第23話 みんなで川の字
子どもたちはしばらく大騒ぎだった。
ジャウロンを倒せるヒーローが自分たちを盗賊から助けてくれ、さらには自分と同じ孤児院出身だったからだ。
男の子たちは口々に「大きくなったら俺もジャウロンを倒しに行くぞ」と興奮している。
そんな中、取手つきのコップを握る末っ子のローリエが、うとうとして船を漕ぎだした。
そりゃそうだ。二日間ずっと緊張していたのだ。
サッと食事を済ませたお母さんがみんなに声をかける。
「さあ、みんな。ご飯は済んだ? 疲れてるでしょうから一休みしましょうね」
「はーいっ!」
おしゃべりに夢中だった男の子が急いでパンを口に放り込み、サミュエルを取り囲んでいる子どもたちが「俺が一緒に寝る!」と騒ぎ出した。子どもに群がられたサミュエルが固まっている。
「ほらみんな、サミュエルが困ってるでしょ。歳の順番で並んで寝るのよ」
「……俺も寝るのか?」
お母さんの一声で年の順に川の字で寝ることに決まった。最初は嫌がっていたサミュエルだが、子どもたちの勢いに諦めて一緒に寝ることにしたようだ。
「うふふっ。サミュエル先輩ったら、すっかりみんなの人気者ね」
「……代わってやろうか?」
笑っているトワに、サミュエルが恨めしそうに目を向ける。
お母さんがローリエを抱っこし、みんなでワイワイ言いながら二階へと移動した。
布団に入った子どもたちがあっという間に寝息を立て始め、サミュエルが額の汗を拭ってホッと息をつく。大獅子を狩ってきた時よりも疲れていそうだ。
サミュエルの隣の子だけがまだ寝付けないらしく、あくびをしながら小さい声でサミュエルに質問をした。
「ねぇねぇ、セーゼンゾーヨってどう言う意味?」
「ん? セーゼンゾーヨ?」
「うん。盗賊に捕まってる時、あいつらが言ってるのが聞こえたんだ。セーゼンゾーヨって」
「……生前贈与か⁉︎」
サミュエルの声には僅かに緊張感が含まれていた。
そして、子どもに聞き返す。
「その時、どんな話だったか覚えているか?」
「むずかしくてよくわかんなかった」
「そうか……」
サミュエルが眉間に皺を寄せた。
すると、子どもがサミュエルの顔が曇ったことを心配し、サミュエルの袖をギュッと掴む。
「また、おっかないことが起こるの?」
子どもが不安に目を潤ませたのに気付くと、「もし悪いやつがいたら、また俺がやっつけるから大丈夫だ」と言ってサミュエルがたどたどしく子どもの背中をさすってあげた。すると子どもは安心したのか、サミュエルに抱きつくように眠ってしまった。
わたしはそれをホッコリしながら眺めて寝返りを打つと、目と鼻の先でじーっとわたしを見ているトワと目が合った。
「うわ、びっくりした。そんな近くでどうしたの? トワ」
「あら、ごめんなさい。シエラちゃんがあまりに可愛かったものだからつい」
そう言って、トワが恥ずかしそうに口元まで布団をたくし上げた。その様子は、まるで初恋をしてる乙女のようだ。
「もう、トワったら。トワは眠くならないの?」
「私? 私は寝ないわよ。睡眠は必要ないの。寝るのではなくて、必要時だけシャットダウンはするけど」
トワの言葉はなんだかよく分からなかったが、多分寝なくても大丈夫だってことだろう。
「うーん……と、次はいつ、シャット……ダウン? をするの?」
「そうね、厄介な敵さんが出てきたから、すぐにでもモデルチェンジした方が良さそうね」
「厄介な敵?」
「そうだ、シエラちゃんは気を失ってたから知らないのよね。サミュエルが最後に戦っていたバーデラックって言う敵がいてね、あいつがみんなのパワーを吸い取る能力を持っていたのよ。それで、私の中のエネルギーを一回全部吸い取られちゃったの」
最後に戦っていたと言うと、あの灰色の男のことだろう。
そこに、まだ起きていたらしいユーリも会話に加わる。
「あの時は本当にびっくりしたよ。トワが前に出てくれたから助かったけど、俺、トワが死んじゃったと思ったんだぜ? いきなりグチャッて地面に崩れ落ちてさ。あれは本当に怖かったよ。シエラに続いてトワだろ? そしてサミュエルまでやられそうになってさ。シエラがあの時目を覚ましてくれなかったら本当にヤバかった。自分の目の前で次々に仲間が倒れる経験なんて、もう二度としたくない」
ユーリが思い出して身震いした。
わたしはトワがグチャッと崩れている姿を想像して身震いした。それを目の前で見たユーリはもっと恐ろしい思いをしたのだろう。ユーリの顔が青いのは、疲れのせいだけではなさそうだ。
「心配させてごめんね、ユーリ」
「うふふ。驚かせちゃったわね。私はなかなか壊れないし、壊れても大抵は直せるから覚えておいて。でも、あの時は私もユーリ君がどうにかなったらどうしようって、百年ぶりくらいにドキッとしちゃった」
「百年ぶり⁉︎」
規格外の数字に、目の前で星が飛んだ。
「それで、『エネルギーを全部吸い取られちゃった』って、魔力が無くなったわたしみたいになったってこと?」
「まぁ、近いかもしれないわね。でも、私の場合は体の中にエネルギー源が埋め込まれてて、自分でエネルギーを作れるの。あと八千万年持つエネルギーがね。だから、少し時間がかかったけど自然と動けるようになったのよ」
そう言ってウィンクした。
「八千万年……」
どこかで聞いたような……。
思い出そうとしてみるが、難しい話を聞いているうちに段々瞼が下がって来た。これ以上何かを考えるのは無理だ。
「うふふ。シエラちゃんは疲れたでしょう。そろそろ寝ましょうね」
頑張って目を開けようとしていると、トワがお姉ちゃんみたいに優しく抱きしめてくれた。ふわふわの胸があまりに心地よく、わたしは眠気に
目を覚ますと、太陽が傾き空が赤く染まり始めていた。
寝ぼけ
どこに行ったのだろう。
わたしはみんなを起こさないようにそっと布団を出て、孤児院の中を探した。しかし、サミュエルとトワの姿はどこにもない。
慌てて外へ飛び出し、きょろきょろと二人の姿を探すがやはり見当たらない。
「サミュエルもトワも、もういなくなっちゃったのかな」
サミュエルの小屋を出る時に、「お母さんたちを助ければ、もう二度と会えないかもしれない」と覚悟を決めたはずだった。でも、いざいなくなるとやっぱり寂しい。まだ温かさを残す日差しの中で、わたしはそっとため息を吐いた。
「せめて、お礼だけでもきちんと言いたかったな」
思えば、灯花を取りに孤児院を出たのは二日前の今頃だった。たった二日だったが、サミュエルとトワはわたしに魔法の使い方を教えてくれ、自分の押し殺していた気持ちにも気づかせてくれた。そして、命をかけてみんなの救出も手伝ってくれた。
二人にどうしてもお礼が言いたい。
そう思って孤児院の裏山を振り向いた時、誰かに声を掛けられた。
「もう起きたのか?」
わたしは期待を胸に振り返った。
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