第二章 魔女の成長

第30話 ジュダムーア王

 エルディグタール国の王であるジュダムーアは、華美な装飾に飾られた黄金の椅子に鎮座していた。


 純白の長い髪の毛は緩いカーブを描き、赤い目は彼がこの世で一番魔力の強いガーネットであることを示している。王冠の中央にあるのは、深い赤色をした彼の魔石だ。その王冠は、彼が誰も信用していないことを表しているかのように、イバラをかたどり無数のとげが突き出している。


 ジュダムーアは不機嫌に目を吊り上げ、下に控えている護衛の兵士に声をかけた。


「バーデラックはまだ戻らないのか?」


 バーデラックは、彼が手掛けている研究のために三日前から姿を消していた。いくら遅かったとしても、もう戻っていいはず。なのに一向にその知らせがない。

 二年前に王となってから我慢を必要としなくなったジュダムーアにとって、いつ来るか分からない知らせを待つのは、この上ない苦痛だった。


 淡々としている声だけでは、王が怒っていることは分からないだろう。

 しかし、いつも側に仕えていた兵士たちには十分伝わっていた。

 これから怒りが爆発することが。


「はっ! それが、お戻りになってはいるのですが……」

「戻っている? そんなはずはない。戻っているのであればすぐに報告があるはずだ。それとも、あいつはボクのことを馬鹿にしているって言うことか?」

「いえ! ……そういうわけではございません。すぐに状況を確認して参ります!」


 一言放つごとに、ジュダムーアの目が座っていく。全身から滲ませる無言のオーラに、恐怖で兵士たちの背筋が凍った。

 ここでヘマをしたら、自分たちの命が危ない。


 先日、王のために献上された不死の妙薬をうっかりこぼしてしまった召使が、「薬の代わりだ」と言って魔石の生前贈与を強要されていた。


 分娩時に赤ん坊が持って産まれてくる魔石は、その子にとって心臓と同じだ。魔石を生前贈与、つまり他者に譲り渡してしまうと魔法使いは死んでしまう。それを分っていながら、ジュダムーアは相手の魔力を自分のものにするために、何の迷いもなく魔石を生前贈与させ続けてきたのだ。


 兵士たちが自分の身を案じていると、息を切らせたバーデラックが勢いよく王の間に入ってきた。そして、ジュダムーアの前まで来たところで、崩れるように床にひれ伏す。

 サミュエルに貫かれた胸の傷が癒えていないのか、蒼白な顔で胸を押さえ、いつまでも苦しそうに呼吸をしている。盗賊団での敗北から二日たったというのに、身にまとっている服も切り裂かれたままだ。着替えることもできていないほどの深手だったのだろう。


「ジュ……ジュダムーア様! ご報告が遅れて申し訳ありません。実は問題が発生しまして……」

「なんだ、帰っていたのか。まだ戻っていないものだとばかり思っていたよ。すぐに来ないなんて、ボクのことを甘く見ているとしか思えないね。不死を実現できるというから、特別に温情をかけて研究室を与えてやったのに。君にはがっかりだ。飼いならせない飼い犬は処分しなくてはいけないね」


 王の死刑宣告に、バーデラックの青い顔がさらに青ざめる。


「お待ちください、せめて話だけでも……! ある筋から魔石を持たないシルバーの少女がいると聞き、この目で確かめてきたのです。魔石を必要としない魔女は他に例がありません。少女が異常発生だとしても、魔石への依存が無い魔女の血を使えば、ジュダムーア様の寿命を伸ばすことが可能かもしれません!」


 肩で呼吸をしながら必死で訴えるバーデラックに、頬杖をつくジュダムーアが怪訝そうに片方の眉毛を上げた。


「そうらしいね。もちろん捕まえてきたんだろう?」

「それが……捕まえることに成功したのですが、思わぬ邪魔が入りまして……」


 自分の言ったことをすでに知っているような口ぶりに疑問を感じながらも、バーデラックは口ごもりながら言い訳を探した。

 しかし、うまく言葉を見つけられず、待ちきれなくなったジュダムーアが静かに立ち上がった。歩み寄る残虐の王に、バーデラックは目を白黒させながら恐怖でのけぞる。


「お待ちください! 次こそは! 次こそは捉えてまいります! ジュダムーア様……ガハッ!」


 ジュダムーアから放たれた威圧に押しつぶされ、バーデラックの口から血が噴き出した。そっと近づき、無抵抗のバーデラックの首をジュダムーアが片手で持ち上げ、宙づりにする。


「無能め。レムナントより弱いシルバーなんて聞いたことがない」

「なぜ……それを……?」


 レムナントに負けたという醜態を知られていることに、バーデラックは驚きを隠せなかった。


「無能は無能らしく、せいぜいボクに石を渡したらいい」

「か、必ず、ジュダムーア様のお役に立ちます……もう一度だけチャンスを!」


 ジュダムーアが突然興味を無くしたように首を絞めていた手を離し、バーデラックがドサッと床に転がった。ゲホゲホと咳き込み、首を押さえて必死で呼吸を繰り返す。


「イーヴォ」

「はい、ジュダムーア様」


 ジュダムーアに呼ばれ、護衛の兵士と一緒に並んでいた男が一歩前に出た。

 イーヴォと呼ばれた男を見て、バーデラックが言葉を無くす。


「お前は……サミュエル……⁉」


 その顔は忘れもしない。

 長い黒髪、黒い布で覆った右目。

 紛れもなく、先の戦いでバーデラックの胸を貫いた男だ。


 イーヴォは、口から血を流しているバーデラックに歩み寄って体をかがめると、血の滴る顎を指で持ち上げ汚いものでも見るかのように上から見下した。


「驚いたか。下等種族のつるぎの味は、随分と気に入ったようだな」

「どういうことだ……⁉」


 バーデラックが怒りで顔をゆがませ、苦しそうにイーヴォを睨む。


「使えないお前より、俺の方がずっと価値があるということだ。残念だったな」

「おのれぇぇぇぇ!」


 自分を崖っぷちに追いやった相手。しかも、自分より魔力の弱いレムナントの男にあおられ、プライドを踏みにじられたバーデラックの顔が真っ赤に激高した。


 ジュダムーアが指を鳴らすと、兵士が一糸乱れぬ動きでバーデラックに詰め寄り、両脇を抱えた。バーデラックは兵士の手を振り払おうとするが、サミュエルに刺された胸の傷と、先ほどジュダムーアに受けた威圧のせいで力が入らず、抵抗虚しく王の間から引きずり出された。


「ジュダムーア様ぁぁぁぁ! 私めに挽回のチャンスを!」


 バーデラックの虚しい叫びが王の間に響いたが、誰もそれに反応を示すことなく、無情に扉が閉められた。

 王の間に静寂が戻ると、王は自身の椅子に戻り腰を落ち着かた。


「さて、イーヴォ。君の報告は正しかったようだ。もしシエラという少女がボクの命を救うのであれば、是非、生贄いけにえになってもらわないといけないね」

「左様です」

「そのシエラという少女を、ボクのところに連れてきてくれるかい?」

「仰せのままに」


 ジュダムーアは満足気に顎をあげ、話の終わりを示した。

 そして、王に命令を下されたイーヴォは冷たい目で笑い、踵を返して王の間を後にした。

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