第6話 盗賊の追随

 少し進むと、木に止まっている白い小鳥を見つけた。

 真っ暗な夜の森の中で月明かりを照り返している。そのおかげで、ひときわ目立つ白い鳥はすぐに見つかった。


 まるで、希望の象徴を見つけた気持ちになり、笑顔のわたしが指差して言った。


「あっ! もしかして、あれじゃない?」

「わ、ほんとにいた! 白い鳥で良かった。黒かったら暗くて絶対見えなかったな」


 ユーリもホッと一息ついている。

 白い小鳥がパタパタと飛んできたので、手を出してみた。すると、わたしの人差し指にチョコンと止まり、小さな頭をかわいらしくかしげてから飛び去って行った。

 ユーリが「かわいいなぁ」と鳥を見送った、その時。


「ほんとにいたな。孤児院のガキが。しかも噂通り白いレムナントときた。もう一匹は……ライオットか?」


 突然、耳元で気持ち悪い囁き声が聞こえた。

 母との別れ際に見た盗賊の一人だ。音もなく忍び寄られ、男が声を出すまで全く気が付かなかった。


 ……やばい、いつの間に!


 二人はすぐに距離を取ろうとしたが、一瞬だけ反応が遅れたユーリが首根っこを掴まれてしまった。軽々と持ち上げられ、ユーリの足が宙に浮く。


「ユーリ!」

「くそ! 離せ!」


 ユーリがジタバタ足を動かすが、男の手はびくともしない。

 するともう一人、少し小さい男が現れた。白い小鳥のように、闇の中でも月明かりをほんのりと照り返しているわたしを見て、得意げにしゃべり出す。


「ほら、いただろ? それにしてもあっちの家畜かちくはレムナントの割に随分と白いな。こりゃぁ高く売れるぞ」


 盗賊たちのギョロっとした目がわたしを捉えた。


「売るなんて勿体ない! 俺たちで喰っちまおうぜ。噂じゃ、白を喰えば力がつくみたいだからな。これを逃したら白の家畜なんて二度と手に入らないぞ。売るならそっちのライオットだけにしとけ」

「それもそうだな」


 人間を食べるなんて物騒な内容にも関わらず、男たちは満足そうに笑っている。家畜という言葉からも、きっとわたしたちを同じ人間とは思っていないのだろう。舌なめずりをして近寄ってくる男に、わたしはじりじり後ろに下がる。

 その時、ユーリが叫んだ。


「シエラ! お前だけでも先に行け!」


 先に行けと言われたが、気持ちはすでに決まっていた。


 ……ユーリを守れるのはわたしだけ。

 今度は絶対助けなきゃ。

 これ以上家族を、ユーリを失うことに比べれば、怖いものなんてない!


 わたしは素早く足元の小石を鷲掴みにし、渾身の力で投げつけた。


「えいっ!」


 小石はピシッと音を立て、小さい男の眉間にヒットした。


「いてぇっ! こいつ!」


 その声が聞こえる前に、間髪入れず石を放ち続けた。

 子どもだと思って油断していた男たちは攻撃を避けられず、全ての石が頭に命中する。


「ぐゎっ!」


 男がひるんだ隙を逃さず、ユーリがするりと手から抜け出した。そして、小さい頃から一緒に育った二人は、打ち合わせもなく同時に走り出す。

 盗賊たちもすぐに二人を追ったが、体が大きいので身軽なわたしたちとの距離が少しずつ開いていく。

 盗賊の姿が見えないところまで来た時、ユーリが関心するように言った。


「石でやっつけるなんて、すごいなシエラは!」

「ふふふ、うまくいって良かった。なんたってわたしは鉄砲玉だからねっ!」

「ははっ、また調子に乗って……」


 木々の間を走り続けると、広場のようにぽっかり開けた場所に建つ、古ぼけた小屋が見えてきた。小さな窓からオレンジ色の明かりが漏れている。

 ここが母の示した場所だ。

 そう思った途端、安心感が二人を包む。


「あった! あった! ここだ!」

「良かった!」


 わずかに先に辿たどり着いた私が、ドンドンドンと勢いよく小屋の扉を叩いた。


「すいません! どなたかいますか? 開けてください!」


 ユーリも続いて扉に向かって声をかけた。


「お願いします! 開けてください!」


 永遠とも思える数秒の後、ガチャッと扉が開いた。

 扉の隙間にゆらりと逆光で浮かび上がる男のシルエット。黒く長い髪が男の顔右半分を隠し、一層不気味に見せた。髪の間から覗いた冷たい眼光が、二人をにらんでわたしに止まる。


 ……うゎ! 本当にお化……

 違う、一応人間だ!


 現れた不気味な男に、わたしは「うひっ」と変な声を漏らした。そして思わず一歩後退ると、ユーリがずいっと前に出た。


「突然すいません。俺たち、母さんに言われてここに来たんです。あの……」

「悪いが帰ってくれ」


 ユーリが母にもらった地図を見せようとした時、男がピシャッと言い放ち乱暴に扉を閉めた。

 二人はあんぐりと口を開けて顔を見合わせる。


 ……何、今の。


「お母さんが間違えたってことは無いよね」


 ユーリは窓から漏れる明かりの下で、急いで地図を確認した。


「……ああ、確かにこの場所だ。ここで合ってると思う」


 それなら帰れと言われても帰るわけにはいかない。不気味だろうがお化けだろうが、母と孤児たちを助けに行かなくては。


「もう一回頼んでみよう!」

 

 再び扉を叩こうと手を伸ばしたその時。

 先程の盗賊が左右からにじみ寄って来た。


「やっと追いついたな……ハァ、ハァ、畜生が。家畜の分際で生意気な真似しやがって。おい、レムナントだけでも捕まえろ!」

「手間かけさせやがって。絶対喰ってやる」

「あぁぁぁ。やばい……どうしよう!」


 背後には小屋、目の前は盗賊。逃げ道はない。

 わらにもすがる様に扉を数回叩くが、再び開く気配はない。扉を背負い、男たちとにらみ合う。


 ここに来れば何とかなると思ってたのに……。

 ……でも、こいつらの狙いはわたしみたい。

 よーし! それなら!


 一度盗賊を出し抜いて得た自信が、次も上手くいくと告げていた。あいつらはわたしの全速力についてこれない。

 自分がおとりになれば、あとはユーリが上手く逃げてくれるはずだ。


「うわぁぁぁぁ!」


 わたしは、注目を集めるようにわざと大声を出しながら勢いよく盗賊に突っ込んだ。そして、手前で見事にスライディングして盗賊の間を通り抜ける。

 盗賊たちの手が空を切り、捕まえようと後を追いかけてくるが、案の定わたしの動きについてこれていない。


 やった! 脱出成功!


 したかに見えた。

 勢いよく走り出したわたしは、大きな何かにドンとぶつかった。ぶつかった何かを見上げると、それはイノシシが巨大化したような三人目の盗賊だった。

 

「おぅおぅ! 随分元気の良い嬢ちゃんだな! それにしても、本当に白いレムナントがいるとはな」

「げぇっ! もう一人いたの⁉」


 わたしは再び逃げようとするが、ひょいっと簡単にかつぎ上げられてしまった。


「きゃぁぁ!」

「シエラァ!」


 地面が遠のき、逃げようにも太い腕にがっしりと足をつかまれ、身動きが取れない。


「やめろ! 降ろせー!」


 盗賊の背中を拳で殴ってみるが、分厚い背中はびくともしない。

 男は気にも留めず、下品に笑った。


「ぎゃははは! なんだそれは? 少し静かにしてろ!」


 盗賊は大きな手でわたしのお尻を叩いた。

 バシンと大きな音が鳴り、激痛で悲鳴をあげる。


「うぎゃっ! いったぁー」

「このやろう!」


 盗賊をやっつけようとユーリが飛び出したが、多勢たぜい無勢ぶぜい

 思いっきり蹴り上げられ、ドスッと鈍い音と共に体が跳ねあがった。そして地面に倒れ、身動き一つしなくなった。


「ユーリィィィ!」


 わたしは焦りと恐怖で青くなった。しかしすぐに、煮えくり返るような怒りが胃の底から膨れ上がる。

 自分が傷つくならまだしも、ユーリが傷つくのは我慢ができない。

 わたしは盗賊を睨んで叫んだ。


「……あんた達、ユーリに何したの!」


 次々と自分の大事な人たちが傷つけられ、怒りを抑えることができない。いや、もう抑えるつもりもない。

 頭に血が昇って体が熱くなる。そして、風が頬をかすめて登っていくのを感じた。

 担ぎ上げられ間抜けな格好にも関わらず、わたしを見た盗賊の様子が一変する。


「……なんだ?」

「体が……重い……?」


 ユーリの側にいる二人の盗賊の様子がおかしい。


「はっ! 面白いじゃねぇか。伊達に白いわけじゃないんだな⁉︎」


 顔が一瞬にして曇った盗賊たちに対して、わたしを担いでいる男は嬉しそうに笑みを深めた。


 ……伊達に白いわけじゃないって、どう言う意味?


 そんな疑問が頭をよぎったのも束の間。


「それなら、今すぐここで味見してやる。お前は俺に喰われるために生まれてきたんだ。ぎゃはははは!」


 男が腰の短剣を抜き、わたしの足に向けた。


 ……斬られる!


「やめて!」

「んー? 聞こえねぇなぁ?」


 男が猫なで声を出し、笑いながら刃を突き立てた。

 足に広がる生暖かい感触。


 もうだめだ。

 そう諦めた時、勢いよく扉が開く音がした。


 黒いシルエットが暗闇に揺れた。

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