第28話 シエラの出生
「レムナントだけじゃなく、シルバーも生前贈与をしているだと?」
カイトから生前贈与についての話を聞くと、サミュエルが難しい顔で復唱した。
「うん。シルバーの魔石も必要だって言う話をしていた。それに、レムナントもライオットも沢山必要だって。今までなら、養っていけなくなった家から奉公に出された子どもだけで十分足りていたんだ。でも、それじゃ足りなくて、その……」
カイトが言葉に詰まっている。
ユーリがそれに気が付き、カイトの言葉を補完した。
「孤児院の子どもたちを連れ去ったって言うんだろ?」
それを聞いて「またここに襲いに来るかもしれないの?」と心配そうな顔をするお母さんに、隣にいるトワが気軽に言った。
「それは大丈夫! こてんぱんにしてきたから、しばらくはまともに動けないわよ。それに、エマには医療用の麻酔銃が内蔵されてるから、盗賊が万が一襲いに来たとしても片っ端から麻痺させちゃうわ!」
「でも、魔法を使えばすぐ直るんじゃないか?」
ユーリが聞くと、カイトの言葉を反芻しながら考えていたサミュエルが答えた。
「いや、ただの止血のような治癒ならともかく、大きな怪我は簡単には治せない。回復魔法は細胞の時間を早めるか、時間を元に戻さなくてはいけないが、どちらもかなりの魔力を消費する。だから、レムナントがやれば魔力の枯渇で死ぬ可能性もあるし、自分達以外に大量の魔力を使うシルバーやガーネットなどいない。数カ月は襲ってはこれないだろう。それよりも問題は、盗賊よりもバーデラックって言うシルバーだ。死んだとは言い切れん。俺に復讐しに来るか、シエラを捕獲しに来るか。どちらにしても、この孤児院とつながりがあることは分かっているはずだ」
そうだ。問題は全ての力を吸い込んでしまうバーデラックだ。
前回は間一髪助かったが、次も同じようにうまくいくとは思えない。なにより、あいつの前ではトワでさえ力を失ってしまったのだから、エマがいたとしても孤児院が危ないだろう。
「じゃあ、そのバーデラックって言う人をなんとかしなきゃいけないよね?」
わたしの言葉に、サミュエルがまた考え込んだ。
「まあ、カイトの話が正しいなら、そいつをほっとけば俺たちだけじゃなくこの国のほとんどの人間が消えるだろうな」
「ほとんどの人間が⁉︎」
トワ以外の全員の顔が曇った。
例えわたしたちが孤児院を守れたとしても、その他の人間が消えてしまっては困る。危険が孤児院だけに及んでいるのではないと知って、始めてことの重大さに気がついた。
続けてサミュエルが聞く。
「カイトは、バーデラックが何者か知っているのか?」
「詳しくは知らないけど、城で研究している人だって親方が言ってた」
「お城って、この国の王様……ジュダムーアって人が住んでるところ?」
「そうだ」
と言うことは、バーデラックは、国王お抱えの研究者なのだろう。
それを聞いたトワが、良いことを思いついたと言うようにパンと手を叩いた。
「うふふ! どっちにしても、行くしかないってことね」
楽しそうなトワを尻目に、サミュエルが心底嫌そうな顔をした。
「どこへ行くの?」
「トライアングルラボよ!」
わたしの質問に対し、トワは「シエラちゃんが来るなんて楽しみ!」と一人ではしゃいでる。
トライアングルラボは、ここよりも色々な情報が手に入りやすく、ジュダムーアが行っている生前贈与についても聞ける可能性が高い。お母さんの採血の検査だけじゃなく、バーデラックに対抗する策を練るために行く必要があるそうだ。
がっくりうなだれたサミュエルは、断腸の思いでラボ行きを了承した。
トライアングルラボへの道のりは、アンドロイドのトワで二時間半、人間が普通に歩くと三日はかかる距離らしい。
サミュエルの鳥で飛んでいく案も出たが、上空は遮るものがないので敵に居場所がばれやすくリスクが高い。なので、残念ながら地道に陸路でいくことになった。
わたしとしては、また大きい鳥で大空を飛びたかったのだが。
ということで、出発は三日後。
しばらくは戦いの疲れを癒しつつ、旅の準備だ。
全ての話が終わり、ユーリとカイト、それにサミュエルが三人仲良く山小屋へ向かった。明日は早朝から特訓をするんだと張り切るユーリに、面白そうだからとトワがついて行った。
ユーリたちがいなくなると、孤児院は一気に静寂に包まれた。
二階では、エマに見守られて子どもたちがすっかり寝静まっている。わたしとお母さんが来たことに気が付くと、エマはニッコリと挨拶をしてから、夕食の片づけをしに厨房へと向かった。
いつも、小さい子どもがお母さんとくっついて寝てるが、今日はもうみんなぐっすり寝てしまっているので、わたしはお母さんの横で寝ることにした。隣で寝るのは数年ぶりだ。お母さんと一緒の布団に入ると、温もりで心が穏やかになり、すぐに幸せな気分に包まれる。
「お母さん、ぎゅーってして!」
「あらあら、今日は甘えん坊さんなのね」
すぐにお母さんがギュッと抱きしめ、優しく背中をポンポンと叩いてくれた。
体は大きくなってきたけど、まだもう少し子どものままでいたい。その気持ちは、背中に回されたお母さんの手のおかげですぐに満たされていった。
気持ちが落ち着くと、わたしはこれからに向けて心の整理をし始めた。そのためにも、お母さんに話さなくてはならないことがある。
わたしは、子どものように甘えた声で話し始めた。
「ねえ、お母さん。盗賊のところで嫌なことされなかった?」
「嫌なことをされる前にシエラ達がすぐに来てくれたから大丈夫だったわ。本当にどうもありがとう」
「良かった。お母さんたちに何かあったらどうしようってすごく不安だったの」
わたしは消えかけのたき火のようにいつまでも燻っている不安を、お母さんの背中にギュッとしがみついて消そうとした。そして、今回の出来事で頭をもたげた思いを打ち明けた。
「ねえ、聞いてくれる?」
「もちろん。どうしたの?」
「お母さんがいなくなった時、自分が自分じゃなくなるような気がしたの。心細いって言うより、もっともっと恐ろしかった。それで、心にぽっかり穴が開いたみたいに気持ちが落ち着かなくなって、ユーリとサミュエルにいっぱい迷惑かけちゃったんだ」
「……そうだったの。辛かったわね」
そう言うと、お母さんの手が止まった。
少し顔を上げると、お母さんはちょっぴり寂しそうな、慈愛に満ちた顔でわたしを見ていた。この世に愛の神様がいたら、きっとこんな感じなのだろう。
「二人が一緒で良かったわね」
そう言うと、お母さんがわたしの頬をそっと手で包んだ。
そして、不安な時はいつも言ってきてくれたように、わたしの存在を肯定する。
「覚えておいて。あなたはこの世にたった一人の、お母さんの大好きなシエラなのよ。何があっても自分らしく、胸を張りなさい。自分が自分を好きでいられるように。あなたは生まれた時から完璧なんだから、足りないものは何もないの。あとは、シエラがどう生きていくかよ」
お母さんの優しい
いつも同じようにわたしのことを肯定し続けてくれていたのに、今日はなぜか特別に感じた。見て見ぬふりをしてきた自分の気持ちを受け入れたからかもしれない。
はっきりと理由も分からないまま、わたしの中でお母さんへの愛情が溢れてきた。
「お母さん、大好き」
「お母さんも、シエラが大好きよ」
わたしは、お母さんの匂いと温もりを味わうように、そっと目を閉じた。
そして、もう一つの疑問、今まで避けてきた疑問を聞く決心をした。
「ねえ、もう一つ聞いても良い?」
「いいわよ」
「わたし、本当は生命の樹から生まれてないの?」
お母さんが小さく息を吸い込んだ。
「もう……話す時が来たのね」
寂しげな様子に、なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったような罪悪感を感じた。そして、焦るように発言を取り消す。
「聞かない方がいいなら、言わなくても良いよ!」
「そうじゃないのよ。シエラは聞く権利があるし、いつかは話すつもりだったもの。ただ、シエラが大人になるまで待とうと思ってたから、ついにその日が来たんだなと思っただけ」
そう言うと、わたしを落ち着かせるようにそっとおでこにキスをしてから、まっすぐに目を見た。
「シエラは、優しいご両親の元に生まれたの。ただ、特別な事情があったみたい。それで自分の手では育てられなくて、やむを得ず私のところに相談が来たの。シエラを育ててくれないかって」
「特別な事情って、わたしが魔石を持っていないから?」
「いいえ、違うと思うわ」
わたしの懸念はすぐに否定された。
「シエラを連れてきた時には、『一緒にいればシエラが危険かもしれないから』って言ってたもの。それ以上のことは聞かない方が良いって言われてしまって、分からないんだけど」
「わたしが危険?」
わたしのせいで危険に陥るのか、それとも両親が危険な状態だと言うことだろうか。もしそうだとしたら、両親はもうこの世にいない可能性もあるかもしれない。
どちらにしても、詳しい事情はお母さんにも分からないようだ。
これ以上、本当のことを知るのが少し怖い気がしたが、興味に勝てず恐る恐るお母さんに聞いてみた。
「誰がわたしをここに連れてきたの?」
その質問に、お母さんが動揺を見せて口を閉ざした。
「その人って、わたしの本当の親ってこと?」
「……それは私にも分からないわ」
お母さんはその人のことを信用しているので、あえてそれ以上は何も聞かなかったらしい。
もしその人が本当の両親なら、会えなくてもいいから名前だけでも知っておきたい。なにせ、自分の出生の手がかりとなる唯一の情報だ。
わたしは、どうしても教えてほしいとかなりしつこく食い下がった。
結局、真剣に懇願するわたしに根負けしたお母さんが「誰にも言わないなら」と、その名前を教えてくれることになった。
「本当に、シエラの胸の中だけに収めておいてね」
「うん」
「絶対よ」
「うん」
お母さんに何度も念押しをされ、期待と不安でドキドキしながら言葉を待った。
そして、覚悟を決めたように、お母さんがゆっくり口を開く。
「シエラを」
わたしは息を止めて母の唇を見た。
その動きがスローモーションのように見える。
「連れてきたのは」
次の言葉を聞いてしまっていいのだろうか。
聞いてしまえば後戻りはできない。
禁断の果実に手を出すような緊張で、心臓が早鐘のように鳴り響く。
そして、お母さんがその名前を告げた。
「サミュエルよ」
母の唇からは、聞き覚えのある名前が紡ぎ出された。
「え……?」
うそ。
今、なんて言ったの?
まさか、サミュエルが赤ん坊のわたしをここに連れてきたの?
青天の霹靂に、頭が真っ白になって思考が停止した。
あまりに驚いて固まっているわたしに、お母さんが困惑する。
「大丈夫? シエラ」
「うん……ちょっと、驚いちゃっただけ」
言われてみれば、色々思い当たる節がある。
初めて会った時に、わたしが魔石を持っていないことを知っていた。
盗賊に
わたしが不安で落ち込んでいた時、なぜかすぐに気が付いて慰めてくれた。
普段は料理なんてしないのに、毎食おいしいご飯を作ってくれた。
そして、わたしが魔力を使い果たして死にかけた時、自分が動けなくなるほどの魔力をわたしに注いで命を助けてくれた。
……それは全部、わたしが娘だから?
わたしと極力関わり合いを持たないようにしたかったのも、わたしを危険から遠ざけたかったから?
考えれば考えるほど、
この事実を知ってしまって、次にどうやってサミュエルに会えば良いんだろう。
わたしは話のあと、平然を装いながらお母さんに「おやすみなさい」と言ってキスをした。
しかし、いつまでも頭の興奮が治まらず、全く寝付けないまま朝を迎えた。
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