第24話 カイトの手品
声をかけられて振り返ると、そこにいたのはカイトだった。
「カイト! カイトも起きたの?」
「シエラが出ていくのが見えたから、追いかけてきたんだ。良かったら、ちょっと散歩しようぜ」
カイトは頭の後ろで手を組み、そのまま歩き出した。
カイトは昨日拉致した……もとい、出会ったばかりで、お互いのことをよく知らない。流れで孤児院に来ることになったけど、もしかしたら危険な人物という可能性もある。そうなれば、また孤児院に危険が及ぶ。それだけはなんとしても阻止しなくては。
「い……いいよ」
わたしはカイトがどんな人か見極めようと思い、孤児院の周りを一緒に散歩することにした。
探るように視線を送り合いながら角を一つ曲がった時、カイトがためらいがちに言った。
「その……悪かったな。命令に逆らえなかったとは言え、俺にも責任があるのは事実だ。それなのに、こうして受け入れてくれて、みんなには感謝してる」
「……カイト」
どうやら、思っていたよりも悪い人ではなさそうだ。
後悔を滲ませるカイトに、わたしは同情心が芽生えた。
「連れてきた子どもたちは、俺が責任を持って面倒を見る。できるだけ迷惑をかけないようにするから」
一人で問題を抱えようとするカイトの言葉が、わたし自身の言葉のように聞こえてドキッとした。
わたしは今まで、できるだけ迷惑をかけないようにしてきたつもりだし、それが正しいと思ってた。でも違った。
本当の気持ちをユーリとサミュエルに打ち明けて、受け入れてもらった時、わたしは初めて自分がこの世に生まれても良かったんだって思えた。
カイトは平気そうにしているが、きっとたくさん我慢しているに違いない。カイトが隠している心の痛みを感じたわたしは、昔の自分に話しかける気持ちで言う。
「迷惑はかけてもいいの!」
「えっ?」
「わたしも、ちょっと前までは迷惑をかけないようにって思ってた。でも、一人で全部抱えてもダメだった。余計辛くなっちゃった。でも、思い切ってユーリやサミュエルに言ったら、すぐ解決したの。それに……」
わたしはカイトにとびっきりの笑顔を向けた。
「みんな、そのまんまのわたしを受け入れてくれたんだ。自分が心配していたことが嘘みたいに! だから、困ったら困ったって言っても大丈夫だと思う。……わたしも、困った時は言ってくれた方が嬉しいもん」
カイトのことはまだよく知らないけど、申し訳なさそうに話す様子は悪い人には思えなかった。
出会った時に「生きるためにしょうがなく盗賊になった」とも言っていたし、小さいのにきっと苦労して来たんだろう。これからはカイトにも幸せになってほしい。
わたしの気持ちが通じたのか、カイトが恐る恐る訪ねる。
「迷惑……かけてもいいのか?」
「いいの!」
カイトが子どもらしい笑顔を見せた時だった。
「おい、あれ、枯れ木のシエラじゃないか?」
「あ、ほんとだ。枯れ木のシエラだ!」
「見た事ないやつと一緒にいるぞ」
村の子どもたちがわたしを見つけて、いつものように遠くから声をかけてきた。
隣では、カイトが不思議そうにわたしと子どもを見比べている。
「おい、なんなんだ? あいつら」
「あいつら、いっつもわたしの事からかってくるんだ。わたしの見た目がみんなと違って青白いからって、枯れ木枯れ木って馬鹿にするの」
「ふーん……。そういうことか」
なにかに納得すると、カイトがにっこり笑顔を浮かべ、子どもたちに歩み寄って行った。子どもたちが警戒して身構える。
「なんだお前! やるのか⁉」
「そうじゃない。今からいいものを見せてやるよ」
「な、なんだよ、いいものって!」
子どもたちの視線が集まったのを確認すると、カイトはポケットから一枚のカードを取り出した。
「よく見てろよ」
二本指でカードを挟み、子どもたちからよく見えるよう顔の前でピッと立ててた。そして仰々しく宣言する。
「今からこのカードを消す」
わざとカードを見せびらかし、反対の手で隠した。そして、バッと手を開いて子どもたちに見せると、カードがどこにもない。
「えっ⁉︎ どうなってるんだ?」
「そっちの手だ、そっちの手に隠してるんだ!」
カイトはいたずらっぽく笑い、両方の手を裏返して見せる。
「残念、はずれでした」
「ど、どうなってるんだ⁉︎」
得意げに「ふふん」と鼻を鳴らすカイトに、子どもたちは何が起きたのか分からず呆気にとられて身をのりだした。
「おっと、ここにあったか」
カイトは女の子に歩み寄ると、その耳の後ろからパッとカードを取り出した。それを見た子どもたちの口が大きく開く。
「おおおおお、お前! もしかして魔法使いなのか?」
「いや、違うぞ。これは手品だ。魔法を使えなくてもできる」
「すっげー!」
一瞬でカイトは子どもたちを虜にした。
得意げだったカイトが「もう一回!」とねだられ、顎をさすって思案顔になる。
「そうだなー。……お前らがもうシエラいじめないって約束するなら、もっとすごいのを見せてやってもいいぞ」
子どもたちがお互いの顔を探るように見て、すぐに笑顔で返答した。
「わかった! 約束する!」
「よし。いいだろう」
カイトは子どもたちと約束を取り付けると、違う手品を三つ披露した。子どもたちもカイトも楽しそうで、すっかり打ち解けている。
満足した子どもたちは、わたしにも手を振って家に帰って行った。
……すごい。あの子たち、わたしにあんな顔したことなんて、一回もないのに。
「ありがとう、カイト!」
「こんなの朝飯前だ! 盗賊団にいた子どもはみんな、最初もっと厄介だったからなっ」
歩き出したカイトが頭の後ろで手を組み、ニッと笑う。そんな余裕のカイトに、「さすが、十一歳で子どもたちをまとめ上げてきただけあるな」と感心した。
わたしならあんなに上手く解決できなかっただろう。コチニールの実をぶつけた時のことが頭をよぎる。
わたしの尊敬の眼差しを受けたカイトが、おどけながら肩を竦めた。
「喧嘩の理由なんて、ほとんどがくだらないもんだ。話し合えばたいてい解決する。さっきみたいに、話のきっかけさえ掴めれば分かり合えるんだ。きっとあいつらもシエラのことを良く知らないだけじゃないか? 争いっていうのは、お互いの理解が足りないせいで起こるからな」
「そうなんだ……」
そう言われれば、からかわれるのが嫌だと思っていただけで、わたしもあいつらの考えなんて知ろうともしていなかった。もしかして、わたしもあいつらと同じなのかもしれない。
これからは、相手のことを知るようにしてみよう。
そう思って角を曲がると、孤児院が見えてきた。
孤児院の前でキョロキョロしているユーリが見える。
「あ! シエラ! 一体どこに行ってたんだよ!」
わたしたちを見つけたユーリが走り寄ってきた。その腕には、近所の野良猫ミケが抱かれている。
「もー。目を覚ましたらシエラもトワもサミュエルもいないから、心配したじゃないか。どこに行ってたんだよ」
わたしを見てユーリがほっと一息ついた。
そこに、サンタクロースみたいな荷物を抱えたサミュエルが帰ってくる。
「あ! サミュエル! 一体どこに行ってたの?」
「お前らが食べたがってたから、ジャウロンの肉を持ってきてやったんだが」
相変わらず無表情のまま返事が返ってきたが、わたしはジャウロンが帰っ……サミュエルが帰ってきたことが嬉しくて、手を叩いて喜んだ。
そんなわたしには目もくれず、サミュエルの視線がカイトに止まる。
「カイト。後でお前に聞きたいことがある」
ふいに投げかけられた質問に、カイトが不思議な顔でサミュエルを見上げた。
「なんだ?」
サミュエルが身をかがめ、誰にも聞かれないようにカイトの耳元で囁く。
「生前贈与についてだ」
カイトの目に真剣な光が宿る。
それだけを言うと、サミュエルはさっさと孤児院へと消えて行った。
……寝る前にもサミュエルが言ってたけど、なんのことだろう。
「ねえ、生前贈与って……」
「しっ!」
「もごっ!」
カイトが焦ってわたしの口に手を当てた。
そしてキョロキョロ周りを見渡す。
「いいか、その話は外ではするな!」
言ってはいけない言葉だったんだろうか。
良くない予感に、わたしは何度もうなづいた。
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