第32話 正体

「えーいっ!」


 私は勢いよく右手の指を鳴らした。

 すると、指先から二粒の火花がはらはらと散る。


「わっ、出た! 見て見て!」

「わーおっ! シエラちゃん初めてなのに上手ね!」


 私たちは、野営の準備が整ったので、夕食の準備を始めていた。

 

 何を隠そう、私の目標は指パッチンで火を起こすこと。ついにそのチャンスが巡ってきた。


 火花が出てはしゃいでいると、トワが手を叩いてほめてくれた。キャッキャ騒いでいる私たちを、対角線上にいるサミュエルが香草を刻みながらちらりと一瞥する。


「それじゃいつまでも火が付かないな」


 その一言で、私の気分は一気にしぼんでいった。

 二粒でも火花は火花なのに。しょんぼり。

 落ち込んでいると、トワが私のかわりに怒ってくれた。黙っていれば美人なのに、鼻に皺を寄せた上に口を尖らせて顔全体で抗議している。


「もー! サミュエルはどうしてそんな言い方をするのよ。せっかくシエラちゃんが楽しそうだったのに台無しよっ。バカバカ。ちゃんと応援しなさい」


 そう言って、サミュエルの背中をポコポコ叩いた。


「危ないからやめろって! ……悪かった悪かった。頑張れシエラ」


 非常に投げやりな応援ではあったが、サミュエルはいつものことなので気持ちを取り直してもう一度指パッチンをしてみた。しかし、結果は同じだ。片手で数えられるほどの火花しか出てこない。


「どうしてできないんだろう……」


 私が落ち込んでいると、トワにつつかれたサミュエル先生がしぶしぶ顔を上げた。


「はぁ……。いいか、こうするんだ」


 サミュエルが軽く指を鳴らすと、無数の火花がパチパチはじけて周りが明るくなった。


「うわぁ! すごい!」


 とてもきれいで、火花が消えるまで見惚れた。

 私がやりたいのはコレだ。


「魔力っていうのはな、体温と似てる。だから、熱を発生させるたぐいの魔法は比較的簡単なはずだ。お前は盗賊を倒す時、どうやってやった?」

「うんと、主一無適で魔力を集めて、どーんって手から飛ばした」

「随分おおざっぱだな。まあ、それは前に飛ばしただけだ。火を起こす時は指先から魔力を出して、マッチのように摩擦を起こすイメージでやってみろ。熱が産まれて火が起きる」


 私はお母さんがマッチをつけている様子を思い出しながら、右手の親指と中指の先から魔力を出し、思いっきりこすり合わせるようにパチンと指をはじいた。


「えいっ……あれ? えいっ! まだだめだな……」


 言われた通り、マッチをイメージしてやってみるが、なかなかうまくいかない。何度か試しているうちに指が熱くなってきた。


「頑張って! シエラちゃん!」


 トワの声援を受けて頑張ってみるが、やはりうまくいかない。

 そこに再び、見かねたサミュエルが口を開いた。


「お前のは勢いだけはいっちょ前だが、無駄なズレが多すぎる。魔力の出口が小さければ小さいほど効率がよく使えるようになる。一点だけに集中してみろ」


 一点に集中……。

 私はサミュエルの言う通り、針の先くらい狭い範囲に魔力を集中して指を鳴らした。


「えぇぇいっ! うわっ……、はははっ!」


 すると、今度は両手でも数えられないほどたくさんの火花が私の前で花を咲かせた。

 火の勢いにちょっとびっくりしたけど、かなり良い線だ。サミュエルの小屋ではじめて魔法を見た時のことを思い出し、ヒラヒラ舞い落ちる火花を満面の笑みでで見つめる。


「できたぁ!」

「すっごーい! シエラちゃんは天才ね!」

「ま、いいんじゃないか? 家の中では絶対やるなよ」


 私が起こした火でサミュエルがスープを煮込み始めると、香草のいい匂いがたちこめた。


 ……早くユーリに自慢したいな。


 ユーリが帰ってこないかキョロキョロ周りを見渡すが、一向に姿が見えない。どうしたんだろう。お腹でも壊したのかな。

 あまりにも帰りが遅いユーリのお腹を心配していると、シジミちゃんが戻ってきた。


「あ、シジミちゃん!」


 少し遅れて、ユーリが姿をあらわす。


「へへへ、遅くなっちゃったな」

「あ、ユーリ! 見て見て! 私も火を起こせるようになったんだよ!」

「えぇっ! 本当か? すごいなシエラ!」


 火花を散らす私の横にユーリが歩み寄ってきた時だ。

 スープを煮込んでいたはずのサミュエルがユーリに飛び掛かり、持っていた料理用のナイフを首に当てて馬乗りになった。抵抗できないように、両手首をしっかりとつかんで押さえつけている。

 一瞬の出来事に、私はユーリを庇う暇もなかった。


「ぐぁっ! なんだよ、サミュエル! いきなりどうしたっていうんだ⁉」


 地面にたたきつけられたユーリが驚いた声を出した。

 サミュエルはさらにグッと力を入れて押さえつける。


「お前、ユーリじゃないな」

「な、なにを言ってるんだよ。どっからどう見ても俺だろ? なんでそんなことを疑うんだ?」

「そうだよ、サミュエル。どう見てもユーリだよ。手を離してあげて」


 一体どうしたって言うんだろう。

 私が子どものころから一緒だったユーリを見間違うはずない。クセの少ない飴色の髪で、笑うときにちょっとだけ右の眉毛が上がる。あれは紛れもなく私の兄、ユーリだと言うのに。


「俺は騙せないぞ。100%お前は別人だ」

「勘弁してくれよ、何の証拠があってそう言うんだ……?」

「ユーリの気はオレンジ色だが、お前の色は薄紫だ。外見はごまかせても、気の色までは変えれなかったようだな。さあ、白状しろ!」


 ユーリは「やれやれ」といったように上を仰ぎ見た。


「すぐに気がつくなんて、君は気の色を見分ける能力の持ち主だったのか。うまくいったと思ったのに。魔力が弱い方とはいえ、シルバーの僕がレムナントの君に負けるなんて、さすがに傷ついちゃうよ」


 そう言ってあきらめたように肩をすくめると、ユーリの体が霧に包まれたようにかすんだ。私があっと息を飲むと、見たことのない青年へと姿を変えた。灰色がかった薄紫色の髪は、ゆるい癖毛で少し長い。

 力はそれほど強くないらしく、サミュエルに簡単にねじ伏せられている。


 男を見たトワが「まぁ!」と言って口に手を当てた。例によって、トワは興味津々だ。


「えっ、どういうこと? ユーリじゃない!」

「……お前は変化へんげできるのか?」


 サミュエルが片方の眉毛を上げて聞いた。

 その問いに、額に汗をにじませるユーリもどきがへらへら笑って答えた。


「おあいにくさま。僕の髪の色を見てよ。シエラちゃんより色が濃いんだよ。どう見ても体を変化させるほどの魔力はないでしょ。ただ見る人に幻視を与えてるだけさ」


 この男がユーリじゃないのであれば、本物はどこ?

 私はユーリの身に何かがあったのではないかと焦燥にかられながら、ユーリの居場所を聞いた。すると、男はへらへら笑って命乞いをした。


「ちょっと向こうで眠ってもらってるだけだよ。死んだりしてないから大丈夫。だから僕のことを殺さないで、ね? 頼むよ」


 いつまでもへらへらと真剣味にかける様子に、私は腹が立ってきた。

 サミュエルもそうなのか、全身からにじみ出る魔力で男を締め上げた。

 

「目的はなんだ? さっさと言わないなら殺すぞ」

「ぐぅっ……わかった、わかった! 話すからやめてくれ!」


 男はサミュエルの魔力につぶされて、苦しそうに息を切らせた。


「はぁ、はぁ。僕の名前はイーヴォ。ジュダムーアに魔石の生前贈与を迫られて町を逃げだしてきたのさ。そこで君たちを見つけたから、紛れてボルカンまで逃げようと思ったってわけ。自慢じゃないけど、僕の魔力じゃエルディグタールの兵士なんかに絶対敵わないからね」


 イーヴォの回答に納得がいかなかったのか、サミュエルが不機嫌そうに目を細めた。


「そんな理由でわざわざユーリのふりをして潜入するわけないだろう。もしそうなら、俺たちと合流するだけで済んだはずだ。お前はジュダムーアの手先だな?」

「そ、そうなの⁉」


 私が驚くと、サミュエルがさらにイーヴォを締め上げた。


「ここで息の根を止めておいた方が良いな」

「ぐぅぅっ、なんれもするから、こ……ころひゃないれ……」


 イーヴォが涙をにじませた時、ユーリを抱えたトワが歩いてきた。

 サミュエルが尋問をしている間にユーリを探しに行っていたらしい。

 ユーリはトワの腕の中でぐっすり眠っていて、声をかけてもゆすっても起きる気配がない。


「ユーリ君を起こひてあげりゅから、命らけは助けひぇくらひゃい」

「それはお前の返答次第だな。俺は気が長い方じゃない」

「ぐぅぅぅぅっ! 分かった! 分かった! 言うからやめひぇ」

「次がラストチャンスだ」


 サミュエルが締め上げる力を緩めると、真っ赤な顔をしているイーヴォが肩で息をした。


「はぁ、はぁ、参っちゃうよ。君の言う通り、僕はジュダムーアの命令でここに来たよ。あぁぁぁぁ! やめて、最後まで話を聞いて!」


 サミュエルがナイフを振り上げると、イーヴォが泣きながら早口で話し出した。


「シエラちゃんを捕まえるように言われたけど、もうやめた! 今やめた! 僕は今から君たちのしもべになるから、だから痛いことはしないでぇぇぇ!」


 泣きわめくイーヴォに、サミュエルが軽蔑するような視線を送ってナイフを降ろした。


「俺たちに寝返ると言うことか? 信用ならない奴だな。ジュダムーアはろくな部下がいないのか」

「なんでもする! なんでもするから! ジュダムーアの弱みだって全部言っちゃうよ? ほら、僕って使い道あるでしょ? ね?」


 ころころ態度を変えるイーヴォに、仁王立ちの私は頬を膨らませて怒った。


「まずはユーリを起こしてちょうだい!」





 ユーリは、イーヴォが取り出した瓶のにおいをかがせると、勢いよく咳き込みながらあっという間に起きた。瓶の中身は強い刺激臭のする液体だったようで、ユーリは鼻が効かなくなり、垂れてくる鼻水をすする。

 興味津々のトワがイーヴォに話しかけた。


「それで、どんな感じで私に化けたの? やってみてくれる?」


 戸惑うイーヴォを「私たちのしもべになったんだものね」と、天使のような微笑みで脅迫する。イーヴォがしぶしぶ変身した。


「あら! 本当にそっくりね。ここはどうなってるのかしら?」


 トワが、トワの姿をしているイーヴォの服をガバッと開けて胸をのぞく。


「ここは本物と違うわね」


 ユーリが真っ赤になっている。


「お願いだからもう僕で遊ぶのはやめてよ~。僕は自分が見たものしか再現できないんだよ。だから、一回見せてもらわないと無理なの!」


 トワが自分の胸を見下ろしたので、嫌な予感がして私とユーリが全力で止めた。

 そこに、傍観していたサミュエルが間に入ってくる。


「じゃあ、お前が分からない様にそれぞれの体にしるしをつけておけば、本物かどうか見分けがつくってことだな」

「はい、そうです……」

「ふーん、そう。じゃあみんなでお絵かきしましょう!」


 トワの提案で、万が一イーヴォが変身しても見分けがつくように、それぞれのお腹に絵を書くことにした。


 そうとなれば、私が書く絵はすでに決まっている。

 私が気合いを入れて指をぽきぽき鳴らすと、ユーリが恐れをなして後ずさりを始めた。

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