第26話 エマ

「その話は外ではするな! ……とりあえず中に入ろう」


 慌てるカイトに、わたしとユーリが目を合わせた。

 これ以上余計なことを言わないよう、わたしは口のチャックを閉める。


 孤児院に入ると、お母さんと年長のファネルラ、それにサミュエルが調理場に立っていた。小さい子どもたちは、キャッキャ言いながら一階を走り回って遊んでいる。

 それを横目で見ながら、誰もいない二階の寝室へ移動した。

 寝室に入ってそっと扉を閉めると、一階の喧騒が遠くなる。

 

 カイトが、体を小さくするように背中を丸め、前かがみで座った。それに合わせて、わたしとユーリも背中をまるめて頭を寄せる。

 そして、真剣な面持ちのカイトが、悪だくみを話すように声を潜めて話し始めた。


「シエラとユーリは、魔石って知ってるか?」


 それなら知っている。

 つい先日、サミュエルから教えてもらったばかりなのだ。


「うん。赤ちゃんの時に一緒に生まれてくる石のことでしょ?」

「そうだ。今から話すことは、魔石に関してシルバーとガーネットにしか知られていないことらしい。だから、他の人には絶対話すなよ。もし余計なことを知っていると分かれば、俺たちの命なんていとも簡単に消されるからな」


 ユーリがゴクリと唾をのみ込んだ。わたしの手にも力がこもる。

 一体これからどんな話をするのだろうか。

 扉の向こうの子どもたちの声を聞きながら、若干の期待感とスリルを感じてカイトの言葉を待った。


「親方とバーデラックってヤツが話しているのをこっそり聞いた話だ。あの石は、持ち主が死ぬと消えるらしい。魔石に込められた魔力と一緒にな。でも、一つだけ石が消えない方法がある」


 そう言ってさらにカイトが身を乗り出した。おでこがくっつきそうな距離だ。

 そして、わざと小さい声で呟いた。


「それが生前贈与だ」



 カイトは、なぜ魔石の生前贈与が行われているのか説明してくれた。


 歴代のエルディグタールの王は、純潔のガーネットだ。現在の王、ジュダムーアも多分に漏れず純血だ。


 魔力が最も多いガーネット種は、どの種族が束になってもかなわないほど力が強い。その圧倒的な魔力量を維持するために、同じガーネット同士が婚姻を繰り返し、その血筋を保っている。


 ただ問題が一つ。


 魔力量と寿命は反比例するのだ。

 体の強いライオットは、魔力を持たない分寿命が長い。一方、ガーネットの寿命は、ライオットの四分の一程度しかないのだ。


 ガーネットが寿命を延ばす方法は、魔力の消費を控えること。

 そして、他人の魔力の贈与を受けること。


 現エルディグタール王ジュダムーアは二十歳を迎え、残された寿命はあと五年程になった。だから、延命のために生前贈与を行わせているのだろうということだった。

 もちろん、魔石を贈与した人間は死んでしまうのだが。



 カイトの話が終わるころには、握った手のひらが汗でびっしょりになっていた。

 ほんの数日前までは孤児院の生活しか知らず、自分の魔力さえ自覚のなかったわたしに、カイトの話は刺激が強すぎた。


「生前贈与って、そういう意味だったの……」


 自分の寿命を延ばすために他人の命を奪うなんて。この国の王様って、きっとろくな王様じゃない。

 そんなことを考えていると、ユーリが唸りながら疑問を唱えた。


「でも、魔石がなくなったら死んじゃうってことは、その王様が生きている限りシルバーとレムナントが減っていって、そのうちいなくなっちゃうんじゃないか?」

「そうだ。もうかなりのレムナントがいなくなってるらしい。ガーネットやシルバーの世話は基本的にレムナントが使われていたが、それが減ってライオットが必要になったみたいだ。それで……」

「……ここが襲われたってわけか」

 

 ユーリが悔しそうに呟いた。


「目的はわたしの血だけじゃなかったんだ…」


 カイトが申し訳なさそうに目を伏せたとき、元気な声が孤児院に響き渡った。

 トワが帰ってきたのだ。


「たっだいまー! みんなー! 新しい仲間を連れてきたわよー!」


 元気よく帰ってきたトワが、知らない女の人を連れてきた。

 トワより背が小さく、マッシュルームのようなヘアースタイルが良く似合っている。この辺では見た事がないヒラヒラした服を着ており、スカートの裾を飾っているレースがさらに女の子らしさを演出していた。


「初めまして、皆様。これからこちらでお母様のお手伝いをさせていただくことになりました、エマと申します。よろしくお願いいたします」


 おっとりした雰囲気のエマが、スカートの裾をちょこんとつまんで挨拶をした。

 かわいらしい容姿と品の良い物腰に、男の子たちが感嘆のため息を吐く。


「いらっしゃい、エマ。来てくれて助かるわ。こちらこそどうぞよろしくね」

「はい。お世話になります、お母様」


 お母さんは納得しているみたいだけど、状況がわからないわたしはポカーンとエマを見た。それに気が付いたトワが、簡単ないきさつを教えてくれた。


「ほら、孤児院に子どもが増えたでしょ? 管理者が孤児院長のユリミエラさん一人だと大変かなって思って、みんなが寝てる時に相談したの。私の仲間で家事が得意な子がいるけど、ボランティアにどうかって」


 トワがウィンクする。

 トワの仲間ってことは、エマっていう人もアンドロイドなのかな?


 わたしが状況を理解するために頭を回転させていると、エマが突然ハッと何かに気づいてお母さんに近づいて行った。

 その様子をサミュエルが横目で見る。


「お母様、ちょっと失礼します」


 エマは母の顔に触れ、目の下を指で軽く押して下瞼を見た。


「……お母様、めまいや息切れ、疲労感などはありませんか?」


 唐突な質問に思案しながら、お母さんが頬に手を当てる。


「そうねぇ、言われてみれば、たまにクラッとすることはあるかもしれないわね」

「やはり。それは貧血です。少々お顔の色が優れませんので、あまり無理なさらないでくださいね」


 話しながらも、エマが慣れた手つきであちこち触り、体温や脈拍などを次々に確認している。すっかりエマのペースに巻き込まれ、お母さんはされるがままだ。


「私はトライアングルラボラトリーという施設でナースをしておりましたので、多少医学の心得がございます。明日から貧血に良いお食事をお作りしますね」

「あら、頼もしいわね。よろしくお願いします」


 エマの心遣いにお母さんがにっこり微笑んだ。

 テキパキと問診していく手際の良さに、わたしを含め子どもたちはみんな尊敬のまなざしになっている。


 「へぇ、エマって、ナースなんだ!」


 どうりで優しそうな雰囲気なわけだ。

 それに、働く女性ってなんかかっこいい! 


 すっかりわたしはエマに釘付けだ。目をキラキラさせて見ていると、その視線に気が付いたのか、エマがこちらを向いてニコッと微笑んでくれた。その天使のような微笑みに心が弾む。


「大丈夫だとは思いますが、一応念のため採血もいたしましょうか?」

「採血?」


 初めて聞く言葉で、お母さんや私たちの頭の上にはてなマークが浮ぶ。

 みんなが「次はなにをするんだろう」と好奇心で胸を膨らませていたが、サミュエルだけは違った。一人だけ厳しい顔でエマを睨んでいたのだ。


「採血だと? お前ら、また何かたくらんでるんじゃないだろうな」

「企んでるなんて、滅相もございません! 私はただ、医師による正確な診断が必要だと判断しただけです。もちろん無理に採血したりはしません」


 サミュエルの剣幕に慌ててエマが否定した。天使のような微笑みが一瞬で曇る。


「その医師って、龍人りゅうじんのことだろ⁉︎ 信用できるか!」


 困るエマに気を使い、お母さんがその場を和ませようと笑顔で取り繕った。


「まあまあ、エマさんも好意で言ってくれてるんだし、調べた方が良いなら私は良いわよ。病気のことは良くわからないし、専門の人に見てもらった方がいいんじゃないかしら?」


 サミュエルはまだ納得いかないようで、今度はトワをギロリと睨んだ。トワは「私はなにも知りません」と、肩を竦めて目をそらす。


 エマの採血はあっという間に終わり、血液の入った小瓶を小型の次元固定装置に入れ、トワに渡した。トライアングルラボラトリーに持って帰って詳しく調べるそうだ。


 採血の後は、エマも含めて全員で夕食を食べた。その後、みんなが寝付くまで、エマが早速二階で子守りをしてくれることになった。





 子どもたちが寝静まった後。一階でカイトに生前贈与の話を聞くことになった。話に参加するメンバーは、わたしとお母さん、ユーリ、サミュエル、トワだ。

 わたしは改まった雰囲気にちょっと緊張しながら食卓テーブルに着く。


 すると、話の前にどうしてもエマのことが気になるらしいサミュエルがトワに詰め寄った。


「お前、何であいつを連れてきたんだ? 絶対なにか企んでるだろう」

「やだぁ。もう、サミュエルったら。いつからそんなに疑り深くなっちゃったのよ。本当に何にも企んでないわ。子どもが六人も増えたから大変だろうと思っただけよ」


 トワが「困ったわ」と頬に手を当てて首をかしげる。

 わたしはサミュエルとトワの様子を見てユーリと目くばせをした。


 サミュエルは、なぜそんなにトワやエマのことを疑ったりするのだろう。トワは盗賊からお母さんを助けるのを手伝ってくれたし、エマもお母さんの体のことを心配してくれているだけなのに。

 でも、争いはお互いが理解していないから起こるのだ。まずはサミュエルの考えをちゃんと聞いてみよう。

 わたしはカイトから学んだことを早速実行に移してみた。


「ねえ、サミュエルはなんでそう思うの?」


 サミュエルはちらりとわたしを見てから話しだした。


「トライアングルラボっていうのはな、こいつらを作った兄妹きょうだいがやってる怪しい研究施設なんだよ。そいつらは自分が面白いと思えばなんだってする。何をされるか分かったもんじゃない」

「あら、怪しいだなんて失礼しちゃうわね」


 トワはいつも通りおどけて口を尖らせている。

 

「……そこまで心配するってことは、サミュエルはそこで何かされたの?」


 わたしにとっては、特に深い意味のない、何気ない質問のつもりだった。

 しかし、サミュエルにとっては違ったようだ。


 トワを睨みつけていたサミュエルの目が、そのままわたしに向けられた。

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