土・テレビ・消えた山田君⇒純愛モノ
三十路バリキャリOL干物女。職場では眼鏡とその高圧的な態度から一部の熱狂的なファン以外にやや疎まれている。仕事はクソ程出来る。名前はバリ子にしよう。
家と職場を往復するだけの生活。たまの休日は日ごろの睡眠不足が祟って午後起き⇒掃除炊事洗濯諸々で終わってしまう。自分の時間が無い。趣味のオタ活すらやれてない。男なんぞもっての他。気が付くと日が沈んでいる。自分の人生一生こんな感じなのか…と思うとうすら寒くなる。
バリ子の数少ない楽しみ。それがテレビで笑点を見る事だった。サザエさん症候群ならぬ笑点症候群を発症していたがそれでも見ずにはいられなかった。幼稚園の頃から見続けて20年強。その目は落語家ではなく座布団を持ってくる山田君に向けられていた。
社会人前までは小粋な回答を畳みかける落語家にしか目を向けていなかった。しかし社会人になって仕事の大変さを知りあらゆる物事における裏方の大変さを噛みしめる面倒臭い人間になった。こいつはコーヒーを飲むたびにコーヒー豆を栽培するガーナの子供達の顔が目に浮かぶ。
当然笑点もそーゆー目で見るようになった。勿論照明やらカメラマンやらも大変だろうがそこら辺は具体的なイメージが全く湧かないので画面端でセコセコ座布団を運ぶ山田君に憐憫の目を向けるようになった。
山田君は落語家として入って来たのだろうか。だとしたら今の状況は相当悔しい筈ではないのか。それでも他人の為に自分を土に埋めて他人を生かす養分として生きている。
某バスケ漫画の台詞が頭に浮かぶ。「お前は鰈だ。泥に塗れろよ」。立派。アンタ立派だよ。こーゆー人が評価されるべき。気付いたらバリ子は山田君のガチ恋オタクになっていた。
ある日。いつも通り午後に起きて掃除炊事洗濯諸々を行う。5時半。テレビを付ける。笑点を見る。いつも通りの流れ。「山本君、座布団全部持って行って」いつもの台詞。…ん?今山本って言った?山田君は?山田君はいずこ?
黄色い歓声が上がる。なんと山田君とは似ても似つかないも○みち風の醤油顔イケメンが現れた。山本君は優雅な立ち居振る舞いで落語家の座布団を持っていく。歓声は上がりっぱなし。山本君が退場してもその歓声が止むことは無かった。
そして司会の若いイケメンを立てた老人自虐。また歓声。ハマってる。ハマっている。完全にフィットしている。まるで最初から山田君が存在していなかったかの様に。山田君がウン十年かけて築いた地位が山本君なるイケメンに一瞬で奪われてしまった。
番組が終わってもバリ子はしばらくテレビの前から動けなかった。山田君が消えた。消えた山田君。現れる山本君。醤油顔のイケメン。黄色い歓声。バリ子の脳内で今日の笑点の内容が何度もフラッシュバックしていた。
こうしちゃいられない。今日明日明後日に溜まってた有休をぶっこんでその日の夜に東京に向かった。3泊4日の大遠征。全ては山田を救うため。待ってろ山田。負けるな山田。エイエイオー。
なんやかんやあって山田君と会う事が出来た。
「なんで笑点辞めちゃったんですか」
「色々あってね。俺ももう若くないし。若いイケメンが出た方が視聴率取れるんだってさ。世知辛い話だよ」
そんな事…と言おうとしたがあの歓声を聞くと完全に否定する事も出来なかった。かける言葉が見つからない。重い沈黙が流れる。
「もういいかな。じゃあ俺はこの辺で」
「あの…」「何だい」
「本当に好きでした。いつも貴方の姿に励まされてました。山田君が居なかったら絶対に仕事辞めてました。辛い事があっても山田君の姿を見ると一週間頑張ろうって思えました。本当に…本当に…」
「ありがとよ。自分じゃ不本意な道歩き続けてきたつもりだがな。そう言ってくれるとヘコヘコ座布団運んでた甲斐があるってもんだ」
そう言って山田君は去っていった。
今はYoutuberとして活動しているらしい。頑張れ山田君!
おしまい
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