第49話 単刀直入に言うよ

 ガイオンは苦痛で顔をゆがませながら、首に巻き付いているトワの腕に手をかけた。

 しかし、ガイオンの力でもトワの腕は簡単にはがすことはできない。

 だんだんと苦しさが増してきたのか、ガイオンの表情が余裕をなくしているように見える。

 しかし、それもつかの間。ガイオンがさらに腕に力を込めだした。


「ふんぬっ!」


 力を込めたガイオンの腕が太さを増し、別の生物が皮膚の下に埋もれているかのように、ボコボコッと血管が浮き出てくる。

 腕だけじゃない。全身の筋肉が盛り上がり、さらに力を増しているようだ。


「……体を強化する能力を持っていたのか!」


 ユーリが悔しそうに言った直後、骨がきしむような嫌な音が聞こえ始めた。

 ガイオンの馬鹿力がトワの腕をゆがませたのだ。


「トワ!」


 それでもトワは必死にしがみついた。

 なんとか助けなくてはと思ったが、私が動き出す前にトワの腕がぐにゃりと変形し、バキッと音をたてて肘の上から腕がちぎれてしまった。


「きゃぁぁぁぁっ! トワ!」

「あぁっ! やっだー、もう! これだから身体強化の人は嫌いなのよ」


 身体を強化する能力で体が一回り大きくなったガイオンは、自分の手の中にあるトワの腕を見て首を傾げた。


「ん? なんだ……こりゃ」


 出るはずの血が出ていない代わりに、傷口からはバチバチっと火花が飛び散っている。

 両腕を無くしたトワは、ガイオンにしがみつくことができなくなり、ぴょんと飛んで地に足をつけた。そして、文句を言いながら私たちの元に走ってくる。


「なんてことするのよ、このゴリラ!」

「大丈夫⁉ トワ!」

「ええ。大丈夫よ。攻撃手段が限られちゃったってこと以外はね」

 

 心配でトワに声をかけるが、いつも通り余裕の顔で返事が返ってきた。


 ……とりあえず無事ってことだよね。


 ホッと胸をなでおろしていると、再びガイオンの頭上に影が飛び上がった。着物の裾から足がのぞく。


 サミュエルだ。


 顔をしかめているガイオンが状況を理解する前に、サミュエルが間髪入れず飛び蹴りを仕掛ける。

 しかし、すぐ殺気に気が付いたガイオンは、トワの腕を投げ捨ててサミュエルの足を払い落とした。


「ぬわっ! 何なんだお前たちは!」


 サミュエルは軽やかに地面に降り立つと、不意打ちに驚くガイオンには目もくれず、すぐに私たちと合流した。

 四人並んでガイオンと睨み合う。


 サミュエルはガイオンに視線を据えたままユーリに声をかけた。


「ユーリ。良く一人で持ちこたえたな」

「俺は、シエラを守る盾だからな」


 ユーリが胸に手を当て、服の下の魔石を確認しながら誇らしげに言った。

 その言葉を聞いたサミュエルが、フッと笑ったように見えた。


 そんな私たちを、激昂したガイオンが睨みつける。まるで鬼のようだ。今までのは子どもだましだったんだと私に思わせる。気迫に押され、冷や汗が背中を流れた。


「お前ら、コンパニオンじゃねえな。最初から何かを企んでいたってわけか。だが、相手が俺だったことをあの世で後悔するんだな。全員ここで息の根を止めてやる!」


 拳を握ったガイオンが、怒りに任せて咆哮を上げた。

 すると、ドンッという音と共にガイオンの体から魔力が放たれた。全身から金色の炎が勢いよく噴き出し、周囲の地面が砂埃を巻き上げて陥没する。周りの草も次々になぎ倒され、私たちにもあらがいようのない圧迫感が襲ってきた。


「きゃっ! く、苦しい! 息が、できない……」

「なんだ……これ。化け物かよ……」


 どうやら今までのは本気では無かったらしい。

 空気を求めてあえぐが、肺が押しつぶされてうまく息が吸えない。

 圧力に耐えかねた私とユーリが、ゆっくりと地面に膝をつけた。サミュエルとトワも、僅かに体制を崩し始めている。誰も動くことができない。


 ……まだこんな力を秘めていたなんて。

 

 ガイオンの圧倒的な魔力で意識が遠のき始めた。「もうダメか」と諦めかけたその時。

 パンパンパンという乾いた音が闇夜に響いた。


「はいはい、そこまで。味方同士で喧嘩しちゃだめでしょ。せめて僕がいるときにしてもらわなきゃ困るよ。滅多に見れないエンターテイメントだからね、くっくっく」


 手を叩きながら勝手口から出てきた龍人りゅうじんに、全員の視線が集まる。


「もう一人いたのか? 随分計画的な犯行なんだな」

「まあまあ落ち着いて、ガイオン君。君は大きな勘違いをしているよ。僕たちは君の味方さ。本当の意味でね」


 龍人の含ませる言い方に、ガイオンは片方の眉毛を上げて龍人を睨んだ。

 すると、ガイオンの意識が反れたからだろうか。圧力から解放された私はやっと息が吸えるようになり、大きく深呼吸を繰り返した。


「ぶはっ……た、助かった」


 ガイオンが龍人に牙をむく。


「本当の意味だぁ? どういうことだ。俺はまどろっこしいのが大嫌いだ。言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」

「良いから落ち着いて。じゃあ、君にも分かりやすいように単刀直入に言うよ」


 ガイオンの目の前に来た龍人が、豪傑の顔を斜めに見上げてにやりと笑った。

 そして、一言も漏らさず相手に伝わるよう、低い声でゆっくりと言葉を紡ぎだした。


「僕たちは、ジュダムーアを引きずりおろして生前贈与を辞めさせる」

「なんだと⁉」


 ガイオンの顔が再びゆがんだ。


 ……龍人は何を言ってるの? そんなことがバレたら……!

 

 絶対に言ってはいけない言葉を口にした龍人に、これから起こることを予想した私はゴクリと息を飲んだ。

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