赤鬼不気味話

字幕派アザラシ

赤鬼不気味話

 これは一限目からマラソンがあるのは嫌だなぁと思った日の通学路での話なのですが、振り向いたら怖い顔した赤鬼がいたんです。


 どうも、その赤鬼は私を殺したくて仕方ない様子でしたので、急いで近くの団地に逃げ込みましたら、階段の踊り場でお坊様が私の葬儀をしてくださってました。


 あぁ、私は死んだのかなと目の前が真っ暗になったのですが、それはそこかしこに放置されている死体にたかった蠅のせいでした。


 ポケットからマッチを取り出して擦ると、蠅はこぞって火に飛び込み、燃えたまま辺りに散らばるものですから、花火のように大層賑やかです。


 ジョギング帰りのおばさんへ燃える一匹が張り付いて、おばさんもおばさんの引きずっていた赤児も真っ黒焦げ焦げで大笑い。


 あぁ、おかしい。ジョギングで流した汗は炎の前ではなんて無力なんでしょう。


 笑い転げた私はついつい屋上から転落してしまいました。


 落ちた先には針の山。


 髪の毛一本分で避けることができたのですが、私の代わりに次は誰かが刺さってしまう未来が約束されていますので、ちょっと心が痛みます。


 見上げれば、たくさんの戦闘機が空を埋め尽くし、先程の団地が爆撃されて粉々でした。


 たくさんの死体袋が並んでますが、そのうちのひとつに真っ赤な薔薇が詰まっていることを知る人はどこにもおりません。


 とりあえず、水を求める焼死体と同じ方向に進みましょうか。


 道すがら、ランドセルが重いなぁと涙をポタポタ流したのですが、なんと背負っていたのはランドセルではなくて同い年くらいの血塗れの男の子でした。


 なんて失礼なんでしょう。なんていやらしいんでしょう。なんて恥知らずなんでしょう。


 だって、私は女の子で、彼は男の子ですよ。


 温厚な私ですが、この時ばかりは許すことができず、男の子の手を切り落とし背中から引き剥がしました。


 誰だってきっとそうします。地球に生きてる人ならね。


 ベリベリと剥がれる際に男の子は悲しそうに自作の歌を歌いました。


 蜂蜜は丸い

 蟻の目玉もまん丸い

 小麦粉かけたら虫喰わぬ

 母さん茸の裏に毒を塗る

 知らずに食べた父さんがまあるくなって死んじゃった


 遠くに見えるダンゴムシのようなものは男の子の父親でしょうか?


 いいえ、あれは違いますね。

 あれは琥珀の中でずっと眠っていた人です。


 頑張って目覚めたけれど、現代の音が耳に合わなくて、あんな風に体を丸めて縮こまっているんです。


 あれじゃあ、現代の美味しいものも食べられませんね。


 ハンバーガーにトコロテン、凍らせたミカンに牛の骨髄、猿の脳味噌、象の足首。


 なんともまぁ、お残念様!


 それにしても、いくらでも眠っていいのなら、私は永遠に寝てしまいますのに。


 ほら、こうやってハロウィンのカボチャを被れば夜がきます。


 煌々とした満月の下ですが、寝床を探すのはなかなか骨が折れますこと。


 真っ赤な霧で目が痛むのです。

 真っ白な屍蝋が道の先を阻むのです。

 真っ黒な顔をした女が吊った首が千切れるまで揺らして邪魔するのです。


 それに、なにしろ片足が裸足なものですから、腐肉を踏んで滑らぬように急ぎ足をしてはなりません。


 尻餅をつくのは真夏に向日葵畑で隠れんぼするより愚かな行為です。


 だって、おーいと呼ばれてはーいと応えれば、頭のおかしなおじ様に殺されたって文句は言えないんですから。


 そうそう、向日葵畑にうろつく緑の化け物達はこの際ですから無視してしまいましょう。


 あぁ、暑いこと、暑いこと。


 太陽がギラギラと輝いて、生意気な夜の星共を焼き尽くしてくれています。


 おねしょをする子達には悪いんですが、私は星の殲滅に賛成票を投じるべく、血の手形が付いたシャツを脱ぎ捨て、お地蔵様に着せて差し上げます。


 おやまぁ、あちらではスカートを貢がれたお地蔵様が臓物を撒き散らしていらっしゃる。


 おねしょ賛成派が過激だと分かったのは後の祭りでしょうか。


 さぁ、戦争の始まりです。

 意思と意思とのぶつかり合いです。


 謎々が苦手な私ですが、星の子を踏み潰すのは長けていました。


 プチプチ、プチプチ、プチプチプチプチ。


 首がもげても走り回るので、丹念に丹念に踏み殺さなくてはなりません。


 ちょっとでもサボタージュすれば軍人さんの気に障り、蝶々の模様のお仕置き部屋で手痛い目に合わされてしまいます。


 歯茎の肉を削がれるなんて、カチカチ山じゃあるまいし私は真平御免です。


 時々、障子を指で突いて誰かが覗いてくるので、ある日突然、地獄へ逃げ出したくなります。


 私の知る限り、十七人の女の子が色々な方法でこの世からエスケープしていました。


 飛び降りに練炭にガスコンロに顔ごと突っ込んだ子もいます。


 運良くロープを手に入れられた子が、私がいったら次はあなたよと臆病者を指名しなければ、もっと早く私に順番が回ってきたのにと悔しくてたまりません。


 そう言えば、舌を噛み切るのが上手くいかなかった女の子が軍人さんから舌を噛み切る痛みの数千倍の拷問を受けて旅立ったようですね。


 でも、それって効率が悪いんじゃないかしら?


 死人の髪を筆代わり、死人の背中の皮を用紙代わり、腐った血をインク代わりに、私は死の効率化について長い長い論文を書きました。


 もちろん、点した灯りの燃料は死人の脂です。


 お髭の編集長さんが太鼓判を押してくださったので、私は寒い地方まで本を売りにいく決心をしました。


 心が浮き立っていましたので、雪うさぎを作る人影には話しかけちゃいけないのをすっかり忘れておりました。


 まったく役に立たないおつむなら、山の妖に貪られても仕方ありません。


 私の足元には妖の非常食として凍らせられた美女達の眠る氷の湖が広がっています。


 彼女達は白目で私を見上げると、早く来い早く来いと優しく言葉をかけてくれました。


 あぁ、きっとここが私のくるべき所だったのですね。


 誕生日を祝い、髪を梳き合い、好きな男性のタイプを語らい、そして、怯えて湖を見下ろす生者を引き摺り込むのです。


 意気揚々と氷の割れ目に足を落とすと、ピキピキピキと心地良い音がなりました。


 製氷皿の透明な四角形達に水をかけてみてください。そんな音です。


 見れば、私の足先から霜が這い上り、瞬く間に上半身を覆っていきました。


 お利口なので、片足だけ履いていたサンダルはちゃんと鉄橋の端に置かれていたハイヒールのお隣に添えておきましたよ。


 これで身投げしたホステスに置き去られたハイヒールは寂しくないでしょう。


 そして、私の全身は隈なく凍っていくのです。


 あら? あらあら? あらあらあら?

 

 なんてことでしょう。

 霜がパリパリ剥がれていきます。

 一緒に女の子の顔だったものも剥がれていきます。


 湖の女達がこちらを指差し、ゲラゲラ笑っています。


 私は恥ずかしくて恥ずかしくて真っ赤になってしまいました。


 もはや女達は美女ではなく、それはそれは醜悪な外見に変わっていましたが、それでも私を笑うことをやめないのです。


 では、私は奴等より、もっともっと醜いのでしょうか?


 のっそりと起き上がると、鏡を探しに里へ向かいました。


 柊が怖いので、横着して魔除けを飾っていない家を狙います。


 お父さんを殺し、奥さんを殺し、息子と長女とお父さんの母を殺してから、せーので洗面台の鏡を覗きました。


 赤鬼です。鏡の向こうには赤鬼がいました。


 そうか、そうです、そうだ。そうだった。


 私はとっくに赤鬼に殺されて、顔の皮を剥ぎとられて、心臓が止まっていたんです。


 だから、明日からは学校へ行かなくていいんです。

 だから、明日からは通学路を狙って女の子を殺せばいいんです。


 そうと分かっていたら、宿題なんてやらなきゃよかったって、ほんのちょっと思っちゃいました。


 さぁ、明日からまた頑張りましょう。

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