第40話 虹色の花火

 緑色の光がユーリの体に吸い込まれていった。

 今のってもしかして……。


「サミュエル、これって!」

「俺の魔石をお前にやった。大事にしろよ」


 言葉を失っているユーリが、自分の手の中の魔石とサミュエルの顔を何度も見比べる。


 サミュエルは驚いているユーリをよそに、今しがた贈与したばかりの首飾りをつまみ上げ、ポイっとユーリの首にかけた。

 胸元で緑の魔石を揺らすユーリが、慌ててサミュエルの腕を掴んで懇願する。


「ダメだ、取り消せよ! そんなことしたら、サミュエルが死んじゃうじゃないか!」

「遊びで生前贈与したわけじゃないんだ。シルビアをさらいに行くなら戦力を上げる必要がある。残念ながら俺にはアイザックの魔石が埋まってるからな。最低限機能しているから死にはしない。できればこっちを押し付けてやりたいが、目玉をえぐるわけにはいかないだろ。それに」


 サミュエルが真剣な顔でユーリの目を見据える。


「シエラにガーネットの血が流れていることが漏れれば、今以上に命を狙われる可能性がある。この国では異人種間の婚姻は重罪だからな。さらに悪ければ、バーデラックに生きたままモルモットにされかねない。お前は、あいつを守ってやるんだろ?」


 一字一句逃さないように聞いていたユーリが、何かを決意したように凛とした顔でサミュエルを見上げた。


「……うん! ありがとう、サミュエル!」


 力のこもった眼差しを受け、サミュエルがユーリの頭をポンと叩く。


 かたずを飲んで全てのやり取りを見守っていたトワが「長男坊、素敵だわ!」と興奮して頬を赤らめた。


「長男坊って?」


 ユーリのことかな?

 きょとんとトワを見上げると、私を見たトワがにっこり笑って答えてくれた。


「サミュエルがユーリ君のこと『我が弟』って言ったでしょ。きっと孤児院の一期生として、みんなのお兄ちゃんになることにしたのよ。他人を避けていた、あのサミュエルが」

「へぇ……。そっか。サミュエルが、お兄ちゃんか」


 私とトワ、アイザックがユーリとサミュエルを見ていると、嬉しそうなユーリが満面の笑みで私たちの方に駆け寄ってきた。





 

 一度アイザックの家に戻り、荷物を背負って出発の準備を整えた。

 私は「お世話になったお礼に」と、ジャウロンの肉をアイザックの家に置いていくことにした。もちろん子どもたちは大喜びだった。


「あのね、このジャウロンを倒したのは……むぐっ!」

「余計なことは言うな」


 自慢げに話している私の口をサミュエル塞いだ。

 せっかくヒーローになれるチャンスなのに、勿体ない。


 リリーと子どもたちの見送りを受け、再び出発した私たちは、一晩の野宿を経て次の日の夕方には目的地にたどり着いた。


 森を抜けて広い場所に出ると、縦にも横にも大きい石造りの門がそびえ立っていた。

 空を覆いつくしそうな程の大きさに、私とユーリの目が点になる。


「うわぁ、大きいね! 孤児院が百個入りそう!」

「百個どころじゃないよ、千個だって入りそうだ!」


 口をおおきく開けて門を見上げた。

 すると、門番の二人が私たちの存在に気が付いたようだ。

 綺麗なお姉さんが二人、トワみたいにあちこちプリンプリンさせながら駆け寄ってくる。そしてその二人が怒涛の勢いでまくしたてた。


「あっらぁー! 珍しい人が来たわ! 誰かと思ったらサミュエルじゃなぁい?」

「あら、ほんと。やだぁ! 随分いい男になっちゃって。しばらく顔見せないから寂しかったわよ」


 一人がガバッとサミュエルに飛びかかる。


「やめろ」


 サミュエルが顔面を鷲掴みにした。しかし、女の人は全く怯む様子はない。次はアイザックに標的を移し、クンクンにおいをかぎだした。


「そ・れ・に、こっちのオジサンも渋くて素敵♪ やだ、そっちのお兄さんもかわいくてイケてるじゃなぁい? 紫の髪の毛がセクッスィー!」

「ほんっとぉぉ! クリクリヘアーで可愛い! 久しぶりにいい男のフェロモン浴びちゃった。お肌がツルツルになりそう。触ってみる? なんちゃって、うっそー! それにこっちのボクも、とってもチャーミング! トワったら、しばらく見ない間になに一人だけイイコトしてきたのよ」

 

 ……この女の人たち、なんなの⁉

 怖いぃぃ!


 二人の戦車のような勢いに圧倒された私とユーリは、「だから来たくなかったんだ」と呟くサミュエルの後ろに隠れた。

 かわりにトワが前に出て、門番の相手をしてくれる。


「こらこら、二人とも。シエラちゃんとユーリ君が怖がってるじゃない。もう少し落ち着いてくれる?」

「やだもう、こんなのただの挨拶じゃなぁい? でも、サミュエルが元気そうで良かったわ。トライアングルラボに行くんでしょ?」


 門番の二人がキャピキャピしながら持ち場に戻り、石造りの門を開けてくれた。


「すべての個性が許される町、ダイバーシティへようこそ! 楽しんでいってねん♪」


 門番が扉を撫でると、大きく重厚な門がゆっくり開いていった。

 私たちに手を振って見送ってくれる。


 ……出会った時、トワのことを台風みたいだって思ったけど、門番の二人は竜巻みたいだ。なんだかすごいところに来てしまった。


 到着早々怖気付いた私は、恐る恐る門を潜った。


「うわぁぁぁっ!」


 ダイバーシティの中は見たことのないお店がたくさん並んでおり、私はキョロキョロ見渡した。

 良い匂いのする屋台や、小人が店番をする小さなお店、五秒ごとに屋根の色が変わる建物や全てが透けて見える建物。中からほとんど裸の人が私たちに手を振る。


 今度は表通りをまっすぐに見た。

 広い通りに、色鮮やかな着物をまとった人やツルツルの服を着た人、赤い髪の毛を逆立てた人、金髪を空高く盛り上げた人など、色んな人が歩いている。


 どこを見ても色鮮やかで、同じ人は二人としていなかった。それに、顔だけでは男か女かも区別ができない。


「すごいところだね!」


 私は華やかで珍しいものだらけの町並みに興奮し、いつの間にかユーリの腕を掴んでいた。


 少し先の通りの真ん中に、なにかが浮かんでいるのが見えた。少し近づくと、虹色の髪の毛を七本のみつあみに編んだ人だと分かった。


 その人は杖からピンクのリボンを出し、空に飛ばして大きなハートマークを描いた。ピンクのリボンが弾けて七色の花火になると、目の前にいるカップルを包み込むように火花が降り注いだ。カップルは腕を組んで嬉しそうに空を見上げている。


「すごい、七色の花火だ!」

「うふふ。あれは、二人の愛がいつまでも続きますようにっていうおまじないなのよ。シエラちゃんもやってみる?」

「ふえっ⁉︎ や、やらない」


 私はブンブン首を振った。

 花火は見たいけど、永遠の愛を誓うほどのヒーローにはまだ出会っていない。

 妖艶な笑みを浮かべるイーヴォが「僕が一緒にやってあげようか」と名乗りを上げたが、アイザックの睨みと足が飛んですぐさま一蹴された。


 活気のある通りを真っ直ぐ進んではずれまで来ると、華やかな町に似合わない質素な建物が目に入った。小さくて、サミュエルの家の物置小屋くらいの大きさだ。


「ここがトライアングルラボの入り口だ」


 入口の前で立ち止まると、サミュエルがシジミちゃんを空に飛ばし、私に向かって忠告する。


「いいか、ここから先は絶対気を許すなよ。お前はすぐ人を信用するからな。龍人りゅうじん芽衣紗めいさだけは絶対疑ってかかれ」

「わ……わかった」


 ……サミュエルがそんなに警戒するなんて、一体ここにいる人はどんな人なんだろう。


 ここにいる人物も不安ではあるが、同時に、ここは私の遺伝子の異常を治してくれるかもしれない、唯一の希望の場所でもある。

 期待と不安を抱え、私はギュッと手を握りしめた。


「もう、サミュエルったら。龍人様も芽依紗様も、そんな極悪人じゃないわよ」


 ブーブー言いながらトワが中に案内してくれた。





 外から見たら木造の建物だったのに、中に入ると白いなめらかな素材でできた建物だった。石でできてるのだろうか。

 天井には灯花が埋め込まれているのか、等間隔でピカピカ光って中を照らしている。


 私たちはトワを先頭に階段を下って行った。

 みんなも緊張しているのか、誰一人として喋る人はいない。滑らかな壁が私たちの足音を反響させる。

 階段を下りきると、縦に細長い六角形の形をした廊下に出た。廊下をそのまま進んでいくと、中央に大きな円盤がある広い部屋にたどり着いた。


 私たちが部屋に入るやいなや、ラッパのような大きな声が部屋にこだました。


「ようこそ、トライアングルラボラトリーへ!」

 

 突然聞こえた大声にビクッ体が縮み上がる。


「うわ、なに⁉︎」


 声の出どころを確かめようと部屋を見渡す。

 正面の暗がりで揺れる影。

 興奮で目をぎらつかせた白衣姿の男が、両手を広げてあらわれた。


「長い間この時を待っていたよ、運命の少女シエラ!」

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