第34話 招かれざる客

 孤児院を出て二日目、今日もサミュエルを先頭にトライアングルラボを目指して歩いていた。


 朝方、珍しく機嫌がよさそうなサミュエルが「イーヴォはトライアングルラボの龍人りゅうじん芽衣紗めいさの生贄にしよう」と提案した。龍人と芽衣紗というのは、ラボにいる研究者らしい。

 と言うことで、無事にイーヴォの身の振り方が決まった。今は勝手に行動できないようサミュエルとトワの間に挟まれている。


 それにしても、道らしい道のない山は、行けども行けども起伏が続いている上に、たまに倒木や岩を乗り越えなくてはならない。

 いつもは身軽な私だが、さすがに少し疲れがたまってきた。到着まで体力が持つだろうか。


「トライアングルラボって、思ったより遠いね……地図で見た時はそんなに遠くないと思ったのに」


 昨日と打って変わって足取りが重くなっている私に、全く疲労の色が見えないトワがいつも通りの明るい笑顔で言った。


「ふふふっ、地図は縮小されてるものね。疲れてきちゃった?」

「縮小……!」

「そろそろ昼になるし、少し休むとするか」


 縮小という言葉がこの世で三番目くらいに恐ろしく感じた時、サミュエルの号令で休憩をとることになった。

 ユーリも疲れが出始めていたようで、私と一緒に安堵のため息をつく。


 腰を下ろすのにちょうど良い岩を見つけ、そこを休憩場所にすることにした。

 そして、居場所を隠す結界を張るための杭を打ってから、サミュエルは近くに見つけたクロムオレンジを収穫しに出かけた。他の四人は留守番をする。


 トワもだけど、今から木のてっぺんに実るクロムオレンジを取りに行くなんて、サミュエルも相当体力おばけだ。

 ここまで長距離の移動をしたことが無い私とユーリは、地面に足を投げ出して弱音を吐いた。


「ねえ、トワ。トライアングルラボってまだ遠いの?」

「そうね、あと一日はかかるわ」

「ひぇぇ、こんなに歩いたのに、本当にまだ一日もあるのか? よくトワは毎日あの小屋まで通ってたな」


 ユーリの言う通り、こんな山道を毎日通ってきていたなんて信じられない。アンドロイドは世界最強かもしれない。

 トワのすごさと残りの道のりにめまいを感じた時、草を踏み分ける音が耳に届いた。結界の中にサミュエルが帰ってきた気配を感じて振り返る。


「サミュエル、随分早かったね? クロムオレンジは取れた……の……?」


 私が顔を上げると、そこにいたのはサミュエルではなかった。


 シジミちゃんがいないと入ってこれない結界の中にいたのは、鹿を担いだ中年の男だった。驚いた顔をしている男の頬に、肩までの長さの銀髪が揺れている。


「え、おじさん誰? シジミちゃんは?」


 その男の周りを見るが、シジミちゃんはいない。


「サミュエルだと? もしかして……シエラなのか? シエラなんだな!」

「なんで私のこと知ってるの? おじさんも、私のことを捕まえに来たの⁉」


 私は嫌な予感がして身構えた。


「まさかこんなところで会えるなんて」


 中年の男は他の人が見えないかのように、私だけを見て歩み寄る。


「それ以上動くな!」


 剣を構えて私の前に出てきたユーリが、睨みをきかせて叫んだ。

 その声を聞いた男は、はじめてユーリとトワの存在を知ったかのようにハッとして歩みを止めた。トワもこぶしを構えている。


 シジミちゃんがいないと入ってこれない結界に入ってくるなんて、この人は何者だろう。

 髪の色から見ると、この男はシルバーだ。

 私たちがイーヴォを捕まえたから、ジュダムーアがまた新しい刺客を送り込んできたのだろうか。


「待ってくれ、別に私は君たちを傷つけようと思っているわけじゃない」


 男は、鹿を担いでいない方の手をあげて一歩後ろに下がった。

 その時、クロムオレンジを五つ抱えたサミュエルが帰ってきた。


 結界の中にいるはずがない男を見たサミュエルが、目を見開いてボロボロとクロムオレンジを落とす。

 男も後ろを振り返り、サミュエルを見て驚いたように目を開く。


「サミュエルか? ……元気そうだな」


 サミュエルを見た男が、フッと柔らかい笑みを見せた。


「お前はまさか、アイザック⁉ 生きてたのか……なんでここに……」

「アイザックって……!」


 サミュエルの両親を殺し、サミュエルの右目に魔石を埋めた男。

 孤児院でサミュエルが言っていた。


 眉間に深くシワを刻んだサミュエルが一つ深呼吸した。心なしか手が細かく震えている。

 一斉に全員の視線を集めたアイザックが、困ったように微笑んだ。

 そして悲しそうな表情に変わる。


「あの時は……本当に悪かった。あの時の私はどうかしていた。今は心を入れ替えて、この近くの小さな村でひっそり暮らしているよ」

「なぜだ。なぜまだ生きているんだ? 魔石の世全贈与から十年以上経ってるのに!」

「私もなぜだかは分からない。私は死を覚悟してここにやってきたんだ。自分の過ちを悔いながら、誰にも迷惑をかけずに死ぬつもりだった。だが、まだこうして死なずに生きている。……すまない」


 サミュエルが思いつめた顔で、申し訳なさそうに目を伏せるアイザックを見冷た。


 サミュエルの両親を殺したっていうから、どんな極悪人なんだろうと思っていたけど、思っていたのと違いそうだ。

 気まずい空気が流れると、今まで完璧に存在感を消していたイーヴォが突然しゃべりだした。


「事情はよく分からないけどさ、結構反省してるみたいだし許してあげたら? 生きてりゃ失敗の一つや二つ、誰でもやっちゃうもんだって。俺なんて数えきれないくらい失敗してるよ。ほら、これがその証さ」


 イーヴォはサミュエルの魔力で縛られている手を見せた。


「それに、相手の話を聞いてみないと分からないことだってあるだろ。こんなに反省してるんだから、反省の弁くらい聞いてあげてもいいんじゃない? ねぇ、シエラちゃん、そう思うだろ?」


 話を私に振られ、ドキッと心臓が跳ねた。


 確かに、話を聞いて相手を理解するのは大切だと思う。

 実際、昨日はそう思ったからイーヴォの話を聞いた。

 でももしそれが、お母さんやユーリを殺した人だったとしたら、悠長に話なんて聞いていられるだろうか。許せないほど憎んでいたとしたら、私は相手を理解することができるだろうか。


 サミュエルの身になって考えると答えが見つからず、何も言うことができなかった。


「それに、僕も反省してるからそろそろ許してくれるといいんだけど」


 イーヴォは私の答えを待たず、そう言って上目遣いでサミュエルを見上げた。

 それを見たアイザックがいぶかしげに眉を寄せ、「なぜ縛られているのか」と聞いた。その問いにサミュエルが答える。


「こいつはジュダムーアの命令で、シエラを捕まえに来た」

「なんだと……」


 その言葉に、アイザックが怒りをにじませてイーヴォを睨んだ。

 すると、アイザックをだしに自分も解放してもらおうと考えていたイーヴォが慌て出す。


「待ってよ待ってよ、誤解しないで! 僕はもうジュダムーアの仲間は辞めたんだ。おじさんと同じで、自分の過ちを反省したんだ。今はもうシエラちゃんたちの味方だよ、本当!」


 焦って取り繕っているイーヴォを見て、首を傾げたアイザックがサミュエルに目線を送った。


「本当か? サミュエル」

「いや、こいつは信用ならん。ここで殺してもいいんだが、まだ使い道がありそうだから生かしておいているだけだ」

「じゃあ、シエラに何かしようとしたら殺して良いんだな?」

「ああ、問題ない」


 このアイザックっていう人、怒った顔がサミュエル以上に迫力ある。

 二人に睨まれたイーヴォが、冷や汗を流して体を縮こませた。


 ……それにしても、なんで私のことを知ってるんだろう。


 不思議に思った私がユーリに目線を送ると、それに気が付いたユーリも何か言いたげに目線を返した。

 少しの沈黙のあと、アイザックが仕切りなおすように言う。


「まあ、こんな所じゃなんだから、良かったらみんなで私の家に来ないか? たいしたおもてなしはできないが、少しは落ち着くだろう」


 嫌がると思ったサミュエルが、意外とすんなりアイザックの誘いを受け入れた。


 ……絶対断ると思ったのに。珍しい。


 サミュエルが了承したので、私たちはすぐそこにあると言うアイザックの家に向かった。いままでと同様に列をなして移動したが、私とユーリだけはみんなから少しだけ離れて歩いた。

 そして、他の人に聞こえないように小さな声で密談する。


「ねえ、ユーリ。なんでアイザックは私のこと知ってたんだろう。あんなに怒っちゃってさ。なにかあると思わない?」

「ああ、俺も思った。絶対なにかあるよな。魔石が無くても生きていられるなんて……」


 そこで言葉を切ったユーリが、警戒するように私の耳に顔を寄せてささやいた。


「もしかして、アイザックはシエラの父さんなんじゃないか?」

「えっ! それはないよ!」


 私は思わず大きい声を出してしまった。

 前を歩いているトワが振り返る。


「シエラちゃん、どうかしたの?」

「ううん、なんでもない!」


 トワが再び前を向いて歩き出し、私はホッと胸をなでおろした。


「バカ、声がでかい」

「ごめん。だって、びっくりしちゃったんだもん」

「ったく。でも、『それはない』って、なんで断言できるんだ?」

「えーっと、それは……なんとなく」


 煮え切らない私の答えに、ユーリが怪しむような目で私を見る。


「シエラ、また何か隠してるだろ」

「いぃぃぃ? な、なんで? なにも隠してないよ」


 内心焦っている私は、なんとか平然を装って答えた。

 へらへら笑っている私に、ユーリが厳しく目を細める。


「シエラは昔から嘘が下手なんだって。もうバレてるから白状しろ」

「だめだめ、これだけはだめ! お母さんと誰にも言わないって約束したんだもん。ユーリにも言えない!」


 ユーリは呆れたようにため息をついて言った。


「はぁ、あのな、母さんがそう言ったのか? それなら俺に言っても大丈夫だ。シエラは嘘が下手だってこと、みんな知ってるから。シエラに言った時点で母さんは俺にも伝わるって分かってるぞ」

「そうなの⁉」


 それはそれでショックだ。

 でも、自分の胸だけに収めておくのはかなり大変だから、ユーリに言ってもいいならすこし気持ちが楽だ。

 それに、ユーリは口が堅いから大丈夫だろう。

 私は意を決して真実を告げることにした。


「聞いて驚かないでね。実は私のお父さんは……」

「うんうん」


 ユーリが興味津々に私の言葉を待った。


「サミュエルなの」

「えぇぇぇ⁉」


 ユーリの大声が森に響いた。

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