第18話 サミュエルとの別れ

 わたしたちは、今夜の人質奪還に向けて準備をしていた。

 ユーリはトワから借りた剣の手入れや簡単な稽古に励み、わたしは……


「はぁー、緊張する。はぁー、緊張する」


 ベッドでゴロゴロしていた。

 夜に向けて休もうとするが、全然休まらない。寝てみようと思って目を閉じたものの、なぜか逆に目が冴えてしまった。

 おかしい。いつも布団に入ったら三秒で寝れるのに。


「全然寝れない!」


 毛布にくるまってみたり、足だけ出してみたり、毛布をまるめて抱き枕にしたり……ぐるぐる動きながら色々試してみたけど一向に寝れる気配がない。寝ようと思うと焦りがつのり、さらに寝れなくなってしまった。


 もぉぉぉ! せっかくお母さんたちの救出に向けて体力を温存しておきたかったのに。これじゃ逆に疲れちゃうよ。


 途方に暮れて亀のように毛布をかぶったとき、外にいたサミュエルが小屋に入ってきた。


「おい、いつまでそうしてるんだ」

「サミュエル……緊張して全然寝れないよぉぉ」

「どうせそんなことだろうと思った。ついて来い」


 このままゴロゴロしてても全然休めないし、もう諦めて起きてしまおう。

 サミュエルの誘いを受けて外に出ると、そこにはユーリとトワも揃っていた。

 トワを見つけたサミュエルが、片方の眉毛をつり上げる。


「……お前はやらなくても良いだろう」

「あら。私もチームの一員だもの。仲間に入れてちょうだい」


 一体何が始まるのだろう。

 わたしとユーリがワクワクして待つ。

 一方のサミュエルは、まったく動く気配のないトワに諦めのため息を吐き、くるっと体の向きを変えてわたしたちと向き合った。


「これから、気の循環を促す。魔法も体術も、きちんと気が巡る事で本来の力を発揮できる。つまり、準備運動みたいなものだ」

「気の循環?」

「そうだ。生き物には、目に見えない力が宿っている。魔力もその一つだ。筋肉をほぐすと体が動きやすくなるのと同じで、気の循環を促すと太刀にうまく力が乗せられるようになったり、魔力が放出しやすくなったりする。魔力をあやつるコツをつかむまでは、こうして意識的に循環させた方が良い」

「ほぇぇぇ、サミュエルっていろんなこと知ってるなぁ」


 他にどんなことを知ってるんだろうと関心していると、サミュエルの運動講座が始まった。


「では、真似をするように」


 サミュエルに教えてもらいながら、みんなで真似して準備運動をした。

 すると、次第に重力を感じたように体が重くなり、体が温まっていくのを感じた。


「なんか、眉毛の間がモゾモゾするよ」

「眉間にあるチャクラだ。うまく気が循環したんだろう」

「ほぇぇぇ」


 今度は体が軽くなり、緊張でたかぶっていた心も静まり返っていた。それに、全身に力がみなぎっているようだ。

 ユーリも変化を感じているようで、手を握ってみたり足踏みをしたりしている。


「すごいな。体がものすごく軽くなった」

「わたしも!」


 いつもよりよく動く体が面白く、わたしはそのばでぴょんぴょん飛び跳ねた。

 これならお母さんたちを助けられるかもしれない。自信も湧いてくる。


 ……待っててね、お母さん、みんな!


「どうもありがとう、サミュエル!」


 準備運動を教え終えたサミュエルは、すぐに背を向けて小屋の方へ歩いていたが、わたしが背中に向かってお礼を言うと一度足を止めて少しだけ振り返った。


「……シジミが礼を言っていた。俺はただの代行だ」


 パタパタという音と共に、シジミちゃんが飛んできてわたしの肩に止まった。

 ガラス玉の様な小さな黒い目が、わたしの顔を覗き込む。


「ふふふ、シジミちゃん。あのお城喜んでくれたのかな?」

「……お城には見えなかったが、それなりに気に入ったようだな。夕飯にするぞ」


 わたしはユーリと目を合わせて無言で微笑み、サミュエルの背中を追いかけた。その様子を、トワがニコニコ見守りながらついてくる。

 

 ……シジミちゃんが喜んでくれたなら、頑張って作って良かった!

 

 夕食は、わたしがゴロゴロしている間に仕込みを終えていたらしいジャウロンと大獅子の包み焼きだった。肉を包んでいる大きめの葉っぱから、香ばしいにおいがする。一緒に包まれている採れたて野菜が彩を添えていて、見た目もきれいだ。

 サミュエルの料理はどれも美味しいのだが、驚くべきは同じ食材なのにそれぞれ違う味わいがある所だ。多分というか、絶対料理が好きなんだろう。サミュエルはきっと料理男子なのだ。


「サミュエルって、料理が好きなんだね」


 わたしは大好物のジャウロンをパクッと口に入れながら言った。


「あ?」

「うふふふ! 料理ばっかり作ってるサミュエルは珍しいのよ。こんなに上手だったなんて私もびっくりしたわ。あなたたちが来る前は、いっつもちぎったパンばかり食べてたんだもの」


 トワが悪戯っぽくクスクス笑った。


「え! ちぎったパン⁉︎」

「そうよ。だから見て、骨と皮みたいにひょろひょろじゃない?」


 ひょろひょろしたサミュエルが、パンをちぎって口に放り込む姿を容易に想像できた。

 がしかし、既にわたしの中のサミュエルは、『美味しい料理&美味しい果物』というイメージだったので、パンばかりというのは意外だった。


「たまたまだ。お前がそういう時に限って来るだけだろう」

「そう? この十年くらいの間で料理をしてたのなんて何回見たかしら?」


 サミュエルの眉間のシワが深くなり、不機嫌オーラが全開に漂った。

 トワがまたしても「おーこわっ!」と言っておどけて見せた。トワはこのやり取りが好きなのかもしれない。

 今になっては見慣れた様子を楽しみながら、わたしは最後になるかもしれないサミュエルの手作り料理を味わった。

 出会った時は意地悪で不気味なヤツだなんて思ってたけど、毎食お腹いっぱい食べさせてくれて、気分が沈んだ時には果物で元気にもしてくれた。

 今は感謝でいっぱいだった。


 ……あれ、食べ物の思い出ばかりだな。


 そう首を傾げた時、ユーリが「おかわり!」と元気よくお皿を掲げた。「食い過ぎるなよ」と苦言を呈しながらも、サミュエルはお代わりをよそってあげていた。




 ご飯を食べたらいよいよ出発だ。

 太陽が沈みかけ、空がクロムオレンジのようにきれいなオレンジ色に染まった。盗賊のアジトに着く頃には、すっかり夜になっている計算だ。


 わたしたちは、サミュエルとシジミちゃんにお世話になったお礼を言ってから出発した。

 相変わらず無表情ながらも、サミュエルはわたしたちを見送ってくれている。


 ……短い間だったけど、色んなことがあったな。


 最悪の出会いだったけど、ここに来て本当に良かった。

 サミュエルに手を振って三人で歩き出すと、すぐにトワが立ち止まった。


「あ、ちょっと待ってくれる?」

「何か忘れ物?」

「うふふ! そう、忘れ物! すぐ終わるから」


 トワはサミュエルの元に戻り、何か話しているようだ。そして、腰に挿している剣をサミュエルに渡してこちらに戻ってきた。

 どうしちゃったんだろう。これから盗賊のアジトに行くのに、武器を持たなくても良いのかな?

 わたしと同じく心配になったユーリが聞いた。


「剣、渡しちゃっていいのか?」

「良いのよ。私、本当は肉弾戦が一番得意だから、剣があっても多分使わないわ。だから持ってても邪魔なの」


 そういうものなのかな? と不思議に思ったが、本格的な戦闘を見たことも体験したこともないわたしはそれ以上何も言わなかった。

 そして「あー! 楽しみぃ!」と、ピクニックにでも行くかのようにウキウキするトワをお供に、ついに盗賊のアジトを目指して出発した。

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