第27話 サミュエルの過去

「……そこまで心配するってことは、サミュエルはそこで何かされたの?」


 わたしの言葉に、サミュエルがグッと口をつぐんでわたしを睨んだ。


「うぎっ……」


 睨まれると思っていなかったわたしは、驚いて変な声が出た。


 サミュエルのことを理解しようとしただけなのにそんなに睨まなくても……。それでなくても人相悪いのに、ちょっと怖いよ!


「シエラちゃんをそんな目で睨まないで。シエラちゃんは何も悪くないでしょう? もしよければ私が説明するけど」


 サミュエルの返答を待つトワだったが、返事が返ってくる気配はない。

 それをイエスと捉えたトワが話し出そうとした。


「あのね、実は……」

「やめろ。お前は余計なことを口走るだろ。……俺が説明する」


 サミュエルが唸るようにトワを遮り、ため息を一つはいた。そして、少し間を置いてから観念したように言葉をゆっくり紡いでいく。


「俺は、六歳の時に一度死んでいる」

「えっ!」


 わたしとユーリ、カイトは驚いて息を飲んだが、お母さんだけは驚いていない。


「一度死んだってどういうこと?」


 サミュエルもアンドロイドなの?

 いや、トワはアンドロイドは魔法が使えないって言っていたから……

 

 一度間を置いて、再びサミュエルが話し出す。


「六歳の時に、アイザックというシルバーが父を訪ねてきた。だが、そいつは父を殺しにやってきた男だったんだ。その男に目の前で両親が襲われ、母が殺された後に俺も頭を割られた。それから……」


 言葉を詰まらせたサミュエルが目を閉じた。


「父が、俺を治癒してくれたが、右目を再生する前に父が魔力を使い果たして死んだ」


 サミュエルが伏せ目がちに続ける。


「さらに六年後、ある理由でアイザックが再び俺の元に戻ってきた。なんのいたずらか、その時あいつは俺の目を再生させた。しかも、忌々しい呪いをかけて」

「……呪い?」

「この目は、アイザックの魔石で作られている。俺が自分でえぐり出せないようにな。俺は一生、両親の仇と共に生きなくてはならない」


 そこまで言うと、冷たい視線をトワに向けた。


「それを、トライアングルラボの兄妹が面白がって、研究だなんだと言っては俺を実験台にしたんだ。他人の魔石でできた目を持つ、珍しい検体だからってな」


 全員の視線がトワに集まった。

 きょとんとしたトワが、にっこり笑って場違いに明るい声を出す。


「やだぁ、みんなおっかない顔して。実験台なんて大げさよ。ちょっと健康状態をチェックしただけじゃない。それに、お互い利益があったんだからウィンウィンだったはずよ」

「あいつらの興味は度が過ぎている。特に龍人りゅうじん。一見羊のように見えるが、中身はサイコパスだ。関わらないにこしたことはない。だから、俺はあいつを孤児院に置いておくのは反対だ」


 サミュエルの壮絶な過去に、わたしは言葉を失った。ユーリもなんと言っていいかわからないようだ。お母さんも困ったように眉を寄せている。

 すると、様子を伺っていたカイトが意見を出した。


「じゃぁ、俺がエマを監視しているっていうのはどうだ?」


 今度は全員の視線をカイトが集める。

 急に注目され、カイトが肩を竦めた。


「元はと言えば俺たちが来たことが原因だし、屋根と飯と安全な生活があるなら命をかけたっていいと思ってる。俺たちには今までそれがなかったからな。だから、エマが変なことをしないように俺が見張ってるよ。それでいいだろ?」

「うふふ! 可愛い監視員さんね!」


 トワがニコニコ笑っている。自分たちに変な疑いがかけられているのに、全く気にしていないようだ。

 それと正反対に、サミュエルが深いため息をついて言った。


「はぁ。安全のために命をかけるって、本末転倒だな。それに、お前みたいなガキがアンドロイドに敵うと思うのか?」

「なんだよ。これでも俺は盗賊団にいたんだぞ! もし俺が頼りないんなら、戦い方を教えてくれよ。ジャウロンを倒せるくらい強いんだろ?」

「はぁ⁉︎」

「それはいいアイディアね!」


 異議を唱えたげなサミュエルを無視して、トワがパンと手をたたいて喜ぶ。


「えっ! じゃあ俺もついでに頼むよ!」


 ユーリが元気よく手を上げて特訓の仲間入りを宣言した。ユーリとカイトはやる気満々だ。サミュエルの目の前でワクワクしながら握手を交わしている。

 サミュエルは目が落ちそうなほど驚いて、「信じられない」と顔で物語る。


「うふふ! 決まりね!」

「なにも決まってない! 俺はやらんぞ」


 サミュエルが「どこからこうなったんだ」と、腕を組んで渋い顔をしている。 

 一部始終を見守っていたお母さんが、クスクス笑って言った。


「じゃあ、エマについてはカイトが注意してみてくれるっていうことで決まりね。いいわね、サミュエル」

「……良くない……が、孤児院長が決めたなら俺はなにも言わん」


 サミュエルが子どものようにプイッと拗ねて横を向いた。

 そして不服そうに言葉を付け足す。


「くれぐれも、他の子どもたちに今話したことを言うなよ。どこで話が洩れてまた命を狙われるか分からないからな。いいか? 特にカイト」

「わかった!」


 両手をグッと握り、カイトが元気よく答えた。

 ひとまずエマの話は丸く収まったようだ。


 ……それにしても、サミュエルにあんな過去があったなんて。


 もしわたしの目の前でお母さんが殺されたら、とても正気ではいられないだろう。かわいそうだから、今度からもう少しサミュエルに優しくしてあげよう。

 そんなことを考えていると、サミュエルがため息をついて姿勢を正した。


「じゃあ本題に入ろう」


 サミュエルの一言で、みんなに緊張感が戻った。

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