第31話 出発進行

「ほんとに準備運動の力ってすごいよね!」


 朝ごはんのサンドイッチを食べて準備運動をしてから、私たちは地図の通りにトライアングルラボを目指して山小屋を出発した。隊列は、シジミちゃんを肩に乗せたサミュエル、トワ、ユーリ、私の順だ。

 できるだけ誰にも見つからないよう、山道からはずれてやぶの中をかき分けて進んでいく。


 はじめての長旅に気合いを入れた私は、パンパンになったリュックサックを背負っていた。サミュエルの小屋から、次元固定装置に入れたジャウロンの肉を持ってきたのだ。すごく重たい。しかし……


 腹が減っては戦はできんのだ!


 一方、サミュエルはほとんど荷物を持っていない。ウエストポーチ一つだけだ。アンドロイドのトワはともかく、これから三日も旅をするのに、食べ物も持たないなんて、サミュエルは一体なにを考えているのだろうか。


 気軽に聞いてしまえば良かったのかもしれないが、サミュエルが自分の父親かもしれないと知ってしまってから、なんとなく気恥ずかしくて聞けずにいた。


「いくらサミュエルの準備運動で体が動くようになったからって、その荷物はやりすぎじゃないか?」


 私の前を歩いているユーリが、振り返って呆れた顔をした。

 ユーリは私とおそろいのリュックサックを背負っているが、大きさが私の三分の一しかない。


「だって、お腹が空いて歩けなくなったら困るでしょ?」

「道中で捕った獲物を食べる予定だが?」


 私の言葉を聞いたサミュエルが軽く振り返り、ボソッと言った。


「えっそうなの⁉ じゃあこんなに持ってこなくても良かったってこと⁉」

「なんだ。俺はお前がジャウロンが好きだから持ってきたのかと思ってたぞ」

「それもあるけど……知ってたらもっと持ってくる量減らしたのに」


 もしそうなら早く言ってほしい。

 出発して三時間。重たい荷物を背負ってきたが、いらぬ努力だったらしい。

 私はショックで半べそをかいた。


「うえぇぇぇ」

「泣くな。しょうがないヤツだな。重たいなら持ってやる」

「ふぇっ⁉︎」


 サミュエルが足を止めて、私の荷物を持とうと手を伸ばしてきた。突然距離が近くなり、私の心臓がドキッと跳ねる。


 どうしよう。

 本当の家族と触れ合った経験がない私は、素直に甘えることができなかった。小さいころから憧れていた『家族』という言葉が眩しすぎて、どうやらすぐに受け入れられそうもない。

 私はとっさに手を前に出して拒否した。


「だ……大丈夫! ちょうど足腰を鍛えようと思っていたところだからちょうどいいかも! ほら、全然イケるでしょ?」


 私は大きなリュックサックを揺らしながら、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。お母さんが縛ってくれたツインテールもぴょんぴょん跳ねる。


「うふふ! シエラちゃん、ウサギみたいでかわいいわね」


 ニコニコしているトワとは対照的に、サミュエルは肩をすくめて再び歩き出した。

 上手くごまかせた安心感でほっと胸をなでおろし、私も歩を進める。このまま何事もなくトライアングルラボに到着することを願っていると、前を歩いているユーリが私の隣に寄ってきた。


「なぁ、シエラ。一体何かあったのか?」

「えっ! なにが⁉」


 同様した私の声が裏返る。


「なーんか今朝から様子が変だなーと思って」

「そ、そう? そうかな? サンドイッチ食べすぎちゃったかな? ははは」


 納得しないように首をかしげるユーリだったが、それ以上は何も聞かずに前を向いて歩き出した。

 と思ったら、再び私の方を向いて、耳に顔を寄せてささやいてきた。


「シエラ、サミュエルと何かあっただろ」

「へっ⁉」


 相変わらず私のことは何でもお見通しのユーリ。

 しかし、私はお母さんと約束したのだ。絶対誰にも言わないと。たとえ相手がユーリであっても、打ち明けるわけにはいかない。


「えーっと……うーんと……」


 何と言っていいのかわからず困っていると、ユーリがため息を吐いて微笑んだ。


「やっぱりな。シエラは昔から嘘が下手なんだよ」


 それからは何も言わず、何事もなかったかのように歩き続けた。


 ……もしかして、ユーリにバレちゃった?


 ユーリは気を使ったのか、それ以降サミュエルの件に関して何も聞いてこなかった。

 ごめんね、ユーリ。いつか話せる時が来たら必ず話すから。



 しばらく歩き、日が暮れてきたころ。


「今日はこの辺にするか」


 サミュエルが立ち止まり、ウエストポーチから細い棒のようなものを取り出して野営の準備を始めた。それを見たユーリが聞く。


「なんだ? その棒」

「これは、囲んだ場所を敵の目から隠す魔法がかけられているくいだ。俺の家のまわりに刺してあったのを抜いてきた」


 そう説明しながら、サミュエルは全員が余裕をもって寝れるような広さで杭を打っていく。

 四本の杭が打たれると、杭同士を結び付けるように半透明の光が伸び、それから空に向けて広がっていって消えた。

 きっとこれが結界なのだろう。


「それ抜いてきちゃって、小屋の方は大丈夫なのか?」


 ユーリの問いに、サミュエルが答える。


「まあ、取られて困るようなものは無いからな。それより道中の安全が大切だ」

「うふふ。サミュエルは照れ屋さんだから、人に会わないように小屋を隠してただけだものねー」

「え? サミュエルは、人に会いたくないのか?」


 トワの一言にサミュエルがむっとして口を閉ざした。


「サミュエルったら、本当は寂しいのに、照れ屋さんだから人と上手く話せないのよ」

「……そんなんじゃない。余計なことばかり言ってると追い出すぞ」

「おー! こわっ!」


 いつも通りのトワとサミュエルのやり取りに、私はクスクスと笑いを漏らした。

 そんな私をユーリが横目で見て微笑むと、すくっと立ち上がった。


「俺、ちょっとトイレ!」

「待て。シジミがいないと戻ってこれなくなる。こいつを連れていけ」

「わかった。シジミちゃん、行こうか」


 サミュエルの肩からシジミちゃんがパタパタ飛び立った。

 居場所を隠す結界は、なぜかシジミちゃんが鍵のような役目をしていて、シジミちゃんの案内がないと入っていけないようになっている。

 シジミちゃんがユーリの肩に止まると、二人で森の中に消えて行った。

 残った三人は、そのまま野営の準備を続けた。




 みんなが見えないところまで来ると、ユーリは足の力が抜けたようにその場にかがみこんで両手で顔をおおった。

 そして、何かを思い詰めたかのように深いため息を吐く。


「はぁー。まさか、シエラがサミュエルのことを好きになるなんてな……。いつまでも子どもだと思ってたのに、あいつもそんな年になったのか、早いなぁ」


 一つしか年が違わないのだが、小さいころからいつも面倒を見ていたせいで、まるで子離れしていくような寂しさを感じるユーリだった。


「うまくいくか分からないけど、ここは兄貴らしく応援してやるかっ!」


 優しい兄の決意が固まったところに、誰かが草をかき分けて歩いてくる音が聞こえてきた。ユーリが音の方を警戒して身をひそめる。


「誰だっ!」

「ユーリ君、大丈夫? なんか様子が変だったからついてきちゃった。やっぱり何かあったの?」

「なんだ、トワか……」


 知っている顔に安心すると、再びその場に座り込んだ。


「いや、何かあったってわけじゃないんだけど」

「誰にも言わないから、よかったら私に話してみない? 楽になるかもしれないわよ」


 そう言ってトワもユーリの横に腰を下ろした。

 恋愛の話なんてしたことがないユーリは、戸惑いながらも誰かに聞いて欲しい気持ちが勝り、恥ずかしさを感じながら事情を話した。


「ふーん。シエラちゃんがねぇ。確かに、そう言われればそうかもしれないわね」

「だろ? 異人種間の結婚は認められてないって聞いたときのシエラったら、女の子みたいに胸を押さえて思いつめた顔をしてたんだ。あんなシエラは今まで見たことがなくてさ。なんか変だなと思ってたら、サミュエルに対してだけやけにぎこちないし。それでさっき聞いたら、……やっぱりなって、確信したよ」

「うんうん。それで?」

「俺としては、今まで辛い思いもしてきたのを知ってるからさ、シエラには幸せになってほしいと思うんだ。サミュエルも悪い奴じゃないし。ただ……」


 ユーリがそこで一度言葉を切ると、だまってうなずきながら聞いていたトワが、きょとんとした顔で問いかけた。


「ユーリ君もシエラちゃんが好きなのね」

「はぇっ⁉」


 トワの問いに、ユーリは驚いてひっくり返りそうになった。


「お、お、俺が? なんで! シエラは妹だろ?」

「うーん。そっか。私から見たら、ユーリ君の方が仲良さそうに見えたから、かん違いしちゃった。忘れてちょうだい」


 自分の言葉を打ち消すように、トワが焦って手を振った。


 ————でも、俺とシエラは血がつながっていないから、もしかしたらそういう関係になることもあるのかな。


 ユーリが頬杖をついて考えていると、まぶたが重たくなって体がふらふらしだした。突然襲ってきた眠気に思考回路が停止し、いつの間にかあたりに立ち込めはじめた甘い香りにも全く気が付かない。


「あれ、なんだ……目が……」


 ユーリが眠い目をこすってなんとか開けようとしたが、意思とは反対にまぶたがどんどん下がっていく。


 横にいるトワの右手にはお香が握られいた。ユーリが考えにふけっている時に、そっと火を灯したのだ。左手は口元を押さえて煙を吸い込まないようにしている。


「どうしたの? ユーリ君。大丈夫……? ユーリ君?」

 

 トワが肩を揺さぶると、意識を失ったユーリがその場に倒れ込んだ。

 トワは抱きおこしもせず、目を細めて冷たくユーリを見下ろす。


「ごめんなさいね、あなたに恨みはないのよ」


 頬をつついてユーリが深い眠りについたことを確認すると、トワはお香を消して立ち上がった。

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