第33話 星空の下のたき火
「やめろ、もうやめろって! あぁぁっ!」
私はユーリのお腹に絵を書いていた。
ちなみに、逃げだされたら困るので、申し訳ないがイーヴォの手と足はサミュエルの魔法で縛らせてもらった。鳥に乗った時の手綱の要領でできるらしい。
「もー、ちょっとユーリ! 動かないでってば。うまく書けないでしょ!」
「そ、そんないっぱい書かなくていいんだって! ちょっと、ちょっとでいいんだからぁぁあひゃひゃひゃ!」
くすぐられるのに弱いユーリが動き回って書けなかったので、トワに後ろからユーリの腕を抑えてもらった。なかなか難しかったが我ながら上手く書けた。
笑い疲れてぐったりと魂が抜けているユーリのお腹を、トワとサミュエルがのぞき込む。
「あー、……キリンか?」
顎に手を当てて考えたサミュエルが間を置いて言った。
「ちーがーうー! どう見てもジャウロンでしょ!」
「これが……ジャウロンだと?」
私の答えを聞くと、なぜかサミュエルが目を見張った。
きっと上手すぎてびっくりしたんだろう。
「そういうサミュエルは何を……って、もしかしてこれ?」
「そうよ、ぜんっぜん面白くないでしょ」
「面白さとか必要ないだろ……」
不満をもらしながらトワがお腹をめくると、脇腹にサミュエルの頭文字「サ」と、それを囲むように雑な丸が書かれていた。あっさりしていてすごくサミュエルっぽい。
イーヴォに見えないよう、トワにならって全員がお腹を見せ合い、お互いのマークを確認する。ユーリがサミュエルのお腹に書いたシジミちゃんの絵もなかなか良いが、やはり私のジャウロンが一番かっこいい。
「トワが書いたのは猫なの?」
私は自分のお腹を見て聞いた。
白と黒の猫らしき動物が並び、しっぽでハートマークを作っている。
「そうよ。分かってくれた? この子たちはトライアングルラボにいる猫なのよ。かわいいでしょ」
「ラボには猫がいるのか? 楽しみだなぁ!」
ニコニコしているトワの隣で、猫好きのユーリが顔を綻ばせている。
そして、黒猫のキングがオスだとか、白猫のクイーンはすぐ肩に乗ってくるなど話が盛り上がる。遠くから私たちを見ていたイーヴォが、目じりを下げて力なく笑った。
「君たちは本当に仲が良いんだね。羨ましいよ」
……なんだか寂しいそう。
そう思ったら、私はいつの間にかイーヴォの目の前に来てしゃがんでいた。
「シ……シエラ⁉︎」
ユーリの驚く声が後ろから聞こえた。私がイーヴォに何かされると思っているのか、サミュエルが警戒してこちらを見ている。
そんな二人の心配をよそに、私はきょとんとしているイーヴォに話しかけた。
「ねえ、あなたの好きな食べ物って何?」
「え、好きな食べ物?」
そんなことを聞かれると思っていなかったのか、イーヴォが目をパチクリさせた。サミュエルとユーリも意表をつかれたように顔を合わせ、目をパチクリさる。トワだけが大きくうなずいた。
「そうだな……クリームシチューのセルリアンリーフ包みとかは好きだなぁ」
狼狽しながらも、イーヴォが答える。
「セルリアンリーフ? なにそれ? 初めて聞いた」
「青っぽい緑色をした葉野菜だよ。焼いたら白くなるんだけどね、パリパリしていて崩しながら食べるとシチューに合うんだ。小さい時は良くお母さんに作ってもらったなぁ」
「へぇー! 美味しそう!」
クリームシチューに合うなら、デミグラスシチューにも合うんじゃないだろうか。機会があればまたサミュエルに作ってもらおう。
話しながらジャウロンのシチューを思い出すと、よだれが出てきた。ゴクリと飲み込んで次の質問をする。
「じゃあ、趣味はなに?」
「今度は趣味? うーん、趣味と言えるかどうか分からないけど、色んな植物を集めるのは好きだね。そんなこと聞いて、一体どうしたの?」
膝を抱えているイーヴォが不思議そうに尋ねた。
「えっとね、私の友達から『お互いを理解すれば仲良くなれる』みたいなことを教えてもらったから、早速実践にうつしてみたの」
「……それって、僕と仲良くなりたいってことかい?」
私の返答を聞いたイーヴォが一瞬驚いたあとにクスクス笑いだした。そこに、サミュエルの鋭い声が飛んでくる。
「おい、何を考えているのか知らないが、こいつと慣れ合う必要はない。ユーリに何をしたのか忘れたのか? こんなころころ手のひらを返すヤツなんか相手にするな。他にまだ何か企んでる可能性もあるんだからな」
「そうだけど……」
私はどうやって返したらいいか分からなくてうつむいた。
そこにサミュエルがたたみかける。
「こいつから目を離したら何をするか分からないから置いておいているだけで、また変なことをしようとしたら即刻切り捨てる。危険を冒してまで生かしておく必要はないからな。お前みたいな甘いやつはすぐ騙されるんだから、情がわく前に余計なことはやめておけ」
サミュエルが間違ってるわけではない。
それでも私は納得がいかなかった。
この間のバーデラックのように、有無を言わさず力でねじ伏せてくるならともかく、このイーヴォと言う男は話をしようと思えばできるんだ。
「相手を知らないで決めつけるのは良くないんだって、カイトに教えてもらったんだ。私も、村では一方的にみんなに嫌われてたから、せめて私のことをもう少し知ってもらいたかった。だからイーヴォの話を聞きたいの」
「それで出てきた質問が好きな食べ物なのか?」
サミュエルが呆れた。
すると、またしてもイーヴォがクスクス笑いだした。
「へぇ、シエラちゃんは素直で面白い子なんだね。僕もシエラちゃんのことが知りたくなったよ。他に聞きたいことがあるんだったら何でも聞いて」
サミュエルは諦めたのか、それ以上何も言わなかった。
私はこのほかにも、イーヴォは歌を歌うのが好きなこと、小さい時にお母さんを病気で亡くしたこと、お父さんが二年前に老衰で亡くなってから、父の跡を継いで王専属の薬剤師をしていること、生きるためにジュダムーアの言いなりになるしかなかったことを聞いた。
境遇は違うけど、話を聞いているうちに以前カイトが「正しいことだけでは生きていけない」と言った言葉を思い出した。やはりこの世は力がある者の言いなりになるしかないのだろうか。
……でも、お母さんがいつも言ってくれていた。
誰かの言いなりではなく、私は自分を好きになれるように、私らしく生きていきたい。そして、孤児院のみんなが安心して幸せに暮らせる世界にしたい。
そう思って目をつぶると、出発前に立ち寄ったショーハの池がまぶたの裏にうかび、希望を照らすように輝いていた灯花の光が心に差し込んできた。
「じゃあ、次の質問! イーヴォの夢はなに? なんでもいいよ、叶うか叶わないかは抜きにして、本当に自分がやりたいこと!」
「夢? 夢か……考えたこともなかったな」
イーヴォは月が輝く星空を見上げて考えた。
「……僕は……病気で苦しんでいる人をたっくさん助けたい。僕の作った薬で! 小さいころからお父さんと一緒に薬草を集めていたんだ。だからそれを使って薬を作りたい」
「すごい! いい夢だね! もし実現できたら、みんなすごく喜ぶよ」
夢を語ったイーヴォは、嬉しそうにニコニコ笑い、そして寂しそうな顔をした。
「……実現、できればいいんだけどね」
……あれ? どうしてそんな顔するんだろう。
なぜイーヴォが寂しそうにしているのか不思議に思っていると、サミュエルの言葉が思考を遮った。
「今日はその辺にしておけ。明日も体力を使うから、お前らもそろそろ休んだ方が良い」
夢中になって気が付かなかったが、イーヴォの話を聞いているうちにすっかり夜が更けてきていた。
ユーリは疲れていたのか、すでによだれを垂らしながらぐっすり眠っている。
私も一日中重たい荷物を運んで足がくたくただ。サミュエルの言う通り、そろそろ休んだ方が良いだろう。
寝る必要のないトワをたき火とイーヴォの見張役とし、翌日新たな事件が待っていることなど知らない私たちは、円になって休むことにした。
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