第21話 人質救出 後編

「シエラ?」


 傷みが消えたので、お礼を言おうと顔をあげたら、シエラが俺の膝の上に崩れ落ちてきた。俺が治って安心したのだろうか。


 俺は、シエラが「ユーリが無事で良かったぁ!」とホッとする姿を期待して揺さぶってみたが、想像と違いシエラの体がグニャリと曲がる。

 シエラは意識を失っていた。その時、俺の頭の中に「魔力が枯渇すると死ぬ」と言ったサミュエルの言葉がよみがえった。


 ……まさか、シエラが死ぬなんてこと、ないよな?


「シエラ? ……シエラ⁉︎」


 繰り返し名前を呼ぶが、ピクリとも動かない。

 まさか、シエラは死んでしまったのか?

 やっと事の重大さに気が付いた時、母さんが走ってきた。


「ユーリ、シエラ、大丈夫?」

「母さん、シエラが!」


 母さんもシエラに呼び掛けた。あんなに会いたがっていたのに、シエラからの返事はない。

 なす術もなく俺が途方に暮れていると、盗賊を片付けて出てきたトワが走ってきた。その後ろからカイトたちも続く。


「シエラちゃん、どうしたの?」


 ポカンとした顔で取り囲む子どもたちをかき分け、トワがシエラの顔をのぞき込む。


「多分、魔力を使いすぎたんだ。盗賊を魔法で吹っ飛ばした後、俺の傷を治してくれたんだ」


 引き裂かれて血塗ちまみれになった俺の服と足元の血だまり、そしてすっかり傷の癒えた腹部を見ると、トワが顔を歪めて歯を噛みしめた。


「想定外だわ。早く何とかしないと、魔力の循環が止まってしまう!」

「そんな! ……どうしよう!」


 常に余裕だったトワの初めて見せる表情に、シエラの命が尽きかけていることを嫌でも悟らされた。


 ……くそ! もしあの時、俺が油断しなかったら!


 簡単に騙されてしまった後悔が波のように押し寄せる。

 その時、アジトの方から誰かの高笑いが聞こえた。


「ほーっほっほっほっ。石を持たないシルバーが存在すると言う話は本当だったんですね」

「誰だ!」


 振り向くと、アジトの方から体の大きい男と灰色の髪の毛の痩せ細った男が出てきた。

 手に持っている灯花に下から照らされ、男たちの顔が不気味に浮かび上がる。


 一人はシエラのように色の薄い灰色、ということは、かなりの魔力を持っているのだろう。


「こんな時に、まだ敵がいるなんて」


 トワが男たちを睨んだ。


「早くなんとかしないとシエラが……!」


 俺は、目の前にいる敵がシルバーでこれから自分が殺されることよりも、シエラが助からないことの方が怖かった。


「あなたたち、どこから出てきたの⁉︎ 全部倒したと思ったのに!」


 トワが男たちを睨んだ。


「一番奥の俺の部屋で、そいつについての商談があってなぁ。悪りぃが登場が遅れちまった」


 大男がシエラを顎でさして下品に笑い、こちらに歩み寄ってきた。

 明らかにこいつらの目的はシエラだ。絶対渡すわけにはいかない。

 その時、トワが母さんたちに向かって叫んだ。


「あなたたち、早く逃げて! カイト君たちも!」

「でも……!」

「足手まといなのよ! あなたたちを気にしていられる余裕はないわ! シエラちゃんのためにも早く行ってちょうだい!」


 トワの言葉にとまどいながらも、母さんが子どもたちの手を引き、後ろ髪を引かれるように一度振り返ってから走り去っていった。

 とりあえず、母さんたちだけでも無事に逃げてほしい。そんな気持ちで見送る。

 

 ……あぁ、あの時俺とシエラを送り出した母さんも、きっとこんな気持ちだったんだろうな。


「おい! 待ちやがれ!」

「良いんですよ、デルマーダさん。あんなどこにでもいるようなライオットの子どもなんて、いつでも手に入りますから。むしろ、このシルバーだけ残っていれば十分です」

「はっ! バーデラック様」


 バーデラックと呼ばれた灰色の男は、蛇が獲物を見るような目で「シルバー」と呼んだシエラを見た。まるで他のものは存在していないかのように、俺もトワも見ていない。

 俺は、わざとシエラを隠すように抱き抱えた。バーデラックがつまらなそうに俺を見る。


「どうやら、死にかけているみたいですね。どれ、私に寄越しなさい。助けてあげましょう」


 バーデラックが歩み寄りながら手を伸ばしてきた。


「嫌だ!」

「ほっほっほ。それをこちらに寄越せば、あなた方の命でさえ助けてあげても良いのですよ」


 また一歩、近寄ってくる。


「絶対、シエラは渡さない!」


 そう言って体温の低くなったシエラをそっと地面に横たえ、俺は剣を構えた。

 トワも攻撃の姿勢に入っている。


「全く。分かっていませんね。下等なあなた方がどう足掻あがいたって、私には敵わないって言ってるんですよ! 烏滸おこがましい!」


 バーデラックが怒りを露わに右手をかかげ、手のひらをこっちに向けた。

 俺も攻撃を仕掛けようと剣を握って踏み出した。

 しかし、地面を蹴った瞬間、突然体の中から何かが吸い出されるような感覚に襲われ、徐々に力が抜けていった。剣がずしりと重たく感じる。


「う…………な……んだ……これは⁉︎」

「ふっふっふ。下等生物が調子に乗るからいけないんです。身の程知らずにも私に立ち向かおうなど」


 バーデラックが勝ち誇ったような笑みを向けた。

 地面にひざまずく俺の横で、トワが焦った顔をする。


「死ねぇ!!!!!」

「ユーリ君!」


 剣にもたれている俺の前に、トワが立ち塞がった。


「きゃあぁぁぁぁ!」


 悲鳴を上げたトワが一度軽く跳ね、操り人形のようにぐしゃりとその場に崩れる。光の消えた目を見開いたまま、瞬き一つしない。

 まさか、トワまで死んでしまったのか……?


「ト……ワ…………」

「ん? なんだ、これは」


 バーデラックが片方の眉を上げて自分の手のひらを見た。そしてトワに視線を移し、獰猛な笑みを浮かべる。


「ほほほほ! これは面白い。新しい研究材料がもう一体手に入りそうです。後で解体してみましょう! それよりもまずは、そっちのシルバーが先ですね」


 バーデラックが俺の横を通り過ぎ、シエラに近づいて行く。

 朦朧もうろうとする頭で足に力を込めるが、体が全く言うことを聞かず虚しく地面に崩れ落た。バーデラックがシエラの体を足で蹴り、仰向けにする。


 俺はまた、何もできないままで終わるのか……!


「おや。本当にきれいに魔力が枯渇している。仕方がないのでまずは少しだけ補充をしておきましょう。死んでしまったら研究に支障がありますから。ありがたく思いなさい」


 バーデラックはシエラの上半身を起こし、人差し指をシエラの眉間に当てた。そして、指先を白く光らせ力を込める。


「ぅう……ぁ……」


 シエラから苦痛の滲む声が出た。


「シ、エラ……ァッ」

「ふむ。最低限このくらいで良いでしょう。デルマーダさん、そちらのおもちゃは後で城に届けてください」


 顎でしゃくった先には、グチャッと崩れているトワがいた。


「分かりました。こっちのライオットはどうしますか?」

「ゴミは捨てておきなさい」

「はっ!」


 デルマーダがトワを乱暴に持ち上げ脇に抱えた。トワの四肢が力なく揺れる。


「私はこれを持って帰りましょう」


 同じように、バーデラックがシエラが乱暴に持ち上げる。


 二人とも連れて行かれてしまう。

 往生際悪く必死にもがくが、指先一つ動く気配がない。母さんたちを助けられはしたけど、自分が無力のせいで今度はシエラとトワを失ってしまう。

 敵の背中を見送る事しかできず、悔しさで涙が出てきた。


 その時。


 ズバアァァァァッと耳をつんざく爆音と巨大な緑の稲妻が走り、粉塵を巻き上げながら目の前の地面が裂けた。

 閃光の先にいたデルマーダが吹き飛ぶ。


「ぐわぁぁぁぁぁ!」


 一体何が起こったというんだ。


「ふむ。まあまあだな」


 そう言って大きな鳥からヒラリと飛び降りてきたのはサミュエルだった。出発前にトワが譲った剣を手のひらに乗せ、それを品定めをするように眺めている。

 しかしその剣は、前と違いその輪郭から淡い緑の光を放っている。


「サミュエル!」


 思わぬ味方の登場に、期待を込めてその名を叫んだ。


「何者ですかあなたは? ……まぁいいでしょう。ここで殺すので何者でも関係ありませんから」


 バーデラックが立ち上がり、手のひらを前にかざした。

 次の瞬間、鳥のように軽やかに飛び上がり、くるりと宙返りするサミュエル。緑色に光る剣をバーデラックの頭上に振り下ろした。

 予想以上の速さに焦ったバーデラックは、急いで腰に刺している剣を抜き、間一髪顔の前でサミュエルの一撃を受け止めた。合わさった剣の間から火花が散る。


「くっ……小癪こしゃくなぁ! 下等種族のくせにぃ!」


 お互いを弾き飛ばすようにして二人が一歩ずつ下がると、サミュエルが剣を振り下ろし、その弾道から敵に向かって再び緑の閃光を飛ばした。昼間のようにあたりが照らされる。

 それを見たバーデラックはニヤリと口角を上げ、手のひらを自身の前で構えた。すると、緑の閃光が音もなくバーデラックの手へと消えていった。


「……魔力を吸収したのか?」

「ほっほっほっほ! 御名答。残念ながら、その程度の魔力による攻撃は私には効きません。何度やっても同じです」


 バーデラックは手をかざしたまま余裕の笑みを浮かべた。


「それなら物理的に攻撃するまで」


 サミュエルの左目がキラリと鋭い光を放った。

 そして、地面が沈む程勢いよく右足を踏み込み、剣が放つ光を残して一瞬で突っ込んで行く。

 バーデラックは凄まじい金属音を響かせてサミュエルの剣を防いだが、その両足は攻撃を受けた衝撃で地面にめり込み、ジリジリと後ろに押されていった。


「ほ、ほほ! この力! お前は、ただのレムナントではないな?」


 押され気味のバーデラックは、額に汗を滲ませながらも目をギラギラさせて笑っている。サミュエルの剣を弾き飛ばし、再び間合いを取った。そして、さらに獰猛さを増した表情で叫ぶ。


「面白い! お前たち三人とも、全員切り刻んで研究材料にしてやるあぁぁぁ!」


 そう叫ぶと、ドンッという爆発音と共にバーデラックから全方位に衝撃が放たれた。

 草木が激しく揺れ、衝撃に触れた部分から色をなくして白く姿を変えていく。

 それが体にも届くと、またしても全身から力が奪われていった。サミュエルですら苦しげな顔をし、構えた剣が下がっている。


「今楽にしてあげますからね!」

「くっ! そんな力……いつまでも持つものか!」


 バーデラックは全身から滲み出た白い光を陽炎のようにゆらゆら揺らし、勝ち誇ったようにサミュエルを見下ろすと形勢逆転の高笑いをした。


「ほーっほっほっほ! それが持つんですよ。先程あのブリキのおもちゃから全てのエネルギーを吸い取りましたからね。細い体の割に、かなり大量でしたよ。ですから、今の私は魔力が有り余ってるのです!」


 陽炎をまとったバーデラックが、ジリジリとサミュエルに近寄って行く。

 足を進めるごとに、サミュエルの体がだんだんと下がっていき、ついには膝をついてしまった。

 後一歩のところまで来ると、バーデラックが剣先をサミュエルに向けて肘を天高く上げた。


「死ねぇ!!!」


 サミュエルが危ない!

 でも、俺にはどうすることもできなかった。

 絶体絶命の状況に絶望を感じながらサミュエルを見ていると、何かが動いた。剣が振り下ろされる瞬間、パシンッと小さな音を立ててバーデラックのこめかみに何かが直撃する。今まで意識を失っていたシエラが目を覚まし、石を投げていたのだ。

 勝利を確信していたバーデラックは、不意に感じた痛みに一瞬だけサミュエルから意識がそれた。

 そのわずかな隙を見逃さず、サミュエルの剣が下からバーデラックの胸を貫く。


「ガハッ!」


 バーデラックの口から血が噴き出した。

 そして、深く突き刺さった剣ごと、ゆっくりと体をサミュエルにもたれさせる。


「な……にィ……!」


 返り血を浴びて顔面を赤く染めたサミュエルが、底冷えのするような流し目を自分の肩にもたれているバーデラックに向け、無表情のまま敵の耳元で囁いた。


「どうだ。下等種族に、ゴミのように切り捨てられる気分は」

「おのれぇェェェ……!」


 わずかにサミュエルの口角が上がった。

 自分が下に見ていた相手から屈辱を受け、激昂げきこうしたバーデラックからかすれた唸り声が上がる。


「これで……終わると思うなよぉぉぉ!」


 バーデラックが白い光とともに姿を消した。

 後に残ったのは、体を敵の血で染めたサミュエルだけだった。

 サミュエルがヒュンッと剣を振ってから鞘に収める。


 戦いが終わった。




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