第8話 腹が減っては戦はできぬ

 盗賊を追払い、わたしたちはひとまずサミュエルの小屋で話をすることにした。


 ユーリに肩を貸してもらいながら入った小屋は、広めの物置くらいの大きさで、ほとんど物が無い。壁にピッタリくっつけられているダイニングテーブルも、わたしたち三人で座ると小さく感じるくらいの大きさだ。唯一温かみを感じる壁際の灯花が、優しい光で室内を照らしている。

 不思議そうに中を見渡していると、サミュエルが水を持ってきてくれた。それを一口飲んで、ユーリと同時に驚く。


「ほわぁぁぁぁ! なにこれ! すっごい美味しい!」

「生き返ったぁぁぁぁ……」


 水だと思っていたコップの中身は、ただの水ではなかった。

 口に含むと、ほんのり甘い果実の風味が広がり、飲み込むと柑橘の匂いが鼻に抜ける。

 喉がカラカラだったのもあって、ゴクゴクと一気に流し込んでしまった。


「ぷはぁ!」


 あまりの美味しさに、感激で顔がフニャッと崩れた。

 隣のユーリも一気に飲み干している。


「近くの木で採れるクロムオレンジの実を絞って、水と混ぜただけだ。それより、だらしない顔を何とかできないのか」


 呆れ顔のサミュエルが、水のお代わりを注いでくれた。ありがたくもうひと口飲む。


 さて、喉が落ち着いたところで早速本題だ。

 わたしはコップをドンと置き、キリリと顔を引き締めてサミュエルに問いかけた。


「それで、あなたは敵なの? 味方なの?」


 質問の後に流れる数秒の沈黙。

 一体どんな返事が返ってくるだろう。

 盗賊を撃ちまかせるサミュエルが味方になってくれれば、これ以上心強いことはない。できれば味方になって欲しい。


 無表情な上に顔の右半分が髪の毛で隠れているサミュエルは、何を考えているのか全く読み取れない。

 次に出てくる言葉を緊張しながら待つと、ため息まじりに返答が来た。


「……敵か味方かも分からないのに、そんなにぐびぐび飲んでるのか? 毒が入ってたらどうするんだ」

「ブッ!」


 わたしはギョッとしてコップを見つめた。

 隣でユーリが水を吹き出し、咳き込んでいる。


「えっえっ! ……毒が入ってるの⁉︎」

「入ってない」


 無表情のサミュエルが食い気味に答えた。


「……良かった……!」


 わたしはホッとしてうなだれた。隣でユーリも胸を撫で下ろしている。


 確かに、知らない人、しかもピンチの時にわたしたちを締め出すような男に対して警戒が足りなかった。迂闊うかつな自分の行動を反省しながらキッと睨み、気持ちを落ち着かせようともうひと口飲む。


「会ったばかりで敵も味方もないだろう。少なくとも敵とは言わないが、味方でもない。……むしろ、関わりたくない」


 最後の方はボソボソしてよく聞こえなかったが、サミュエルはそれだけ言って腕を組み、硬いイスの背もたれに寄り掛かった。


「そっか……」


 ……わたしだって、サミュエルがどんな人か知らないんだ。突然、知らない子どもが盗賊に追われて来たら、びっくりするのは当然かもしれない。


 サミュエルの言いたいことが分かったわたしは、ゴホンと咳払いをし、佇まいを直した。


「確かに……そうだよね。わたしはシエラでこっちがユーリ。わたしは孤児院で育った孤児なんだけど、ユーリは孤児院長の息子なの」


 自己紹介をしてから、何故ここに来たのか今までの経緯を細かく説明した。


「……というわけで、お母さんと話す間も無くて、渡された地図の通りここに来るしかなかったの。突然押しかけてごめんなさい」


 ……できればもう少し早く助けてくれると良かったんだけど。


 と思いつつも、お母さんに誠意は態度からと教えてもらっているわたしは、丁寧に頭を下げた。

 隣のユーリも、空気を読んで一緒に頭を下げている。


 そんなわたしたちにサミュエルはなにか言うでもなく、ゆっくり立ち上がって扉へ向かった。扉を開けると、肩に止まっていた白い小鳥が暗闇へと飛び去る。


 その意図が汲み取れず、わたしは不思議なものを見るようにサミュエルを見た。

 そして何事もなかったかのようにサミュエルが椅子に戻ったので、ひとまず話を続ける。


「今話したので全部なんだけど、わたしたちを助けてくれる?」

「俺に、何の得があるんだ?」

「得……?」

「さっきは俺の目の前で襲われてたからしょうがなく助けてやっただけだ。盗賊団から人質を取り返すなんて、なんで俺が危険を犯してまでお前らの手助けをしなくちゃいけないんだ?」

「…………」

「話は終わりだな」


 どうしよう。

 このままじゃ、協力してくれなさそう!

 

 サミュエルがかぶりを振った時、わたしの頭にパッと閃きがおりてきた。

 これだ! とばかりに、グーでテーブルを叩く。


「わたしが孤児たちに、サミュエルがヒーローだって伝えてあげる!」


 わたしは、いつも子どもたちにお話をしてあげてるので、カッコいいストーリーを話すのは得意なのだ。それに、ユーリのようなヒーローとして尊敬してもらえるなんて、想像しただけでも夢がある。なんなら、私がなりたいくらいだ。


 これは文句なく得だ!


 ちびっ子たちが自分の足元に群がり、尊敬のまなざしで見上げる姿を想像すると、自然と胸がワクワクしてきた。気分が高揚して妄想に拍車がかかったわたしは、偉そうに人差し指を天井に向けて話を続ける。


「いつかわたしの命が尽きたとしても、偉大なる大剣士、サミュエルの武勇伝を永久に語り継ぐと約束しましょう。もちろん、尾ひれをつけて!」

「おい、やめろ」


 サミュエルが眉間にシワを寄せ、おでこに手を当てた。

 ユーリもなんだか引いてる気がする。

 尾ひれが気に食わなかったかな。尾ひれなど無くても俺は強い、とか言いそう。


「俺は別にヒーローになりたくない。救出作戦はお前らだけでやれ」

「そう、わたしたちだけ……って、え⁉︎ ヒーローになりたくないの⁉︎」


 そんな人いる⁉

 信じられないものを見るようにサミュエルを見ていると、今度はユーリが説得に入った


「待ってくれ、得ってなんだよ。お前にとって何が得かもわかんないのに、条件なんてだせるわけないだろ。せめて何が望みか言ってくれよ!」

「……ない。望みなんて持ったことがない」

「望みが……無い⁉︎ お肉をお腹いっぱい食べたいとか、パンをお腹いっぱい食べたいとか、甘いケーキをお腹いっぱい食べたいとか⁉︎」

「……シエラ、食べ物ばっかりじゃないか」


 ユーリの呆れた目線を感じた時、


 ぐぐぅ〜……ぐぅ〜


「うひゃっ!」


 豪快ごうかいにわたしのお腹が鳴った。

 美味しい飲み物と好物の名前のせいだ。

 それに、長時間走ったり戦ったりしてきたので、気が付けばものすごくお腹が空いている。鳴り止まないお腹の音を止めようと、顔を赤らめながら手をあてた。


「プッ! すごい腹の音!」


 笑うユーリも、ぐぅ〜っとお腹が鳴った。

 二人でお腹に手をあてる。


「はぁ。ちょうど今朝獲ったジャウロンの肉があるから、とりあえず食わしてやる。助けに行くにも、腹が減っては戦はできんだろうからな。だがそれだけだ。間違っても俺に期待するなよ」


 サミュエルが溜息混じりに言った。


「ジャウロン⁉︎ わたし、ジャウロンの肉大好き!」


 ジャウロンという名前が、大聖堂の鐘のように心に響き渡った。


 ジャウロンとは、体長5メートルくらいの恐竜で、全身が硬いうろこに覆われている。脂身が少ないのにジューシーでとても美味しい。

 誰かの寄付でたまに手に入った時しか食べれないが、孤児院で出てくる食べ物の中でも三本の指に入る大好物だ。

 ただ、大きくて倒すのがすごく難しく、一年に一回か二回くらいしか食べられない。


「それは良かったな。じゃあ料理するから外に行くぞ」


 良かったとは微塵みじんも思ってなさそうな言い方だったが、そんなことはどうでも良い。それよりジャウロンだ。

 腹が減っては戦はできんのだ! 


「外にキッチンがあるの?」

「……家の中で火は使わないんだ」


 ふぅん。確かに、小屋の中に調理器具もなさそうだしね。

 立ち上がろうとしたその時、動いたことで太ももの痛みが蘇った。


「いたたっ!」


 興奮して痛みを忘れてたけど、そう言えば盗賊に太ももを切られてたんだった。


 痛がるわたしを見て、サミュエルが歩み寄ってきた。

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