう。二重らせん構造のDNAが、三重らせん構造に進化したんだ。今生きている人間は、全員が三重らせん構造を持っている。これは、地球の劣悪な環境に適応した結果だと僕は分析している」

「劣悪な環境……?」


 私が生きている環境は、特に劣悪だと感じたことは無い。

 水も空気も美味しいし、マルベリーマッシュルームもコチニールもクロムオレンジもエクルベージュも……とにかく全部おいしい。

 龍人は何のことを劣悪と言っているんだろう?

 私は疑問に思いつつ、話の続きを待った。


「古代人が滅んだ理由は一つ。戦争で大きすぎる爆弾を落としたからさ。それで八千万年環境を汚染し続ける物質が全世界に広まった。それだけじゃなく、爆発の刺激で地殻変動やらなにやら色々あったんだけど、まあそれはいいや。僕の生まれた時代にもわずかに三重らせん構造の人間がいたんだけど、戦争の後は二重らせん構造の人間が絶滅して、より体の丈夫な三重らせん構造へと進化していった。環境に適応し、汚染物質と共存できる体になったんだ。これが現代人の一番近いルーツにあたる」

「ふーん。まわりが汚染されてるって感じたことはないけど……じゃあ、ここにいる全員が三重らせん構造ってことなの?」

「そう。基本はね」


 ここで龍人の目がギラッと光った。私とユーリがギクッとする。

 これは、龍人のテンションが上がってきた合図だ。

 一番前で聞いているガイオンは分かっているのか怪しいが、とりあえずみんなと一緒にうなずいている。


「次に、一般的なレムナント、シルバー、そしてシエラちゃんの細胞を見てみよう」


 龍人が次に出したホログラムには、核が二つある細胞が三つ映し出された。


 ……ついに私の遺伝子の異常が明らかになるのだろうか。


 そう思うと、自然と鼓動が早く鳴りだした。

 ずっと心に引っかかっていた謎を目前に、息を殺しながら龍人の言葉を待つ。


「見ての通り、二つの核があるのが分かるだろう? 一つはライオットと同じ細胞の核、そしてもう一つは……」


 龍人がプレゼントをもらった子どものように嬉しそうな顔をした。

 その正面では、ガイオンの半分閉じかかっていた目がついに完全に閉じられていく。


「魔力を生み出す核! 現代人は、ライオット以外全員、細胞内に二つの核を持つんだ!」


 興奮する龍人の声のボリュームがグンと上がると、ビクッとしたガイオンの目が再び開いた。

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