第22話 子どもたちのヒーロー

 うっすらとわたしの意識が戻り、わずかに動く瞼を薄く開ける。

 そこには、いるはずのないサミュエルがいた。そして知らない男と戦っている。

 

 ……わたし、どうしたんだっけ。


 体が重くて頭もはっきりしない。まるで夢の中にいるようだ。サミュエルの剣が放つ緑の淡い光だけが、暗闇の中を流れ星のように舞う。


 ……これは現実だろうか。それとも夢の中なのだろうか。


 綺麗な光の放物線は、どこか現実味がない。

 ボーっとする頭で眺めていると、知らない男が膝をついたサミュエルに近寄り、剣を向けた。


 ……だめ。


 わたしの中で、サミュエルはすでに他人ではなくなっていた。

 これが夢だとしても現実だとしても、サミュエルを助ける理由には関係ない。

 指先に当たった小石を手繰り寄せ、震える手で握ると、サミュエルを狙う男に向かって力の限りに投げつけた。


 ……お願い、届いて。


 小石は闇に紛れ、誰にも気づかれずに真っすぐ飛んで行った。そして、狙い通り男の頭に当たると、男の気が一瞬散ったように見えた。

 その隙をつき、サミュエルが男の胸に剣を突き立て貫いた。そして、男が消えるとヒュンッと剣を振り、涼しげな顔で鞘に納めた。


「は、はは。かっこよ……ヒーローか」


 わたしは地面に頬をつけ、夢うつつのままほほ笑んだ。

 戦いが終わると、サミュエルがまっすぐわたしに向かって走ってきた。


「シエラ、大丈夫か?」


 心配そうな顔で片膝を立ててしゃがみ、その膝に乗せるようにわたしを抱き起こす。


「サミュエル、また会えたんだね」


 今何が起きたのかも理解していなかったが、もう会えないかもしれないと思ってたサミュエルが目の前にいることが嬉しくて、わたしは力なく微笑んだ。


「バカ。そんなこと今はどうでもいいだろう」

「バカって言う方がバカなんだよ……」


 再び薄れゆく意識の中、他愛もないやりとりに幸せを感じつつ、わたしは命のともしびを消そうとしていた。


「おい、寝るな!」


 サミュエルがわたしの頬をペチペチ叩いた。

 それでもわたしは、薄れゆく意識に抗うことができなかった。いや、最後の瞬間に独りぼっちじゃないことが嬉しくて、これで良いと満足したせいかもしれない。

 そして、月明りもサミュエルの顔も何も見えなくなり、本当の暗闇が訪れた。


「くそっ!」


 サミュエルは悔しそうに歯を噛み締めると、長い髪を乱暴にかきあげ、両方の目でわたしを見つめた。こげ茶色の左目。そして右目は、淡い緑色だった。


「生きろ……シエラ!」


 その囁きとともに、わたしの額とサミュエルの額が合わさった。


 もう何も見えなくなったわたしの目に、淡い緑の光がさし込む。

 そして、じんわりと優しく温かい感覚が、ゆっくり体に広がり始めた。


 ……この感覚には覚えがある。


 足の傷を治してくれた時、わたしの泣き腫らした目を治してくれた時、サミュエルが癒しを与えてくれた時の感覚だ。


 サミュエルの癒しが流れ込むと、次第に青白い頬に血の気が戻り、体が熱を取り戻しはじめた。そして体が温かくなると、再び魔力がぐるぐる巡りだす。


 眠りから覚めるようにゆっくり目を開けると、サミュエルの両方の目がわたしを心配そうに覗き込んでいた。


「あれ? サミュエル? どうしてここにいるの?」

「戻ったか……」

「わわわっ!」


 サミュエルが感情を隠しもせず、ホッと息を吐いた。そして、グイッと引き寄せられたかと思うと、わたしを抱えたままドサッと地面に倒れこんだ。


「はー、まさかシルバーが絡んでいたとは。ここまで面倒なことに巻き込まれるなんて思ってなかったぞ!」

「サ、サ、サ……」

「うるさい。疲れ果てて俺はもう動けん。黙ってじっとしてろ」


 わたしはサミュエルの胸の上で顔が熱くなるのを感じた。

 ユーリ以外の男の人がこんなに近くにいるのは初めてで、ちょっと緊張してしまう。ユーリより胸が広いし、胸も腕も筋肉質でゴツゴツしている。


「えーっと、なにがどうなったのか」

「あらっ、ずるーい! 私も混ぜて頂戴!」


 なんとか状況を把握しようと頭をひねっていると、トワが私の隣に来て横たわった。


「なんだトワ、今頃復活したのか?」

「もー、大変だったのよ? もうちょっと早く来てくれてもいいのに」


 ……そういえば、わたしもサミュエルと初めて会った時、そんなことを思ったなぁ。

 出会った時のことを思い出していたら、つい無意識に口から出てしまった。


「サミュエルって、いっつも来るのが遅いんだね」

「あ? なんだと? せっかく助けてやったのに。もう一回言ってみろ」

「うみゃぁ!」

 

 サミュエルがぎゅっとわたしの頬っぺたをつねったので、変な声が出てしまった。


「やめひぇぇ~」

「だめだめ! 私のシエラちゃんにそんなことしないでよっ」

「面倒に巻き込んだ罰だ」


 ぐいぐいつねられたほっぺたをトワが優しく撫でてくれた。と思ったら、そのままムニムニつまんで遊びだした。まだ力が入らないわたしは、されるがまま揉みしだかれる。


「みゃぁぁっ、やめひぇぇ」

「柔らかいほっぺ!」


 三人で戯れているところに、ユーリがよろけながら歩いてきた。


「おい、シエラもトワも、大丈夫なのか?」

「うふふ! ご心配をおかけしました。私は大丈夫よ。ユーリ君も大変だったでしょ? こっちで一緒に休みましょう」


 トワがわたしの頬っぺたを揉みながら、心配そうな顔のユーリを見上げてウィンクした。


「とりあえず、みんな無事だったんだな。あぁ、よかったぁぁぁぁ!」


 大きなため息をついたユーリも、ドサッとその場に倒れて横になった。


「ねぇねぇ、一体何が起きてたの? 教えてよ!」


 一人だけ状況が分かっていないわたしに、説明しようと口を開きかけたユーリだが、言葉を選んでる途中でなぜかクスクス笑い出した。それに釣られてトワが笑い、二人に釣られてわたしも笑った。

 そのとき、わたしのお腹がぐぐぅ~っと鳴った。


「安心したらお腹空いちゃったね!」

「シエラは食いしん坊だな」

「頼むからもう少し休ませてくれ……」

「うふふふ! 楽しかったわね!」


 朝日が登り、四人に太陽の光が降り注いだ。


 



「それでね、ユーリが副賊長っていうイノシシみたいな顔で山みたいにでっかい悪いやつにバッキーンって凄い勢いで切りかかったの! そしたら、悪いやつが吹っ飛んで、そいつの剣もヒュンヒュンヒュンって百メートルくらい飛んでってね」


 わたし達は体力の回復を待ってから、大きな鳥に乗って孤児院に帰ってきていた。


 孤児院に着くと、わたしはお母さんに縛り直してもらったツインテールを揺らして、身振り手振りに尾ひれをつけながら自分が見たユーリの武勇伝を子どもたちに語っていた。

 何を隠そう、お話の臨場感を演出するのは大の得意なのだ。孤児たちはいつも楽しそうに話を聞いてくれるし、今日はカイトたちが加わってギャラリーが多いので、ついつい話し手のわたしも力が入ってしまう。


「えぇ⁉︎ ユーリって、そんなに凄いのか⁉︎」

「ユーリかっこいい!」


 子どもたちの目が羨望の眼差しでキラキラ輝く。だんだん興奮してきた末っ子のローリエが、手に持っていたコップをうっかり倒してしまい、年上のファネルラが拭いてあげていた。

 子どもたちの視線を集めたユーリが、耳を赤くして助けを求める。


「おい、なんとかしてくれよ」


 ユーリに助けを求められたサミュエルは、憐れむような顔を向け、返事の代わりに無言で眉毛を上げた。

 しかし、武勇伝はここでは終わらなかった。


「それで、わたしは途中で意識を失っちゃったんだけど、目を覚ましたらそこにいるサミュエルがね、ズババババァ! って光る剣を振り回して、ボスをグサァ! ってやっつけたの。そしてコチニールの実が百個潰れたみたいにビッシャァ! って」

「ひ、光る剣⁉︎」


 今度はサミュエルの武勇伝だ。わたしは椅子の上に膝立ちになり、テーブルに身を乗り出して再現しながら話した。それを子どもたちが手に汗を握りながら聞いている。

 光る剣の登場で男の子から歓声が上がり、コチニールを例に出した時は女の子が恐怖で肩を寄せ合った。その様子に、今度はユーリが憐れみの目でサミュエルを見上げる。

 カイトは、「最初にいなかったヤツだよな。遅れてきたのか?」と口を挟んだ。


 そこに、焼けたばかりのパンと暖かいスープを持ったお母さんがやってきた。

 いい匂いが孤児院にたちこめる。


「もう、シエラったら。うるさくてごめんなさいね」


 一人一人の前にパンとスープが配られ、サミュエルがパンをちぎって食べた。


「うふふふ! シエラちゃんが楽しそうで、私もなんだか楽しいわ!」


 トワがいつも通り楽しそうに笑う。


「それにしても、今回は迷惑をかけてごめんなさいね。あの時、あなたのことしか頭に浮かばなくて、咄嗟にあなたの元に行くよう二人に言ったの。色々助けてくれて、本当にどうもありがとう」


 わたしが話に夢中になってると、お母さんがサミュエルとトワに頭を下げた。

 感謝の言葉を受け、サミュエルは口を開こうとしたが、何かを言いあぐねている。

 それに構わず、ユーリが口を開いた。


「なあ、そういえば、なんで母さんはサミュエルのことを知っていたんだ?」


 みんなの武勇伝を語り終えた私は、ユーリの言葉にピクッと反応した。

 わたしもすごく気になる話題だ。是非とも聞きたい。

 ユーリとサミュエルはどっちが強いかで論争を始めていた子どもたちも、そろってお母さんの言葉に注目した。


 お母さんはキョトンとユーリを見てからニッコリ笑った。


「サミュエルが照れるから、今まで言わなかったんだけど……」


 そう言って一度言葉を切りサミュエルの様子を伺うと、サミュエルは観念したように目を瞑った。

 それを了承と捉えたお母さんが言葉を続ける。


「いつもジャウロンの肉を差し入れてくれてたのはサミュエルなのよ」

『えぇっ! そうなの⁉︎』


 わたしとユーリが同時に叫び、周りの子どもたちも目と口を大きく開けて驚いた。巨大なジャウロンを倒すのは、全ちびっ子の夢なのだ。

 子どもたちが口々に騒ぎ出して騒然となった。


「あんなでかいの、一人じゃ食い切れないだけだ」


 不貞腐れたように言い捨てるが、心なしかサミュエルの耳が赤い。トワが口に手を当て、横でニマニマしている。


「うわぁぁぁ! お兄ちゃんすっげぇぇぇ!」

「一人で倒すのか? どうやって倒すんだ?」


 男の子たちがワイワイしながらサミュエルの周りをとり囲んだ。子どもたちに質問攻めにされ、うろたえているサミュエルを見るのはなかなか新鮮だ。

 わたしが、「あのゴツゴツした筋肉で倒すのね」と独り言を呟くと、トワがなになに? と興味深げに身を乗り出した。


 しかし、ジャウロンの栄光はお母さんの次の言葉でさらに上書きされた。


「あと、この孤児院に最初にいた子がサミュエルなのよ」

「えぇぇぇぇ⁉︎」


 お母さん以外の全員が驚き、トワが「みんなの先輩ね!」と呟いた。自分の素性までバラされると思ってなかったのか、この中でサミュエルが一番驚いて顔を真っ赤にしている。

 孤児たちは、自分と同じ境遇にいた子どもが大人になってジャウロンを倒したことに強く衝撃を受け、全員が自分の未来に希望を持った。


 サミュエル先輩はこの日、間違いなく孤児院のヒーローになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る