第41話 Dr.龍人
「長い間この時を待っていたよ、運命の少女シエラ!」
六角形の穴から白衣姿の男が現れた。
男は恍惚の表情を浮かべ、私たちの方へ歩み寄ってくる。
「僕は田中
簡単な挨拶を済ませた
そこに黒猫のキングと白猫のクイーンがトコトコ歩いてきて、キングが龍人の膝の上にぴょんっと飛び乗った。
一方、足元にすり寄ってきたクイーンを抱っこしたユーリが、「かわいいなぁ」と嬉しそうに顔を綻ばせた。クイーンはゴロゴロ言ってユーリの胸に頭をこすりつけている。
部屋の中は、ほとんどの物が白で統一されており、廊下と同じつるつるした素材で作られている。
壁際の棚に並んでいる瓶の中に、何かの目玉が浮かんでいるのが見えた。それを見つけたイーヴォが縮み上がる。
私たちが部屋の中をきょろきょろ見回していると、トワが一歩前に出て会釈した。
「ただいま戻りました、龍人様。万事つつがなく」
「お帰りトワ。よくやったね。あぁ、念願のシエラちゃんに会えるなんて、長生きしたかいがあったよ」
龍人は嬉しそうに目をつぶり、手をこすり合わせた。
「長旅で疲れただろう? みんなは好きに休んでて。その間に、僕はトワのデータで状況を把握するから。サミュエル、みんなにお茶でも入れてあげてよ」
サミュエルが「なんで俺が」とブツブツ言いながら、六角形の穴をくぐってどこかに行った。サミュエルを見送ってから視線を戻すと、トワがいつの間にか中央にある円盤の中に立っていた。
円盤の円周からは、天井に向けて薄い光が立ち上り、空中に赤い文字が点滅した。よく見ると無表情のトワの目の中に、文字が高速で流れている。
「え、トワ、どうしちゃったの? 目が変!」
「アップロードしてるんだよ。トワは見たものを全部映像で記憶しているから、そのデータをメインコンピューターに移動しているんだ。トワ、何か一つ映像を見せてあげてよ」
「はい、龍人様」
龍人が空中で手を彷徨わせ、なにかを操作しながら指示をした。トワの目から光が伸び、目の前の空間に映像が映し出される。
「うわっ! なにこれ!」
「これはね、ホログラムって言うんだ」
私の目の前に、三分の一くらいの大きさのサミュエルが浮かんでいる。
昨日の夜、道中で見つけたマルベリーマッシュルームをサミュエルが串焼きにしているところだ。その串焼きを受けとった私が、大きな口を開けておいしそうに頬張る。
「うわっ! 私たちが動いてる!」
「すっげー! 本物そっくりだ!」
私とユーリはペタンと床に座り、始めて見るホログラムの映像というものに釘付けになった。
大人たちも物珍しそうに身をかがめて見ている。
「トワの見た事をホログラムで立体的に映写しているんだよ。一万年前からあった技術をちょっと改良しただけだけどね。今までのことは全部トワの頭に記録されている」
龍人の言葉を聞いたアイザックが首をかしげた。
「一万年前とは……?」
「あれ、君たちは聞いてないのかな?」
龍人は操作の手を止め、詳しい事情を聞かされていないアイザックとイーヴォに説明を始めた。
「僕と芽衣紗は一万年前に生まれた人間なんだよ。一万年前の人間もちょっとおバカでさ、やけを起こしてほとんど全滅しちゃったんだよ。天才の僕は生き残ったけどね。それで、暇だから色々実験して自分のゲノムを組み替えてたら、永遠に生きる命を手に入れちゃったって感じ?」
「永遠に生きるだと? そんなことできるわけない」
「あー、おじさんも天動説信じちゃうタイプ? 思い込みは良くないよ。固定概念はほとんど間違ってるから。なにより面白くない。奇想天外な発想こそが発展の源だよ!」
龍人が力説を始めた時だった。
六角形の穴からサミュエルと女の人の声が聞こえてきた。全員が声の方を振り向く。
「あーん、そのくらい私にやらせてよー!」
「うーるさいっ。いいから触るな、危ないだろうが」
「もう、サミュエルったら昔っからシャイなんだから。ま、そこが良いんだけど♪」
サミュエルが右手のおぼんにお茶を乗せ、左腕にものすごい絶世の美女をぶら下げてあらわれた。サミュエルが入ってくると同時に、紅茶のいい香りが部屋に広まる。
その女の人に、龍人が声をかけた。
「もう支度ができたのかい。痛みはどう?」
「バッチリオッケーよ! 形もきれいだし気に入ったわ。いつもありがとう、龍人先生♪」
女の人は、すらりとした腕を白鳥のように広げ、息をするのと同じくらい自然な素振りで龍人の頬にキスをした。まっすぐの長い髪がシャランと揺れる。
龍人は特に気にも留めず、何事もなかったかのように話を続けた。
「念のため今日はおとなしくしておくんだよ。彼氏に揉ませたりしたらダメだからね。明日からは普通に生活していいから」
女の人は「はぁい♪」と愛想よく返事した。
随分元気そうに見えるけど、この人はどこか具合が悪いのだろうか?
不思議に思った私は何気なく聞いてみた。
「お姉さん、何か治療したの?」
「あら、カワイ子ちゃん。始めて見る顔ね。今回は胸を大きくしてもらったの。龍人先生の腕ってすごいのよ。誰も私が元男だなんて分からないんだから」
女の人は胸を下から支えて、ポインポイン弾ませて見せた。
ユーリが顔を真っ赤にしながら驚いている。
「えっ、元男⁉」
女の人が自信満々の顔で、頬を赤らめているイーヴォの顎をさらりと撫でた。
その様子は、まるで女王様と
そして、女王様がいたずらな微笑みを浮かべながら話す。
「うふふっ! 私が美しくて分からなかったでしょ? 胸も顔も声も、全部龍人先生に変えてもらったの。性別なんて体の特徴を分類するただのカテゴリーだもの。この町では、みんなが自分の『好き』に正直に生きているの。あなたたちも自分の『好き』を楽しんでいってね。ばぁい♪」
圧倒される私たちをよそに、龍人が笑顔で手を振っている。
……この人も勢いのある人だなぁ。
トワといい、門番といい、この町の人はみんなこんなに元気なのだろうか。生命力にあふれてるというか、人懐っこいというか、距離感が近いというか……。サミュエルが苦手とする理由がなんとなく分かった気がする。
でもあの美貌。本当にすごかったなぁ。
もう少し大きくなったら……
「私も綺麗になれるかなぁ」
「シエラちゃんも何かいじってほしかったらやってあげても良いけど……」
私の言葉を聞いた龍人が、こちらに体を向けて言った。
「お母さんとお父さんの遺伝子を受け継いだ容姿が一番貴重なんだよ。この世でたった一つしかないから。もちろん、さっきの人みたいに見た目が変わるだけで人生が好転するなら、いくらでもやったら良いと思うけどね。体なんてただの魂の器だからさ。見たでしょ、あの自信満々で輝いてる姿。カッコいいよね。まあ、中身が伴ってるから美しいんだけどさ」
そこで一度言葉を切ると、優しい微笑みをさらに深め、にっこり笑って言った。
「でも僕は、シエラちゃんはそのままで十分綺麗だと思うよ」
お母さんにしか言われたことのない褒め言葉を言われ、私は顔が赤くなるのを感じた。
「そ、そう? ありがとう」
「どういたしまして」
龍人が立ち上がり、私の頭をポンポンと叩いた。
「そうだ、先に全員のサンプルを取らせてもらおうかな」
「サンプル?」
サミュエルが入れたお茶を口にしたアイザックが、訝し気な顔で龍人を見返した。
「これから僕は全力で君たちのサポートをするつもりだよ。その代わりと言っちゃなんだけど、君たちの血液を少し分けてほしい」
血液と聞いたアイザックの目が、すぐにキラリ光った。
「血液? 一体何をする気だ?」
「まあまあ、そんな怖い顔しないでよ。僕は君たち現代人と違って人間の血を飲んだり食べたりしないから」
手のひらを上にして肩をすくめる龍人が、今までの優しい雰囲気とは一変して目をぎらつかせた。
狂気をにじませる表情に、私の胸がドキンと鳴る。
「僕が知りたいのは現代人のナゾだよ。なぜ僕たち古代人と違って魔法が使えるようになったのか、なぜ四つの人種が発生したのか、なぜ魔力量に反比例して寿命が短くなるのか」
そこまで一息で言ってから、獲物を捕らえるような目で私を見た。
「なぜシエラちゃんは魔石がないのに生きているのか」
誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。
この時、私の頭の中でサミュエルの声が聞こえた気がした。
————いいか、ここから先は絶対気を許すなよ。
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