第50話 一番強い人は誰でしょう

「僕たちは、ジュダムーアを引きずりおろして生前贈与を辞めさせる」


 龍人の言葉で、さらに場の空気が張りつめた。


「お前ら反逆者か……。それなら、なおさら生きて返すわけにはいかねえな」


 鬼のような顔のガイオンが龍人の襟を乱暴に掴み、顔を近づけて脅した。

 泣く子も黙る迫力。しかし、当の龍人は意に介さず、呆れたように口をへの字に曲げた。今にも殺されかねない状況だというのに、相変わらず余裕の表情だ。

 一体なにを考えているのだろうか。

 

「君も分かっているんでしょ? 自分達はガーネットのただのコマでしかないって。それなのに、なんで奴らの言いなりになってるわけ? 長いものに巻かれたいの?」

「……」


 龍人は呆れたように一瞬天を見上げてからガイオンを見据えて笑い飛ばした。


「はっ! 大豪傑ガイオン様が笑っちゃうね。君の血は、それで良いって言ってるの? 戦いもしないうちに負けを認める腰抜けだったなんて、君にはイルカーダの正義は流れていないんだね!」

「なんだと……⁉」


 イルカーダ……。

 確か、地図を見た時にエルディグタールの西にあった国だ。エルディグタールが魔力なら、イルカーダは武力。サミュエルがそう言っていたことを思い出す。


 反応から推測すると、どうやらガイオンはイルカーダ人のようだ。


「このやろう……俺が誇りに思う、イルカーダの血を馬鹿にしやがって」


 ガイオンは、馬鹿にされた怒りで龍人を突き飛ばし、感情を抑えきれずワナワナ震えだした。

 解放された龍人が胸をさする。そして、今にも爆発しそうなガイオンへ向かってさらに言葉でたたみかけた。


「僕たちは必ず勝つ。なんでか分かるかい?」


 ガイオンは、返事の代わりにギラギラ怒りに燃える目で龍人を睨んだ。


「君たちはジュダムーアの力に屈して、考えることを辞めたからさ。ただ王様の機嫌をそこねないように大人しくしているだけで精一杯。考えることを辞めた人間は、快の感情と恐怖にしか反応しないただの養殖魚と一緒だよ。与えられるエサを一生パクパク食べ続けるだけ。それなのに見てよ、君の目の前を」


 龍人が私たちを指さした。


「こうやってライオットやレムナント、ガーネットが手を合わせて、自分の力で立ち上がった。それなのに、かのイルカーダの血を引くガイオン様は、周りが殺されていくのを指をくわえて見ているだけなのかい? せめてもの贖罪しょくざいか、あの人たちに最後の晩餐だけを用意しちゃってさ!」


 興奮でだんだん声が大きくなる龍人が、「あーっはっはっは!」と大声で笑いだした。


「ガーネットだと⁉」

「そうさ。そこにいる少女は、ガーネットの血が流れている」


 私の秘密を知ってしまったガイオンが、怒りに満ちた顔のままこちらを見た。

 先ほどのように肺が押しつぶされることは無いが、それでも十分な威圧感を感じる。

 ……怖いからこっちを見ないでほしい。


 蛇に睨まれた蛙のように、私が背筋を凍らせて立ち尽くしていると、突然ガイオンが獣のような雄叫びを上げた。


「ぬわぁぁぁぁぁぁ!」

「ひぃぃぃぃっ」


 ついに怒りを爆発させたガイオンが、右足を高く上げて力いっぱい地面を踏みつけた。


「きゃぁっ!」


 ドォォォンという音とともに地面が破壊され、大地が大きく揺れる。

 驚いた鳥が、バタバタと飛んで行く音が聞こえてきた。


「くそぉっ! 悔しいが確かにお前の言う通りだ。しかしな、ジュダムーアは化け物だ。次々に他人の魔石を取り込み、今じゃ世界で一番魔力が強いだろう。俺が歯向かったところで虫けらのように殺されるのがオチだ。お前らが集まったって敵うわけがない」


 あれだけの強さを見せつけたガイオンですら、ジュダムーアには手も足も出ないと言うのか。怒りの表情から一転、悔しそうに話すガイオンの様子に、ジュダムーアの巨大さを思い知らされる。


 しかし、このままでは私の大切な孤児院にまで生前贈与のしわ寄せが来てしまう。再びみんなが危険な目に合うことだけは防ぎたい。

 みんなが盗賊にさらわれた時の胸の苦しみを思い出した私は、改めてここに来た決意を思い出した。

 それに、私の産みの母親、シルビアを助けに行かなくては……。


「私は、自分の大切なお母さんや他の子どもたちが生前贈与の犠牲になるのは絶対に嫌! 自分の命に変えてでも、私は運命に……ジュダムーアに逆らって見せる!」


 さっきまでガイオンを怖がっていたはずなのに、孤児院のことを思い出したら不思議と勝手に言葉が出てきた。もうガイオンも怖くない。

 それを聞いたユーリが、私の手を取って言葉を続ける。


「俺も絶対にあきらめない。たとえ相手が騎士団長だろうが国王だろうが、大切なものが傷つけられるのを見ているくらいなら死んだ方がマシだ。それに、俺には心強い仲間がいるんだから」


 私を見て「そうだろ?」と言ったユーリが、ニコッと微笑んだ。私もユーリに微笑みを返し、キッと二人でガイオンを睨む。

 すると突然、獣の表情がクシャっと崩れた。


 ……こ、今度は何⁉


「うおぉぉぉぉ! お前ら、子どものくせになんて覚悟だ! なんて信念だ! 畜生、負けたぞ!」


 私とユーリに感銘を受けたガイオンが、その場にしゃがみ込み人目もはばからず大声でワンワン泣き出した。

 感情の起伏が激しくて、状況が理解できない。


 私とユーリが困って顔を見合わせると、龍人がガイオンに寄り添って肩に手を添えた。


「理解してくれて良かったよ。うまくいけば、今日君が連れてきた住民たちもみんな助かる。悪い話じゃないだろ? それに、僕たちの勝ちが確定している理由はまだある」

「なんだと、一体何を……⁉」


 ガイオンは自信満々の龍人に狼狽し、言葉を詰まらせた。

 そんなガイオンに、龍人が天使のような微笑みを向けて質問をする。


「さて、この中で一番強いのは誰でしょう? 一つ目。世界一強いけど味方が一人もいない王様。二つ目。王様ほど強くはないけど、百人の猛者もさの力を借りられる勇者……」


 そこまで言うと、龍人はもったいぶるように一度間を置き、再び口を開く。


「三つ目。天才の僕を味方につけた人」


 月の光に、悪魔のような龍人の笑顔が浮かび上がった。


「さあ、分かるかな?」

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