第10話 ライオット、レムナント
パタパタと白い小鳥が戻ってきて、サミュエルが差し出した右手の人差し指に止まった。そして、反対の手で鳥の頭を撫でると、チュンと一声鳴いて飛び去って行った。それを見て「かわいいなぁ」と呟いたユーリの顔が
「あの鳥、サミュエルの鳥だったんだね?」
鳥が暗闇に消えていくのを見送り、ふーふー息を吹きかけながら、できたてほやほやのスープを一口飲んだ。ジャウロンの出汁が出ていてとても美味しい。
サミュエルはわたしの質問に答えず、眉間にシワを寄せて考え込んでいる。
「……?」
「……人質は、どうやら無事らしい」
「本当? どうして分かるの?」
パチパチ燃える薪に照らされながら、サミュエルが
「……俺は、動物と話ができる」
「え! 動物と話せるの⁉︎」
「強いし魔法使いだし料理もうまい上に、動物とも話せるのか!」
わたしとユーリの目が再び輝く。
期待の眼差しで見つめられ、サミュエルはものすごーく嫌そうな顔をした。
いつも表情が無いのかと思いきや、嫌な顔は得意みたいだ。
「魔力量が多い者は何かしら特化した力を持ってるのが普通だ。話せると言っても、俺は動物の気持ちを感じたり見ていた景色を覗いたりするだけで、人間の言葉で話すことはできない」
もしそうだとしても、わたしたちの常識から見れば十分すごいんだけど!
ジャウロンを見つめてユーリがボソッと呟いた。
「いいなぁ〜。俺も動物と話せるようになりたい……」
「ユーリ、猫好きだもんね」
動物好きのユーリは、孤児院の近くにいる野良猫によく餌をあげているのだ。
「まぁ、動物と話をしたいなんて物好きは俺の親父くらいだろうから、俺以外にこんな能力持ってるやつはいないだろうな」
「どうして?」
「力は本人が強く望んだことや親の遺伝が影響する。俺の場合、父親の遺伝で動物と話せる力を受け継いだだけだ」
「強く望んだこと……」
「勘違いするな、俺のは遺伝だぞ、遺伝」
わたしは、ユーリのような満面の笑みのサミュエルが、近所の野良猫と戯れている様子を想像した。あまりのギャップに思わず苦笑いが浮かぶ。
それに気づいたサミュエルが、ゴホンと咳払いをして話を変えた。
「大体の奴らは攻撃や防御に特化した能力を望む。例えば、このエルディグタールの王は他人を自由自在に操れるって噂だ。あと、魔力を持つ者は魔力を流して体を強化できるんだが、さらに強さを望み特殊能力として力を得て、普通以上に体を強化する奴もいる。自分の存在を相手から隠す能力を持つヤツがいたり、様々だ」
「ほぇぇ、色々あるんだねぇ」
「ただ、力を使いすぎると魔力が枯渇して死ぬから、あまり大きすぎる能力は使えないがな」
わたしとユーリは、初めて聞く魔法の話に夢中で耳を傾けた。
「さっきの鳥は、外から盗賊の住処を覗いてきたんだ。孤児院長と子どもが四人、小さな窓から見えた。どこかに閉じ込められてはいるが、大きな怪我などはなさそうだ」
「良かったぁぁ……!」
みんなの無事が分かり、ホッとして涙が込み上げてきた。ユーリの方を見ると目が合い、同じように安堵のため息を吐いている。
「怪我がないだけでも救いだな。あとはどうやって助けるかだな……」
「そうだね! どうしようか」
「うーん……」
顎に手を当て考え込んでいたユーリが、パッと顔を上げた。
「なにか思いついた?」
「……もしかして、シエラの
「えっ?」
「さっき、盗賊に石を投げただろ? あの時、すごい勢いで石が飛んだ気がするんだ。いくら男に混じって遊んでたからって、あんなに早く投げれるもんじゃないだろ?」
わたしは、遊んでるうちに自然とできるようになったんだと思っていた。
確かに、相手を怯ませるくらいの威力はあったけど、魔力……?
「ほう。どれ、そのポケットの石を思いっきりこっちに投げてみろ」
「げ、気付いてたの⁉︎」
万が一を考えて
「こんな近くで投げて大丈夫?」
「ふっ。要らぬ心配だ」
サミュエルがクイッと顎をあげ、わたしを見下ろして鼻で笑った。
ばかにされたような気がしてカチンとくる。
……むむ。そんなこと言って、当たっても知らないよっ!
わたしはお言葉に甘えて遠慮なく振りかぶった。
「えいっ!」
距離にして一メートルと数センチ。サミュエルのおでこを狙って投げた。会心の投球だった。
……にもかかわらず、サミュエルは止まってるハエを捕まえるかのように、あっさり石をキャッチした。
「まぁまぁか。
「うげっ、マジ?」
結構自信あったのに、眉毛一つ動かさないなんて!
全力投球をこんなにも簡単に取られると、流石にショックだ。
「あぁ。ほんの僅かだが、石に魔力が通っている。力の弱いレムナントくらいまでなら、これを避けるのは難しいかもしれないな」
「む。ちなみに、サミュエルさんはどのくらい投げれるんですか?」
わたしは口を尖らせながら、お手並みを拝見させてもらおうとわざと丁寧にけしかける。
「俺か?」
サミュエルは嫌そうに眉毛を寄せつつ、自分に投げられた石を近くの木へと向かって軽く投げた。すると、パンッという破裂音とともに、五メートル先の木の幹を石が貫通した。パラパラと木屑がこぼれ落ちる。
「うおぉ、す……すげぇ……!」
「げっ! す……すごい……!」
わたしとユーリは驚きのあまり後ろにのけぞった。
驚いている二人を
まさかここまでサミュエルがすごいと思っていなかった。
あまりこの人に逆らわないでおこう。
そう思った後、
「もしかして、あの副賊長って人もこんな力があるのかな……」
二人の盗賊は、わたしが怒ると『体が重い』と言っていたが、副賊長はなんともないみたいだった。
イノシシが巨大化したような盗賊を思い出し、嫌悪感でブルッと震える。
「あぁ、あの逃げて行ったヤツか? お前と同じくらいの魔力はありそうだったな」
「わたしと力が同じくらいっていうことは、レムナントかな?」
「多分そうだ」
魔力が同じくらいなら、わたしの
一体どうすればみんなを無事に助けられるだろう。サミュエルが来てくれれば絶対助けられそうなのに。
……もう、こうなったらダメでもともとだ。
もう一回だけ頼んでみよう!
「サミュエル様、お願いします!」
わたしは立ち上がってサミュエルの前で正座し、頭を下げた。
すぐにユーリも土下座する。わたしの意図を汲んでくれるのが本当にうまい。
「わたしたちに協力してください!」
「俺からも、お願いします!」
サミュエルが若干引いた顔でこっちを見た。
……いや、引いたと言うより
「できることならなんでもしますから!」
わたしは胸の前で手を合わせ、潤んだ目で見上げた。
「だ・か・ら! 俺に期待するなと言っただろう! こっちにも事情があるんだ。戻れ」
サミュエルが怖い顔でこっちを見ている。
やっぱりだめか……。
こうなったら、わたしとユーリだけでみんなを救い出すしかない。でも、イノシシのような男一人にも太刀打ちできなかったのに、どうすればいいんだろう。
先行きが見えず、途方に暮れた時だった。
「それにトワ! そろそろ出てきたらどうだ?」
サミュエルが真っ暗な森に向かって話しかけた。
すると、暗闇にそびえる木の影から誰かが現れた。
長い髪のシルエットで、女の人だと言うことだけが分かった。その人が歩み寄り薪のあかりが顔を照らす。
「うふふ! 残念、気付かれちゃった! こんなに口数が多いサミュエルなんて、なかなか見れないんだもん。面白かった!」
全身ピタッとした黒い服のお姉さんが、楽しそうに笑いながらあらわれた。肩に白い小鳥を乗せている。
高い位置で縛った、柔らかくうねる髪は茶色い。あの人もライオットかレムナントだろうか。
トワと呼ばれた謎のお姉さんが弾むように歩み寄り、サミュエルの横にぴったりと腰をかけた。わたしと違って大きな胸を、サミュエルに押し付ける。
「すぐに離れろ」
「あーら、相変わらず冷たいわねぇ。せっかく良い物を持ってきてあげたのに」
トワは「シジミちゃん、ありがとー」と、白い小鳥を撫でて飛ばした。
……あの鳥、シジミちゃんって言うんだ。
トワが胸元から一枚の紙をペラリと取り出して、三人に見せる。
「ここに来る前、こんな物を拾ったの」
顔を近寄せて紙を覗いた。
「かえしてほしければ……これって……!」
それは、ミミズのような字で書かれた盗賊からのメッセージだった。
わたしとユーリが顔を合わせた。
「ふむ。脅迫状と言ったところか。『返しつ欲しくれば白いヤツ寄越せ。全員の命助ける』。なんだ、間違いだらけだな」
脅迫状は誤字だらけだったけど、どうやらわたしが出ていけばみんなを助けると書いているようだ。
……わたしが出て行けば、みんな助かるの?
このまま盗賊に立ち向かったって、うまくいく確率の方が低い。
それなら……
「わ……わたし……」
「ダメだシエラ!」
ユーリがわたしの手首を掴んだ。
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