第25話 トライアングル ラボラトリー


 白を基調とした無機質な広い部屋の中。

 黒猫のキングと、白猫のクイーンが毛づくろいをしているこの場所は、トライアングルラボラトリーという研究所だ。三角形の形をした建物の構造から、この名前がついた。


 最低限の灯りしかない、薄暗い研究室の中央には、大きな円盤が設置されている。その円周から天井に向けて光が伸びており、その中に無表情のトワが立っていた。

 一切の感情を消したトワの目には、ものすごい速さで流れていく複数の文字列が映っている。薄暗い部屋で目の中の文字だけがくっきり見え、異様な雰囲気が漂う。


 トワの前には、白衣をまとった一人の男がいた。

 男は丸みを帯びたイスに座っており、頭上で点滅している『Uploading–アップロード中–』という赤い文字に顔が照らされている。 

 目の前の空間に青い光で映し出された図面を操作し終えると、やや長い前髪をかき上げながらイスの背もたれに寄りかかり、トワを見上げた。


「今回はかなり激しい戦いだったようだね」

「はい、龍人りゅうじん様。ご期待にそった内容になっているかと」

「それは良いね。……ん? エネルギー異常のログがある」


 田中 龍人りゅうじんは二十代くらいに見える医者だ。

 図面の一部が赤く点灯して異常を告げると、身を乗り出してデータの詳細を確認し始めた。


「その件でご主人様方にご相談が。人間たちの生前贈与が始まったようです」

「またぁ? つい五百年前にも生前贈与で大変だったばかりなのに。体は進化しても、人間の浅はかな考えは変わらないね」


 龍人は「降参だ」と言うように手をあげ、呆れ顔で肩を竦めた。

 それにも特に反応を示さず、トワは淡々と話を続ける。


「アップロード中の記録にもございますが、敵に生体エネルギーを吸収するシルバーを確認しました。私の原子力エネルギーも一時的に全て奪われ、再起動までに十分程要しております。今後、同じような状況に備えてアップグレードすることは可能でしょうか」


 龍人は振り返り、遠くに向かって呼びかけた。


「聞いてるか、芽衣紗めいさ。ボディのアップグレードはできるか?」


 縦長の六角形の入り口から姿を現したのは、龍人と同じく二十代と思われる科学者、田中 芽衣紗だ。顎にかかる長い前髪に、高く括られたポニーテールが揺れる。

 

「お兄ちゃん、私に不可能があると思う?」


 部屋に入ってきた芽衣紗は、イスをくるっと反対に回してドサッと勢いよく座った。そして床を蹴り、龍人が操作している図面が見える位置までイスを滑らせる。


「ありがとうございます。それと、今回の偵察で気になることが」


 アップロード完了の文字が浮かぶと、トワは映写機のように目を光らせた。何もない空間に映し出されるホログラムの映像。芽衣紗は首にかけてあるゴーグルを装着し、椅子の背もたれを抱えるようにして映像に注目する。

 

「これです」


 トワが映し出したのは、盗賊と戦闘中のシエラだ。

 薄暗い部屋の中に、副賊長を魔法で攻撃した時の映像が光で浮かび上がった。




 映像の中のシエラが盗賊を睨み上げると、風で髪の毛が舞い上がった。


「わたしの、大切な家族を……絶対に、許さない!」


 ドォン! と青い閃光がほとばしり、映像の中の盗賊が弾き飛ばされた。

 そして、シエラがユーリに駆け寄る。


「あぁぁ、ユーリ! 今、わたしが治してあげるから!」


 ユーリの傷を治したシエラが崩れ落ちる所でトワが映像を止めると、部屋に薄暗さが戻る。



「へぇ、これはすごいね」


 映像を見た龍人が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「確か、二日前の情報では魔石も杖もないという話だったと思うけど。それなのに、これだけのエネルギーを作り出せたのかい? 面白いね。すぐにでも検体にしたい」


 龍人の言葉を聞いた芽衣紗が、ゴーグルを上げてトワに目を向けた。


「魔石と杖がないだけじゃなく、魔力の自覚も二日前じゃなかった?」

「その通りです、芽衣紗様。私とサミュエルで魔力の扱いを指南いたしました。これがその時の記録です」


 トワは、シエラが魔力の訓練中に薪を爆発させた時の映像を映した。

 それを食い入るように見ていた芽衣紗が、まるで獲物を見つけた獣のように興奮し、息を荒げて目を輝かせる。


「いいね! かわいい魔女さんか。ふふふ……この子、ますます気に入っちゃった。ここに連れてこれそう?」

「ご希望の通りに。それと、私としてはこちらのライオットにも興味がございます」


 今度は、ユーリが盗賊と戦って、相手の剣を弾き飛ばすシーンが映し出された。


「こちらのライオットも、二日の訓練でここまで剣技が上達しました。身体能力もさることながら、気のコントロールの習得が通常のライオットに比べて早いように思われます」

「へぇ、二日! 面白そうなのはシエラちゃんだけじゃなく、こっちのライオットもってことか。名前はユーリ君だったかな? 確かにこれは見過ごせないね。是非この子も検体にしよう!」


 報告に満足した龍人が円盤の光を消し、頬杖をついて問う。


「それと、サミュエルはシエラちゃんとうまくいってる様子なの?」

「はい。珍しいことに、毎食料理を作っていました」

「あのサミュエルがかい? もうしばらくはダメだと思っていたんだけどね。思ったより立ち直りが早そうだ。……少し手伝ってあげれば、面白い化学反応が起きるかもしれないね」

「私もそう思います」


 龍人の笑みが深まると、トワは口元だけで笑った。


 芽衣紗は白猫のクイーンを膝に乗せて再びゴーグルを装着すると、猫を撫でながらトワの映像を一から確認し始めた。わずかな情報も見逃さないよう、映像に食らいついている。そして、独り言のように小さな声でポツリと呟く。


「そろそろサミュエルの血液サンプリングも欲しいしね。全員そろって連れてきてね、トワ」

「かしこまりました」


 役目を終えたトワが、龍人と芽衣紗に背を向け、シエラ達の元に戻るべく薄暗い部屋を出て行った。

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