第9話 初めての魔法
「あぁ、怪我してたんだったな。見せてみろ」
サミュエルがわたしの前でかがんだ。
わたしは恐る恐るスカートをめくった。傷を確認すると、すでに血は止まっているようだ。
「そんなに深くないな」
ふいに、サミュエルの少し骨張った細い指が太ももに触れた。ピリッとする痛みで体がこわばる。そして、目をつぶったサミュエルにそっと傷を撫でられると、指が触れているところがじんわりと暖かくなった。
サミュエルの手が離れると、すっかり傷が消えていた。
「わ……傷が、消えた⁉」
「なんだ! どうやったんだ⁉︎」
ユーリも驚いて覗き込む。
「簡単な回復魔法だ。このくらいなら誰でもできるだろ」
「え、魔法? 魔法なの⁉ サミュエルって魔法使えるの⁉︎ 魔法使いなの⁉︎」
「魔法使いって本当にいるのか⁉ 誰でもって、俺もできるようになるのか⁉」
始めて見る魔法を子どものようにワクワクしながら、期待の眼差しでサミュエルを見上げた。
「あー……誰でも、というか、正確にはレムナント以上は大体できるはずだ」
「レムナント……! そうだ、盗賊の奴らも言ってた! レムナントとかライオットとか、あれってなんなの?」
「魔力ごとのヒエラルキーみたいなもんだ。長くなるから、詳しい話は料理をしながらにしよう」
サミュエルについて芝生を歩き、小屋の裏側にまわっていくと、大きめの石がゴロゴロ並んだだけの簡単なキッチンがあった。ここで火を起こすようで、石は
サミュエルはユーリに命令して
わたしは、サミュエルに差し出されたお鍋、食器、調味料を受け取った。
「その箱は何?」
「これは次元固定装置と言う保存庫だ。仕組みはよく分からんが、食べ物を長期間保存できる」
「へぇー。これも魔法?」
「確か、科学と言ったか。まぁ、魔法みたいなもんだ」
そう言ってサミュエルはジャウロンの肉のかたまりをわたしに持たせた。
自分が知らないだけで、世の中には色んなものがあるんだな。
初めてみる魔法や道具に、孤児院のこと以外は何も知らないんだと自覚する。
キッチンに戻ってくると、ユーリが並べた薪の上で、サミュエルがパチンと指を鳴らした。すると、指から火花が飛び散り、あっという間に薪へ燃え移った。
「うわっ、指を鳴らすだけで火が起きたぞ! それも魔法か⁉︎」
「そうだ。指先で魔力の摩擦を起こすと火が起きる」
「なにそれ! すごっ!」
そう言って、サミュエルは軽く指を鳴らしてもう一度火花を散らした。
わたしとユーリは目を輝かせて、キラキラ降り注ぐ火の粉を見つめる。
ジャウロンといい魔法といい盗賊といい、もしかしたらこれは夢なのかもしれない。
そう思ったわたしは、期待しつつ自分の頬っぺたをつねってみた。
「いててっ」
ユーリがいぶかしげな顔で「なにやってるんだ?」と聞いてきたが、サミュエルは全く気にも留めずジャウロンの肉をナイフで豪快に切り分け串刺しにした。それを火の上に並べる。余った肉は、慣れた手つきでさらに小さくして、鍋に放り込む。
わたしとユーリは、鮮やかな
「お前らが住む村はライオットだけだから、魔法を見たことがないんだろう。魔力がない人種はライオットと呼ばれている。語源は古代語でライオット オブ カラー、色彩豊かという意味から来ているそうだ。名前の通り、髪や目の色が黒や茶色など濃い色をしている。その次、少し魔力があるのがレムナント。レムナントとライオットは見た目では区別がつかない。そして、かなりの魔力を持つシルバー、圧倒的な魔力のガーネットと続く」
「……ライオットは魔力がないって、じゃあ、俺は火を起こせないってことか?」
ライオットと呼ばれていたユーリががっくりと肩を落としたので、慰めるように優しく背中を撫でてあげた。
そこでハッと気がついた。
「え、じゃあ、わたしって魔法使いだったの⁉︎」
確かわたしはレムナントだったはず。
期待に胸を膨らませ、パチンと指を鳴らす。
「あれ、つかないや」
「お前は魔石を持ってないだろ? 普通、魔力を持つものは母親の腹の中で魔力の結晶ができて、魔石とともに産まれるんだ。魔石が無いってことは、魔力がほとんどないんだろう」
わたしは、ユーリよりもさらに肩を落とした。背中を撫でるユーリの手の温もりが染みる。
「サミュエルも、魔石があるの?」
「……ああ。これだ」
サミュエルは襟元に手を伸ばし、ネックレスのチェーンを引っ張り上げた。
中央に、透き通る深緑色の石がぶら下がっている。
不思議な力があるのか、わたしとユーリは吸い込まれるように石を見つめた。
……これが、魔石。
「わたしの魔石は、どこかで無くしたのかも……」
「それはない。魔石は魔力の心臓みたいなものだから、魔石を無くせば魔力の循環が止まっていずれ死ぬ。だから、お前は生まれつき持っていなかった」
「そ、そんなぁ……」
「ほら、焼けたぞ」
気を落としながらも、わたしは素早い動きでユーリが渡されたジャウロンの串焼きにかじりついた。毒見だ。
「あ、こら、シエラ!」
カリッと香ばしい音がした。
話しながら振りかけていた塩とハーブが、肉の甘味を引き立てている。
「おぉぉぉ……おぃひぃいぃぃぃっ」
「なんで俺のを食べるんだよ」
横目で睨むユーリに「毒見をしたんだ」と言いたかったが、感動で何も言えない。ユーリも一口食べると、目を輝かせてこっちを見た。
わたしにもジャウロンの串焼きを渡し、淡々とサミュエルが話を続ける。
「一般的には、魔力量と髪の毛などの色には相関があって、シルバーやガーネットはライオットやレムナントと違って色彩が薄い。ガーネットに至っては、目以外は限りなく白に近い。なぜか石を持たないお前も水色で、色彩が薄いがな」
「え! わたし以外にも、白っぽい人がいるってこと⁉ 生命の樹から生まれたの⁉︎」
わたしは驚いて動きを止めた。
「……いるにはいる。この辺にはいないが。そいつらは……人間から生まれている」
ためらいがちにサミュエルが答えた。
「そっか、その人たちは人間の両親がいるんだ……」
ちょっぴりがっかりしたが、わたし以外にも色が薄い人がいると聞いて嬉しくなった。
でも、どういうことだろう。色が薄いのは、かなりの魔力を持つシルバーか、圧倒的な魔力のガーネット。わたしはどちらかに近いということだろうか? でも、魔石を持っていないし火も起こせない。
ぐるぐる考えているうちに、先ほどの出来事を思いだした。
「あっ!」
「……ぅわぁっ! いきなり大きい声出すなよシエラ!」
「そう言えばあの盗賊たち、わたしが怒ったら『体が重い』って言ってた。もしかして、わたしも少しは魔力があるってことじゃない?」
「……まぁ、そうかもな」
サミュエルがポツリと答えた。
諦めるのはまだ早そうだ。
わたしが指パッチンを練習しようと決意した時、良い匂いと共にジャウロンのスープが出てきて、意識はすっかりスープに奪われた。
しかし、それも一瞬のことだった。
白い小鳥が戻ってきたのだ。
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