第20話 人質救出 中編

 カイトは十一歳で、子どもの盗賊の中で1番年上のリーダー役だそうだ。

 そのカイトの話によると、アジトの中に入ってすぐ右に曲がると、地下につながる階段があるらしい。

 見張りは、門番二人の他に、地下に二人。離れにある親方の部屋の前にも一人いるが、入り口からは直接見えないので、とりあえずは地下の見張りにだけ注意が必要のようだ。

 

 アジトに戻ると、カイトがそっと扉を開けて中を確認してくれた。


「誰もいない。大丈夫そうだ」


 わたしたちは足音を立てないよう、カイトを先頭に壁伝いに入って行った。

 20畳くらいの大きなリビングはぼんやりと薄暗い灯花に照らされ、無造作に置かれた大きなテーブルと椅子、上着や武器など、物が雑然と散らかっているのが見えた。整理整頓という言葉はここには存在しないらしい。


 そして、正面の壁には盗賊たちの部屋につながる模様が掘られた大きい扉が二つ、右手に飾り気のない小さな扉が一つ。小さい扉が地下への入り口だ。

 わたしたちは、僅かな音も立てないように移動し、そっとドアノブを回して下へ降りて行った。


 階段を一歩ずつ降り、地下をのぞけるところまで来て一度足を止めた。この先に見張りがいるばずだ。

 ここにいる子どもの盗賊は、カイトがうまく誘導してくれることになっている。

 わたしは息を殺してカイトの動きを待った。


「あれ、おかしいな」


 カイトが首を捻った。


「二人とも、いないぞ?」


 そこにいるはずの見張りが二人とも姿を消している。

 一体どういうこと……?


「ちょっと様子を見てくるから待ってろ」


 様子を確認するために、カイトが階段を降りて行った。

 その直後、遠くの方から声が聞こえてきた。わたしは、耳を澄まして声の主を確かめる。


「へへへ、お前がファネルラか。可哀想に、売られちまうんだってなぁ。その前に俺が可愛がってやるよ」

「いやぁ!」

「やめてください!」


 ファネルラとお母さんの声だ。

 もうすぐそこにお母さんがいる。

 声の主がわかり、ハッと息を飲んだ。


「ババアは邪魔だぁ!」


 地下に、パシンという音が反響した。


 その直後、わたしの横を風が駆け抜けた。

 わたしの後ろにいたトワが、音もなく階段を駆け下りていたのだ。目にもとまらぬ速さでカイトの横を走り去る。すぐにわたしとユーリもトワの後に続く。

 逸る気持ちで階段を降りると、薄暗い部屋の奥に廊下が続いていた。廊下の奥にある扉が開いており、すでにトワがその中にいた。トワの前には盗賊の姿。

 トワは、鮮やかな挙動で盗賊の後ろに周り、肘をまわして首を絞めた。


「……ガ……ァァ」


盗賊はすぐに目を上天させ、泡を吹いて意識を失った。そのままドサっと床に崩れ落ちる。

 ファネルラは、突然現れた黒尽くめのトワと崩れ落ちた盗賊に、何が起きたのか分からずその場に固まっていた。


「ファネルラ!」


 わたしは急いで駆け寄り、ひざまずいてファネルラを抱きしめた。


「シ……エラ……?」


 わたしは顔が見えるように少しだけ離れると、ファネルラは驚いた顔をしてからクシャッと顔を歪ませ泣き出した。


「シエラァ! 怖かったよぉ!」

「ファネルラ、もう大丈夫だよ!」


 落ち着かせるように震える背中をさすり、慰めるように頭を撫でる。

 周りを見渡すと、お母さんと他の孤児たちがこちらを見ていた。みんなホッとしたような信じられないような顔をしている。しかし、誰も大きな怪我などはなさそうだ。自分の目でみんなの無事を確認でき、わたしの緊張の糸が安心で緩んだ。


「おい! 気づかれる前に出るぞ!」


 カイトが小声で促した。

 ここからは、全員を無事に外に連れ出さなくてはならない。わたしはカイトにうなずき、急いで外に出るようみんなを促した。トワとユーリが先頭を切り、わたしはみんなの様子が見えるように後ろにつく。


 部屋を出て廊下を進み、元来た階段へ向かおうとした時だった。


「うわぁ! お前ら誰だ!」


 子どもの大声が地下に響き渡った。

 全員がハッとし、一斉に声のする方を振り向く。視線の先には、手にサンドイッチを抱えて薄暗い厨房から出てきた子どもがいた。本来ならばそこにいるはずのないわたしたちに驚き、サンドイッチをポトリと落とした。


「おい! 静かにしろ!」


 カイトが口を押さえて黙らせた。

 状況が飲み込めない子どもがモゴモゴ何かを言っており、カイトがなんとか落ち着かせようとしている。

 しかし、すぐに意識は上の階から聞こえて来る騒めきと大人の足音に奪われた。乱暴に扉が開く音、ドスドスと床を踏みしめる音、文句を言うがなり声。だんだんと近づいてくる気配がする。


「あら、万事休すね」


 トワがニコッと笑う。

 他の全員が息を飲んだ。


 そして間も無く聞こえてきた扉を開ける音。

 絶体絶命のピンチに全員の動きが止まり、わたしの背中を冷や汗が伝い落ちた。誰かがゴクリと唾をのみ込んだ音が聞こえる。


 上に戻る階段は一つしかない。どうやってみんなを無事に逃がそう。

 焦るわたしの耳に、盗賊が降りて来る乱暴な足音と怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい、うるせぇぞ! 商品に手をつけるんじゃねぇって何度言ったら分かるんだ! 次は……グァッ!」


 突然盗賊の言葉が途切れた。

 トワが一歩階段に足をかけたかと思うと、壁を蹴り、盗賊に飛び蹴りを食らわせていた。トワの動きに迷いは一切なく、舞を踊っているように軽やかだ。熊のような男が階段を転がり落ち、みんなが飛びのいた。


「ユーリ君、あとお願いね!」


 トワはそう言うと階段を登って行った。

 ユーリが床に転がっている男を目掛けて踏み切る。


綿中蔵針めんちゅうぞうしん……はぁっ!」


 全ての力を脚に集中し、ユーリが思いっきり盗賊の腹を蹴り上げた。

 渾身の蹴りを受けた男は、ピクリとも動かなくなった。


「みんな! 今のうちよ! 上がってきて!」


 上からトワの声が聞こえてきた。


 それを合図に、わたしはファネルラと手を繋いで先頭に立った。その後ろに男の子が二人、そして泣きじゃくっている一番年下のローリエを抱き抱えたお母さんがついてくる。ユーリを最後尾に、全員で階段を駆け上がった。


 階段を抜けると、トワの足元にはもう一人の男が転がっていた。

 そして飾りが彫ってある大きな二つの扉が開き、騒ぎを聞きつけた体の大きな盗賊が次々と出てきた。出てきた子どもの盗賊は、カイトがうまく号令をかけて集めている。


「さぁ、ここは私に任せてみんなは先に行って! 後で仕返しに来れないくらいコテンパンにしなきゃいけないからっ」

「ありがとう、トワ!」


 わたしはみんなを連れて外へ続く扉へと急いだ。


「おーっと! 待ちな!」


 扉を出ようとすると、外から見覚えのある大男が立ち塞がった。

 イノシシのような顔は忘れもしない。以前、わたしを食べようとして足を切りつけてきた副賊長だ。


「誰かと思ったらあの時の白い家畜じゃねぇか。ご丁寧に自分で捕まりに来てくれるとはなぁ。お前をおびき出せたなら、あいつらも少しは役に立ったってわけだな」


 嫌な思い出がよみがえり、わたしは背中にみんなを抱えるようにして一歩後ずさる。すると、剣を構えたユーリが勢いよく前に出てきた。


「お前の相手は俺だ!」


 ガキン! と金属音が響き、副賊長とユーリの剣から火花が散った。攻撃を受け止めた副賊長が獰猛どうもうな笑みを浮かべる。


「ほぉ? お前はこの前、ごみのように転がっていたライオットだな? いっちょ前に剣なんか持って。ママにもらったのか?」


 馬鹿にするような副賊長の言葉を無視し、ユーリが次々に剣を振り下ろす。そのたびに激しく金属音が鳴り響き、少しづつ副賊長の体が後ろへと後退した。その顔からは段々と余裕が消えうせ、苦しそうな表情へと変わっていく。やっと繰り出された副賊長の攻撃もひらりとユーリがかわし、逆に攻撃の後にできた隙を狙って反撃した。それをすんでのところで副賊長が剣で受け止める。


「おっと、危ねぇ。へへ、ライオットのくせに、やるじゃねえか」


 副賊長が余裕ぶって言うが、戦況はユーリが押している。


 ……すごいよ、ユーリ!


 鋭さを増していくユーリの攻撃に、副賊長はすっかりアジトの外に追い出されてしまった。道が開けたので、わたしはみんなを連れて外に出た。

 月明りに照らされ、ユーリの剣が光の筋を残しながら相手を追い詰めていく。


「やあぁぁぁっ!」


 次の瞬間、ユーリの重たい一撃が副賊長の剣を弾き飛ばし、ヒュンヒュンヒュンと放物線を描きながら遠く地面に突き刺さった。

 副賊長は悔しそうに飛んでいく剣を見たが、すぐに手のひらを上に揚げ降参のポーズをとる。


「ま、待て、待て。俺が悪かった。降参だ。もう二度とお前らには手を出さない。だからここは見逃してくれ!」


 副賊長は情けなく両膝を地面につき、ユーリに許しを請う。

 あれだけ偉そうなことを言っていたのに、敵わないとなるとその巨体を小さく震わせ涙を浮かべている。


「本当に悪かった。せめて命だけはどうか!」


 大人の情けない姿にユーリが降参を認め、剣の構えを解いた。

 その時だった。


 副賊長は腰のナイフを抜き、ユーリのお腹めがけて下から突き刺した。

 油断していたユーリはナイフを防ぎきることができず、その脇腹を掻き切られてしまった。


「うっ!」

「ユーリ!」


 ユーリは脇腹を押さえながら、痛みで顔をゆがめて膝をついた。

 手の隙間から血が滴り落ちている。

 副賊長はスクッと立ち上がり、またしても獰猛な笑みを浮かべてユーリを見下ろした。


「はっはっは! 所詮はガキだな。こんな簡単な手にひっかかるとは」


 わたしはユーリから目線を戻して副賊長を見た。

 目の前の出来事に、怒りの頂点を超えた頭が静まり返っていく。もはや、目には怒りすら浮かんでいない。ただただ見開き、目の前の敵を見据えるだけだ。

 絶対に、逃がさないように。


 副賊長を睨み上げながら、全身に巡っている魔力に意識を向けた。

 わたしの手から青い陽炎が立ち上る。


「わたしの、大切な家族を……!」


 滝のように流れている魔力を感じ、全ての魔力を指に集めた。

 自分の周りで空気が渦巻き、生ぬるい風が頬を撫でた。風に煽られた髪の毛が逆立ち、スカートがひらひらはためく。

 全身の魔力を感じると視界が暗くなり、今まで見えていたものがうっすらとした輪郭だけを残した。反対に、今度は陽炎のようにゆらゆら揺らめく気がはっきりと見えてきた。どす黒い副賊長の気の横で、ユーリのオレンジ色の気がよわよわしく揺れている。


「……絶対に、許さない!」


 副賊長の胸のあたりにある気の隙間に狙いを定め、人差し指から全ての力を放った。


主一しゅいつ……無適むてきっ!」


 ドォン! という音と共に、青い閃光がほとばしる。

 閃光はまっすぐ副賊長に向かい、その巨体を飲み込もうとした。攻撃を避けようと副賊長が焦って手を出したものの、わたしの渾身の力が込められた閃光は勢いを失わず、敵の胸元にぶつかり大きな体を空中に跳ね飛ばした。


「ぬわぁぁぁぁぁぁ!」


 遥か向こう側へ飛ばされて動かなくなった副賊長に、危機を脱したことを悟る。

 初めて大きな魔力を使ったわたしは、ふらふらしながらすぐにユーリの側に駆け寄り、肩を支えた。


「ユーリ、ユーリ! 大丈夫⁉」

「シ……エラ……。へへっ。悪い。また、助けられ……ちゃったな」


 座り込んで浅い呼吸をしているユーリ足元には大きな血だまりができている。ユーリの冷たい頬にそっと手を触れ状況を理解すると、わたしの目から滝のような涙が流れてきた。


「あぁぁ、ユーリ! 今、わたしが治してあげるから!」


 サミュエルがわたしにやってくれたみたいに、ユーリの傷口に手を当てた。そして、傷が治るようにイメージし、祈りを込めて体に残っている魔力を流した。


 お願い、神様。ユーリを連れて行かないで!


 無我夢中で魔力を流していると掌がじんわりと温かくなり、そのままわずかに残った魔力を注ぎ続けた。ユーリを失うわけにはいかない。ユーリがいない生活なんて考えられない。


「……血が止まったみたいだ。痛みも……消えてきた! シエラ、もう大丈夫そうだ。ありがとう!」


 ユーリの傷が癒えたころ、わたしはありったけの力を使い果たしていた。

 体を支える力がなくなって、ユーリの膝の上に崩れ落ちる。


「……シエラ。シエラ?」


 わたしを呼ぶユーリの声が遠くで聞こえてくる。


 本当に良かった。

 ユーリが無事で。


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