第7話 絶対絶命
わたしの足が切られた時、小屋の扉が勢いよく開いた。
盗賊の肩越しに見えたのは、さっきの不気味な男のシルエット。サミュエルだ。
助けに来てくれたのかと安心しかけたが、すぐに別の考えが浮かんで背筋が凍る。
……あれは、わたしたちを助けに来たんじゃない。もし助けるつもりならもっと早く来るはず。きっと、あいつもわたしを食べて何かの力をつけようとしてるんだ!
そう確信した時だった。
「なんだ、お前。俺たちとやろうってのか?」
「まさか、副賊長とやりあおうなんて、馬鹿なことは言わないよな」
盗賊の挑発に、サミュエルが答えた。
「ふん。盗賊風情が。そいつをこちらに寄越してもらおう」
ヒュンッと空気を切る音と共に一筋の光が走った。
サミュエルの
サミュエルが副賊長をギロリと睨む。
「この……なんだお前は! なぜ邪魔をする! わかった、こいつか! お前も白いレムナントの肉が欲しいのか!」
冷や汗を流しはじめた副賊長の質問に返答はない。
サミュエルが無言で歩み寄ると、副賊長はゴミのようにわたしを投げ捨て、腰に差していた剣を抜いた。
「きゃ……っ! いたっ」
転がったわたしの太ももがドクドクと脈打つ。暗くて傷の深さは見えないが血が流れているようだ。
涙に歪んだ視界で見上げると、サミュエルと副賊長が剣を構えてにらみ合っている。
木々の音が止み、静寂が辺りを包む。
わたしの耳に、副賊長の生唾を飲み込む音が鮮明に聞こえた。
それを合図に、勢いよく地面を蹴ったサミュエルが、わたしよりも遥かに早い動きで一瞬にして相手の懐に入る。
……この人、強い!
サミュエルの動きにやや遅れ、副族長が紙一重で攻撃を受け止めた。金属音が静寂を突き破る。
副賊長は、防御の姿勢が整わないまま受けた攻撃に、ほとんど勢いを殺しきれず一撃で剣を弾き飛ばされてしまった。
ヒュンヒュンヒュンと音を立てて舞い上がった剣は、きれいな放物線を描きながら地面に刺さる。
自分の剣を目で追っていた副賊長は、悔しそうな顔で歯をギリギリ言わせながら、一歩ずつ後ろへ下がった。
「くそ……そいつはお前にやるよ! 畜生!」
そう吐き捨てる様に言うと、副賊長は動かなくなった部下を置いて、一目散に山を下って行った。
サミュエルの圧倒的な勝利だ。
副賊長が見えなくなると、剣を握ったままのサミュエルがこちらを見た。
……すごい殺気。
わたし、ここで殺されちゃうのかな。
ユーリは、大丈夫かな。
「う……」
倒れていたユーリが動いた。
お腹を押さえて辛そうな表情をしている。
……良かった。ユーリが、生きてた。
そう思ったとき、次の行動を見て息が止まった。
ユーリは地面に刺さっている副賊長の剣を引き抜き、無謀にもサミュエルに切りかかっていった。
「お前! シエラに何をしたぁぁぁぁ!」
「ユーリ、危ない!」
ちらりとユーリを見たサミュエルは、静かに自身の剣を
まるで子猫を持ち上げた親猫の様だ。
ユーリがプラ〜ンと揺れている。
……あれ? なにがどうなったの?
「俺は何もしてない。お前は随分と元気だな。さすがライオットは体が丈夫だ。これなら心配はいらんな」
抑揚のない淡々とした口調でサミュエルが言うと、ユーリが噛みついた。
「なんだよ、ライオットって! 盗賊といいお前といい、訳の分からない呼び方しやがって。俺たちは食べ物じゃないんだぞ!」
「ふん。お前みたいな不味そうなやつ、誰が好き好んで食べるか。それに、俺はお前たちなんか食べなくても十分強い」
戦いを見ても、ここにいた誰よりも強いことは明らかだった。
それにしても、白とかレムナントとか、力を得るには何か法則があるんだろうか。
「食べるつもりが無いならなんなんだよ! さっきは無視したくせに、今はこうやって出てきたりして。お前、何が狙いだ!」
サミュエルが嫌そうな顔でわたしを見てからユーリを降ろした。
自由になったユーリは、わたしに駆け寄ってきて向き合うようにしゃがんだ。そしてわたしの肩にそっと手を添え、太もも見るとわたしより痛そうな顔をする。
心配してくれてるのが分かり、わたしの気持ちがホワッと
ユーリが隣にいるだけで勇気が湧いてくる。サミュエルにも負けずに向き合えそうだ。
わたしはキッとサミュエルをにらんだ。
「ユーリの言う通り! このタイミングで出てくるなんて、何が狙いなの⁉︎ 助けるつもりならもっと早く出てきてよ!」
数秒続く沈黙を先に破ったのはサミュエルだった。
サミュエルは目を
「……中に入れ」
その時、目印となっていた白い鳥が飛んできた。サミュエルの肩に止まり、そのまま小屋の中に入って行く。
サミュエルが小屋へ消えると、すぐにユーリが話しかけてきた。
「足、大丈夫か?」
「痛いけど、大丈夫! そんなに深くないと思うよ」
「そうか……」
傷の深さは分からなかったが、わたしはユーリが心配しないよう強がって適当なことを言った。それでもユーリはソワソワしていたので、「本当に大丈夫」と、もう一度笑って見せた。
そして、傷から意識をそらせるために、相談を持ち掛ける。
「ユーリ、中に入れって言ってたけど、どうする?」
「……シエラを食べるつもりはないみたいだな。よく考えたら、殺すつもりならもう殺されてると思わないか? まだ信用はできないけど、母さんが極悪人を紹介するとも思えないんだよな」
「そうだね。きっと嫌なヤツだと思うけど……極悪人ってこともなさそうだよね。ここまできたんだもん、行くしかないよね」
サミュエルはともかく、母のことを信じてみよう。
ひとまず話だけしてみる、ということで二人の意見はまとまった。
「でも一応、この辺の石は拾っておこう。なんかあったら投げてやるんだ」
わたしは石をつまんで大げさに投げるフリをした。
「ははっ! お前、なんか頼もしいな」
「だって、……さっきは失敗しちゃったけど、ユーリはわたしが守るって決めたんだもん」
「おいおい、それじゃ逆じゃないか。俺がシエラを守るんだ。……さっきは失敗しちゃったけど」
二人で笑っていると、いつまでも入ってこない私たちにイライラしたサミュエルの声が聞こえてきた。
「遅いぞ。何やってる。来るのか? 来ないのか?」
「今行きます!」
元気な二人の声が重なった。
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