第19話 人質救出 前編

「あれが盗賊のアジトだな」

「けっこう大きいね。あの中にお母さんたちがいるのか」


 すっかり日が暮れて涼しさが増したころ、わたしたちはついに盗賊のアジトが見えるところまでやって来た。目立たないよう、木の影で腰を下ろして様子をうかがう。

 三時間ほど歩き通したのにも関わらず、アンドロイドのトワだけじゃなく、わたしもユーリもそれほど疲れていない。きっとサミュエルの準備運動で、体が軽くなったおかげだろう。


 盗賊のアジトは、自然に生えている木々と石造りの塀に囲まれていた。

 塀の中央にある鉄格子の門に立っているのは、槍を持ったガタイの良い大人の盗賊と、私より年下っぽいツンツン頭の子ども。あの二人が門番らしい。

 真夜中になるのを待ち、わたしたちは次のような作戦を決行した。

 

 シジミちゃんとトワの偵察によると、盗賊の人数は計13人。

 そのうち、親方と呼ばれる賊長が1人に、大人と子どもの盗賊が6人づつ。

 アジトは半地下を含めた2階建てで、人質はその地下にいるようだ。


 最初の障害は二人の門番。そこで、一番戦闘力の高いトワが大人の方の門番を気絶させ、わたしとユーリが子どもの方を捕まえて排除する。あとはできるだけ戦闘を避け、出会った盗賊は静かに気絶させつつ人質を救出する。

 人質を安全に救出するためには、気づかれずに済ませるのが一番良いのだ。

 もし戦闘になれば、トワを中心に人質の解放を最優先して行動する。


「それじゃ、シエラちゃん、ユーリ君。準備はOK?」

「うん!」

「うん」


 初めての人質救出に、返事をする自然と肩に力が入る。

 そんなわたしたちを見て、トワは緊張を和らげるように柔らかな微笑みを向けた。そしてアジトの方を向き、キリっと表情を引き締める。


 ……わぁ、トワかっこいい。


 初めて見る真剣な横顔は、サミュエルの剣幕けんまくよりも静かながら、それにも劣らない殺気が滲み出ていた。

 いつもあっけらかんとしているトワの新たな一面を見て、わたしとユーリが静かに驚く。


「私がまずあの門番を倒すから、その間に子どもの方をお願いね」

「わかった」


 素早い動きで、トワが物陰に隠れながら塀の角まで近づいて行った。

 こうして見てみると、トワの黒い服が上手いこと闇に紛れている。そういえば最初の出会いも闇に紛れていたし、まるで熟練されたスパイのようだ。


 わたしとユーリは、トワと反対側の塀の影に隠れ、襲撃のチャンスを伺った。

 大人の門番が、大きなあくびをするのが見える。


 間近に来ると、失敗できない緊張感が一気に押し寄せ、心臓が口から飛び出そうになった。


 ……どどど、どうしよう。覚悟してたのに緊張してきちゃった。


 バクバクする胸に手を当てた時、ユーリがわたしの肩にそっと手を置いて、「大丈夫だ」と囁いた。


 ……大丈夫大丈夫。トワもユーリもいるんだ。


 わたしは振り返らず無言でうなづき、一つ深呼吸をする。

 次の瞬間、ビュンッとトワが飛び出し、気づいた二人の門番が振り向いた。


 ……今だ!


 わたしたちが飛び出した時、すでにトワは大人の門番を気絶させていた。そして男を担ぎ、すぐにいなくなる。


 一方、子どもの門番は、トワに気を取られていたせいでわたしたちに気がつ家内。後ろからわたしが口を縛り、ユーリが武器を奪う。

 上手くいった!

 口元の布を取ろうともがく子どもを、わたしとユーリが必死に引きずって門を離れた。


 そこに、ぐるぐる巻きにした盗賊を捨ててきたであろうトワが颯爽さっそうと合流し、鮮やかな手つきで子どもの手足を縛りはじめた。


 良かった、とりあえず第一段階はうまくいった……!


 木陰に隠れると、会話ができるように子どもの口に巻いてある布をはずした。


「ぷぁっ! なんだよお前たち! な、何をする気だ!」


 あれ、この顔どこかで……。

 わたしは見覚えのある顔に、どこで見たのか思い出そうとした。一体どこだろう?


「あら、可愛い盗賊さんね」


 トワは、「おさるさんみたい」と言い頬に手を当てて微笑んだ。


「もう少し静かにしてね。あんまり騒ぐと気づかれちゃうから」


 トワが子どもののど元にナイフを突きつけウィンクした。

 キラリと月明りを照り返す切先きっさきに、子どもがブルッと肩を震わせる。


「思い出したぞ、お前! 何日か前に手紙を持ってきた女だな!」

「あら、覚えていてくれたの? 嬉しいわ」

「覚えてるも何も、なんで捕まえなかったんだって親方からこっぴどく叱られたんだ。忘れるわけないだろ!」

「あら、それはごめんなさいね。痛いことされたの?」


 トワはナイフを降ろしたかわりに、子どもの顔を両手で挟んでグニグニ揉みながらのぞき込んだ。反応を楽しんでいるようだ。

 恐怖の絶頂に登り詰めた子どもは、「ひぃぃ」と悲鳴をもらし、脂汗をにじませて体を縮こませた。黒くてツンツンした髪の毛の間から汗がしたたる。


 ん、待てよ。……ツンツン頭……?


「そうだ、思い出した!」


 キノコを採りに行って村の男に襲われた時、わたしを見ていた子どもだ!


「あなた、山でわたしのことを見ていたでしょ⁉」

「なんの話だ⁉」


 ユーリが驚いたように聞く。


「わたしが村の男に襲われた時、この子どもがわたしたちのことをジッとみていたの。あの時は気に留めてなかったけど、まさか盗賊だったなんて」

「本当か? お前、まさかシエラのことをずっと狙ってたのか!」


 ユーリが怒りの形相で子どもを問い詰め、子どもがもう一度「ひぃぃ」と言い体を縮めた。トワにしっかり顔をつかまれ、唯一自由な目だけが右に左にと動いている。


「おおおおお、俺はただ、親方に命令されたから見に行っただけだ。うわさの白い子どもが本当にいるか見て来いって」

「……それで、本当にいたから孤児院を襲いに来たってわけね」


 わたしの頭の中に、以前「白を喰えば力がつく」と言ってニヤついた盗賊の言葉が蘇った。


「わたしが狙いだったの……⁉︎」


 最初にこの子どもを捕まえれば良かったのか、そもそもわたしがいなければみんなを危険に晒すこともなかったのか。そんな考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに振り払った。

 わたしは自分を大事に思ってくれるユーリとお母さんのために、今を何とかしなければならない。まずは人質の救出だ。


「それより、人質の居場所を吐かせよう」

「そうね」


 わたしの一言に同意したトワが、すぐ子どもに聞いた。


「ねぇ、ボク。この間連れてこられた孤児院の子たちの詳しい場所、教えてくれる?」

「助けに来たつもりか? でも、親方はレムナントで強いんだぞ。お前たちなんか簡単にやられるに決まってる」

「んー、それはどうかしら?」

「たとえ逃げれたとしても親方が仕返ししに行くはずだ。そうしたら、今度はもっとひどい目に合うぞ!」


 子どもは精いっぱい虚勢をはって見せるが、どんなに強がってみてもトワに通用するはずもなく、さらにトワのペースに巻き込まれていった。


「それは困るわね。仕返しに来れないくらい叩きのめしちゃわないと」


 そう言ってトワがウィンクした。


「そんなこと、できると思うのか?」

「やっだー。できるに決まってるじゃない。私は足が速いだけじゃないのよ?」


 そう言って近くに落ちている石ころをつまみ上げた。わざと子どもの目の前に持ってくると、まるでぶどうをつぶすように、いとも簡単にプチンと石ころを砕いて見せた。華奢な指の間から砂になった石ころがポロポロ落ちる。

 子どもはまたしても体を縮めて恐怖におののいた。その様子に、トワが満足そうに笑う。


 ……トワ、容赦ない!


 トワが頼もしすぎて、わたしは心の中で拍手喝采を送った。これは本当に盗賊を叩きのめせそう。隣のユーリも、キラキラと尊敬の目でトワを見てる。


 子どもが顔中に脂汗をダラダラ流しながらわたし達を交互に睨んだ。


「そうなったら、俺たちはどうするんだよ」

「え?」

「行くところが無くって、猛獣に怯えながら野宿する生活に戻っちまうだろ! せっかく屋根のある所で寝れるようになったのに。逃げれなくて、喰われちまった子どももいるんだぞ。俺たちをまたそういう生活に戻す気かよ……!」


 子どもはこらえきれず、悔しそうな顔で泣き出した。


「わ……どう言うこと?」


 わたしは、盗賊イコールお母さんや孤児院のみんなをさらった悪いヤツとしか認識していなかったのだが、なんだか様子が違う。この子どもの様子をみると、単純にひとまとめにはできないような気がしてきた。


「俺たちだって、好き好んでここにいるわけじゃないんだ。正しいことだけでは生きていけないから、しょうがなくここにいるだけなんだ」

「ふーん、なにか事情があるのねー」


 トワが考え込んだ。


「トワ?」


 もしかして、人質救出を辞めるという話になったりしないよね……?


 そんな危惧も一瞬で終わった。


「じゃあ、みんなで孤児院に来ればいいじゃない!」

「えぇっ⁉ トワ⁉」


 来ればいいじゃないって、受け入れるのわたしのお母さんだよね?

 たしか、子どもの盗賊は全部で6人。勝手に決めちゃって良いのかな……良いわけないよね。


 責任の持てない話に、わたしは内心とても焦った。しかし、この子の言い分が正しければ、現盗賊の子どもたちをそのままにもしておけないのも事実。


「屋根があればいいんでしょ? じゃあ孤児院で良いじゃない。むしろなんで最初から行かないの! こんな盗賊のところなんかに来て」


 トワが腰に手を当てて、今度はお説教を始めた。いつの間にかお母さんと息子のようだ。


「屋根だけあったってダメだ! ご飯もないと」


 空腹の辛さなら、わたしも多少は分かるつもりだ。孤児院では少ない食材をみんなで分けて食べていたから、お腹がいっぱいになることはほとんどない。

 でもここ数日は、サミュエルのおかげでお腹いっぱいだったなぁ。

 そんなことを思ってたらつい口をついて出てしまった。


「またジャウロンが食べたいなぁ」

「ジャウロン⁉︎ ジャウロンを倒せるのか?」

「う、う、うん。わたしじゃないけど……」


 子どもの目が、恐怖の眼差しから徐々に尊敬の眼差しへと変化した。所変われど、体長五メートルはある巨大な猛獣を倒せるヒーローは、世界中のちびっ子にとって憧れの的なのだ。


 サミュエルが倒せるってことは、トワも倒せそう。


「トワも倒せるの?」

「ええ、倒せるわよ」


 トワが天使のようにニッコリ微笑んだ。

 そして、思ったよりもこの発言が良い方向に転がった。


「ジャウロンを倒せるなら、親分もなんとかなるかも知れない。……そこまで言うなら、協力してやっても良いぞ」


 子どもが真剣な表情で言った。


「えっ! 本当?」

「あぁ。その代わり、俺以外の子どもたちも頼んだぞ」

「う、わ、分かった……」


 わたしは歯切れの悪い返事をした。


「まぁ、しょうがないな。細かいことは後にして、まずはみんなを助けに行かなきゃ」


 掌を上に向け「お手上げだと」言いたげなユーリだが、とりあえずは合意してくれた。とりあえず、結果オーライかな……?


「うふふ! 決まりね!」


 トワが縄を解くと、子どもが自由になった手首をさする。


「お名前を聞いても良い?」

「カイト!」

「よろしくね、カイト君」


 子どもの盗賊、カイトが仲間になった!

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